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茶箱を作ろう(1)
非現実的なまでに美しかった、伊藤 穰一さんの野点の茶会で私の心を奪ったのは、茶箱だった。中でも7人の工芸家の技が結集した「掌」の名を冠するひと箱は、主に金銭的理由から抑え込んできた茶箱熱を再燃させた。
道具収集にはあまり熱心でない私も、かねてから茶箱には憧れがあり、ふくいひろこさんや堀内明美さんの茶箱の本を眺めてはため息をつき、京都ではうるわし屋さんやちんぎれやさんを覗いては夢を膨らませてきた。私は布が好きなのだ。
そんな日々を過ごしながらも、私がなかなか茶箱を入手できなかったのには理由がある。すでに誰かが組んだ茶箱を購入するのではなく、ひとつひとつの道具と、将来遠い目をしながら語れるようなときめきエピソードとともに出会いつつ、さらにはお気に入りの布で仕覆(道具を入れる袋)を縫ったりして、時間をかけて自分だけの茶箱を作り上げる、そうしたプロセスに憧れがあったのだ。
そう思ってから5年近く経つが、茶箱づくりは進展していない。本で見る憧れの茶箱は一見、気楽に道具を詰め込んだように見えるが、実際に作るとなると、意外に考えることが多い。茶器を派手にしたらお茶碗は少し抑え目のテイストにすべきだろうし、道具たちをぴったり納められる箱と道具の組み合わせなど、テイストやサイズ等のバランスを乗り越えて、ああした茶箱は存在しているのだ。迷う私がこの5年で手に入れたのは、どんな茶箱に入っていてもおかしくない、控えめで瀟洒な茶巾筒のみである。
しかし今こそ!自分の茶箱を作ろうではないか。
そう思った私は布を探しに出かけた。茶碗か茶入れから始めるべきということに気付いたのはずいぶん後だ。でもまあ、一番心惹かれるものから入ればよかろう。
そう思って4月の末、「ひとうたの茶席」の表具師、岸野さんに教えていただいた「教草」さんを訪ねて大江戸骨董市に出かけ、いくつか可愛い布も入手した。そして仕覆の先生のところにも行く手筈を整えた。
伊藤さんは、仕覆を縫うことに憧れがあるのです、と告げた私に「私も本は買った!」とおっしゃっていた。私だって本は持っている。
次回伊藤さんに偶然会った時などに、さりげなく袂から出し、「まあ、まだ縫ってらっしゃらないんですか、私はこちらを作りましたけども」等と自慢する瞬間を夢想しつつ、布を眺めた。