シェア
子供たちの前では滅多に苦しさを見せない咲那さんだが、彼らが教務センターの学習室へ勉強をしに行っている間だけは解放される。 とはいえ、他人の前でみっともない姿をさらしたくないという芯の強さもあって、わたしの前ではおろか旦那さまである社長の前でも、そう簡単に弱音を吐くような人ではない。 社長のほかに取締役が二名いるから、最悪社長は彼らの方針に判断をするだけで問題はないが、例の事件の反省もあって、把握していない事があってはまずいと出来るだけ直接現場に関わる姿勢を見せている
「あとね、ここで塩と胡椒をこのくらい入れるのよ。」 ひゃっ 社長の奥さん、咲那さんの横に並んで料理を教わっているのだが、あれから少し大きくなった長男君がおなかすいたと後ろから抱き着いてくるもんだからびっくりする。 「…っ。」 あっ大丈夫ですか? 後はやるので休んでてください。 「ごめんね、ちょっと横になるね。 ほら、もうすぐ出来るから困らせないの。」 お子さん二人にはもうすっかり懐かれているが、素直には喜べない。 咲那さんは具合が良くならないようで、
「すっかり遅くなっちゃったね。」 「どうする?電車ないでしょ。」 夜中の独特の雰囲気、時計を見れば日付が替わろうとしている。 お客さんがいなければ、閉店時間を繰り上げたりして工夫をしているようだが、わたしたちのお尻にすっかり根が生えたばっかりに時間いっぱいまでお店にお世話をかけてしまったようだ。 時折訪れては、長話をしていくメンバーだとすっかり定着していないか心配ではある。 出禁にならなければいいのだが。 「タクシーで帰ろうよ。」 すっかり藤沢さん、い
「お、もういい時間だよ。」 オーダーストップ過ぎちゃった? 「まだ言われてないけど、ずいぶん話し込んじゃったね。」 「それでどうしようか。」 「オーダー?」 チーズケーキ食べたいな。 「そっちもだけど。」 「ああ、会社の話ね。」 「メディアサイトをまとめるのはどう?」 「それだと確かにイチからやらなくていいね。」 わたしもそれなら手伝えるかも。 「失敗したらどうしよう。」 「逆逆、失敗が普通。」 「そっか。」 そうなの? 「こういうのは10個やってみて1個
「あとあの自称哲学者!」 どした? 「まだあるの?」 なんだっけ、教授でもない片手間なわりによほど優秀なのかと思いきや、大したこと無い人だっけ。 「そう。空っぽの人。」 またなんかあった? 「一日中唸っていればそうなのかってさ。」 「ばかなの?そういうことじゃないでしょ。」 ばかだねえ。 「まだその道に長けた学生のほうがよほど哲学してるって。 勢いで目立って収益目的なのが見え見えなのよ。」 「ああー、もう炎上しないとわかんない人なんだろうね。」 それら
「ぶふっ..あぶらぎった文系…」 なになにどうした? 「もしかしてツボっちゃった?」 「いやほら、オナニーのハゲを思い出しちゃって」 「ああ、生成AIに自分のお気持ちを評価させてる記事を恥も外聞もなく衆目にさらしているっていうしょうもない人?」 オナニーのハゲは言葉が強いのよ。 「実際ハゲてるから..ぶっ..嘘はついてないって」 「身バレしてるんだ」 身バレしてるんかいっ 「…そりゃ会社名まで自分で晒してんだから登記見ればわかるでしょ… あー笑った笑った」
「人工知能が登場して何年になるんだっけ。」 ん、AIの話? 「そう。」 「ビッグデータを基に一応出力するやつなら、亡くなったお父さんがまだ現役だった頃じゃない?」 「ああ、じゃあもう少なくとも20年以上は前か。」 それがどうしたの? 「軍事用のものなら相当先を行ってるだろうなあって。」 「そうだね、 そもそも別物だろうけど。」 「うちらが使えるのは商用じゃん。」 うん。月額いくらって形で利用するのが普通だね。 「そういうのって軍の技術を民間に払い下げ
「批判されるのが恐いなら、 そもそも出て来んなよって話なんだよなあ。」 「まあ、匿名の世界でしかイキれないんじゃない?」 え、生きれないの? 「違う違う、そっちじゃなくて。」 ああイキるね、あははは 「結局、同じじゃんね。」 いや同じなんだよなあ。 「AIあるんだから、 運営権限で意味ない物なんか箱ごと消せばいいのに」 お、辛辣。 「今日なんか鋭いね。」 「まあね。」 わけわかんない精神論みたいなの言ってる奴いるじゃん、 あれ何なの? 「あー、な
「マスコミが適当な事を言ってるからって、じゃあ個人も適当な事を言っていいっていう免罪符にはならないんだよね。」 由美さんが珍しくそんな本音を語っているところだが、それはそうで、そんな人に集まる人もどうかと思う。 あれから事務所を出て、せっかくだから3人で何か食べていかないかという話になって、ちょっと高そうなお店に入ったのだ。 「まあ過去のぬぐえない失敗をどうにかしようと、そんなふうにしか言い逃れ出来ないくらいに人間が浅いのは明らかだから、まだかわいい方じゃないの?」
新しい何かを始めるのはいいが、それが本当に受け入れられるものなのかやってみるまでわからない。 しかし、日本人は職人気質なところがあって、始めて作ってみたはいいが、結局それをどうやって売っていくのか現実的ではないところがある。 良い意味では熱心だが、悪い意味では時間の無駄なのかもしれない。 とはいえ、それがたまたま多くの人達の要求や欲求に合致した時、想像もしていなかった素晴らしい結果を産み出すこともあるから、頭ごなしに否定は出来ないだろう。 由美さんは自身のウ
「お、来たね。」 自分の仕事を片付けて訪れた"本社"の事務所に入ると、社長が自身のデスクから声をかけてくれた。 お疲れさまです、と挨拶を交わすと藤沢さんの姿を探す。 「ああ、今レンタルスぺ―スに迎えに行っているところだよ。」 あれ?どなたかご一緒なんですか? 「そうだね、まあちょっと待ってね。」 レンタルスペースは会議室や作業スペースを時間単位で借りることのできるサービスだ。 雑居ビルを改造したもので、1階の受付を済ませると2階のオープンスペース、3階
おはよう、ございます 様子を探るように久しぶりに部屋に入ってみると、本当に久しぶりに自分一人のようだ。 今日は藤沢さんもいないらしい。 藤沢さんの自宅はわたしの自宅とはまったくの反対方向なので、事前に打ち合わせでもしない限り居合わせることはほとんどないだろう。 機械の廃熱が気になるので、まずはそれを見て回ろうか。たまにセンサーが示す値が現状と違ったりすることがある。 収納棚もわたしがやっていた頃よりむしろ細かく仕訳けられていて、藤沢さんの性格が見て取れる
「…お、久しぶりだね。」 …ん、元気そうだな。 講義を終えて少し外の空気を吸おうと部屋を出ると、ユカの姿があった。 シェルターのミーティングルームは、居住区域と地上階の街へと続く関係者しか通れない通路にある。 実質、技術者のみが定住することを許されているこのシェルターへは、周囲に集落をつくり生活する人たちが収集した資源や資料を運び入れるときに訪れることが出来る、ある意味楽しみな場所となっている。 それは、同時に各地からの食料を含む産品や衣料品などを手に入れる数
「そうか、それでその先はどうだったんだい?」 いろいろなパターンがあったと思うが、そう大して変わらない。 覚えている限りはこうだ。 後に先輩から疎まれて退社に追い込まれる 急な腹痛でトイレから出られなくなったことにする 結局元に戻り、先輩らのいいように扱われる 先輩含む女子会員から疎まれ、嵌められ、男性のいいように扱われる 会社ごとすっぱり辞めて引っ越し、新たな人生となる そう思い出しながら順に話すと、しばしの沈黙となる。 「それはまた、ずいぶんな目に遭っ