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虎に翼 第102回 惚れ惚れ

素晴らしかった。

寅子の夢の中(!)での脳内裁判で、まさかの寅子フルバージョン5人での答弁。しかも演じ分けが完璧。

はて?を連発しまくって結婚に胸躍らないと言ってた頃のトラちゃんって、そういえばこんな子だった。がっつりと前のめり。居そうで居ない、けど花江といいコンビだったんだな、と俯瞰。

ちなみにテレビドラマでの「中の人」の顔と名前は、むしろ記憶に残らないほうが、いい役者だと思うほうです。ブギウギの趣里ちゃんも少し、そうだったけど、伊藤沙莉さんも虎に翼から遡るように過去作の情報が入ってきて、そういえば!と思いあたってちょっと感動したのが『ひよっこ』で登場したガツガツしゃべる女子の安部さおり(→米子。お米屋さんの跡継ぎ娘だから)。強烈な印象を放つわりに、あくまで役どころがきわだってくるという、理想の黒子的な存在感。え、あれって同じ役者さんだったんだ、と。同じ「そういえば」つながりでいくと、花江を演じている森田望智さんも似ているな。顔と名前を覚えるよりもまず、演じているキャラのインパクトが強烈。

今日(第102回)の内容に戻ると、こうして寅子という「同一人物の異なるバージョン」でのかけあいを見ることで、結婚で姓が変わることへの彼女のもやもやが明確にわかりやすく言語化できる、ということに圧倒された。

同時に、過去と現在、そしてパラレルワールド的な寅子を一緒に登場させることにより、物語の、シナリオ(設計図)が孕んでいる奥深さがまるで……なんだろう。生身のヒロインの「複数にして同時進行的な人生」が走馬灯のように視聴者の脳内にも走りだす。テレビでオンエアされる毎朝のドラマを私は完パケ版と呼ぶけれど、そこで編集されて、削ぎ落とされてしまったかもしれない数々の描き方やアイディアのおさらいをさせてもらっているような感じ。得も言われぬ刺激的な体感だったなあ。

そして、ハッシュタグが大いに盛り上がっている #俺たちの轟
「人間なんてそんなもんだ」は、#光の君へ の最新話とも共鳴する。

帝もまた人でおわす、ということですね。
かつて父とのことも道長様とのことも、あれもこれも、思っていることとやっていることが相反しており悩んでいたときに、それは人だからじゃ、と亡き夫に言われたことがございます。
ひととはなんなのでございましょうか。

光の君へ 第31話 月の下で

こんな風にシンクロする想いやセリフが出てくるのは、創作者の集合意識が時代の空気を共有している発現と思いたい。

もう一つ。「太一くん」の笑顔が実によくて。戸塚純貴がピカピカの笑顔をさらに老けメイクで(爺さんになったとき)見せてくれるのが楽しみ。あの子供みたいな澄んだ笑顔はいったいなんなんだろう。

島田正吾がおじいちゃんの役で出演していた『ひらり』では、おじいちゃんが出てきて笑うのを見るだけで泣けた……老匠の表現は突き抜けるとあるところで、まるで小さな子供みたいなオーラになってくるんだなと、モーツァルトの音楽のようだと思ったものだけれど。今日の轟の笑顔は、すでにそういう域のものであったような。


#テレビドラマ感想文

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