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猫型ロボットに逢う日まで

もう21歳なのに私ったらどうしちゃったのよ。と自分でもたまに思うし、親にもこの間そう言われた。

犬を見かけたら「犬だ!」と言っちゃうしクジラみたいな形の雲を見かけたら「クジラ!」と言っちゃうし、江ノ島に向かう電車の中でヤシの木を見つけては「沖縄みたい!」とはしゃいでしまう。

でも、一緒にいる人の反応を見ると、21歳は目に付いたものを何でもかんでも口に出すほど、いちいちこどもでいちゃいけないんだって分かってくる。

犬もクジラも沖縄みたいな木のことも口に出さず全部心にしまっておくのもまあ悪くないだろうと思うけど、そんなものを見ないフリして、あの子とあいつが別れただとか、あの先生がうざいとか、男がどうだ女がどうだって人間の話ばかりしているのはちょっと寂しかったりする。

でもそれが21歳になるってことなんだって、納得してるフリをしてニコニコするのにも慣れてきた。

9月に入ってお台場に行く機会があり、ゆりかもめに乗った。

1年に1回乗るか乗らないかのゆりかもめだけど、乗るたびにこれは絶対に未来の乗り物だろ、と思う。

どう見ても電車が浮いてるし、不思議な形の建物に囲まれた東京湾も、銀色の球体も見えるし。未来の乗り物に乗って、猫型ロボットがうろちょろしてるような22世紀の街に来てしまったのだと錯覚する。

昔から仲良しの友達に、ついポロッとそれを零したら、「じゃあさ、うちらずっとゆりかもめ乗ってたらいつの間にかばばあになってるかもね」って返ってきた。

なんで?って聞き返したら「だってここが22世紀ってことはうちらもうばばあでしょ」って。

うーん、その論理は変じゃない?それに22世紀まで生きるつもりかよ。けらけら笑って、ゆりかもめにゆらゆら揺られて、21歳ってことなんて、どうでもよくなってきた。

寝る前にふと、もしもその子が22世紀まで生きたらって考えてみた。

同じように22世紀まで生きてるヨボヨボの私と変わらず一緒に遊んでくれたら、私はずっと高校生のまま無理やり大人にならなくてもいいし、犬を見つけてクジラを見つけて、くだらないことで爆笑して、生きていけるんだろうな、とも思った。うんうん、悪くない。

がんばれ21歳の私。待ってろ22世紀。

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