こどもが泣いた本当の理由
あれはまだ長男が 3歳の冬でした。
早いもので30年も前のことです。
当時私は保険の外交員をしていました。
その日は成績が芳しくなくて上司に絞られ、締め切りを控えてイラついていた先輩にきつい事を言われ、ストレスをたっぷり抱えて長男を保育園に迎えに行ったのです。
保育園はなかなか空きがなかったため自宅から距離があり、ちょっと不便な場所にありました。
車があればいいのでしょうが、あいにく私は運転免許証を持っていなくて。
そのため行きも帰りも自宅まで、子どもを連れて30分ほど歩くことになります。
夏は自転車で行けるので問題ないのですが、冬のほうが大変なのに、いつも徒歩で通っていました。
18時近くだったのですが外はもう真っ暗。しかも寒さがきつくて、道路はスケートリンクのようにつるつるに凍っていました。
しかし早く帰って夕飯の支度をしないと(元)夫に叱られてしまいます。
焦っていた私は、まだ幼くてうまく雪道を歩けない長男の手を強引に引き、保育園の凍った階段を駆け下りたのです。
階段から道路に一歩踏み出たところで、 氷に足を取られていきなり激しく転んでしまいました。
手を引っ張っていたので一緒に転んでしまった長男は、あちこちぶつけて痛いと泣き出しました。
頭を撫でてごめんねと謝り、あちこち触ってケガがないことを確認するもいつまでたっても長男は全く泣き止まず。はじめは心配したものの、あまりにしつこく泣くので腹が立ってきて、
「ママはもっとひどいケガをしたのに我慢してるんだよ。だからもう泣くんじゃない」
と怒鳴りつけ、パンストが破れ流血していた自分の膝を長男に見せました。
すると、長男は泣き止むどころか、道に突っ伏して益々激しく泣くのです。
寒さと痛みと早く帰らないと叱られるといった焦りなどのまぜこぜの気持ちから私の怒りは頂点に達し、ヒステリックにうるさいと叫びそうになった時、長男が言いました。
「こんなおケガして、ママかわいそう」
そうして、また突っ伏して泣く長男を見ながら、私は力が抜けていきました。
何も悪くないこどもに向かって職場のストレスを発散しようとしていた。
痛いのは私のせいであり、長男は悪くないのに転んで同じように痛いのに。
急いで帰って夕飯を作らないと叱られることばかり気になり、こんなつるつるの路面なのに焦って走ろうとした。
などなど自己嫌悪の嵐が押し寄せます。
なのにそんな母親のケガを心配して、自分が痛かった時より激しく泣いた長男が愛おしくて、 涙が溢れてくるのを必死でこらえました。
「ママあんよ痛いの? 大丈夫? 」
心配して尋ねる長男に、
「ママはもう大丈夫だよ。それより寒いからタクシーで帰ろうか」
と、暖かい気持ちで答えていました。
今でも思い出すと涙が浮かんでくる、切なくてだけど今は愛おしい大切な思い出です。
そんな長男はもう、すっかりおじさんですが(;^_^A