一生背負うもの

僕の名前

#名前の由来  とあったのを見つけたので今回は僕の名前について書くことにしました。まず僕の名前ですが漢字で「佑丞」と書きます。。。自信もって読める人いらっしゃいますか?おそらくほとんどの人が読み方に困ると思います。実際、19年生きてきて一発で正しく読めた方はほとんどいません。ちなみに「ゆうすけ」と読みます。読めませんよね笑

なぜ読めないかわからなかった

読めなくて当然の僕の名前ですが、小さいころの僕はそんなことは知りません。「佑丞」という字が「ゆうすけ」のスタンダードだと思っていたくらいです。ですから初めはなぜ読んでもらえないのかわかりませんでした。小学校低学年だった頃のある日、こんなことがありました。作文か何かだったと思いますが、朝礼で表彰を受ける機会がありました。僕は楽しみにしていたのですが、檀上に上がっていよいよ賞状をもらおうとしたその時でした。校長先生は僕の名前の漢字が読めず苗字のあとに数秒沈黙したのちにイチかバチかで「ゆうじ」と読みました。小さな声で僕は「ゆうすけです。」と訂正し、先生も言い直しました。ここで僕は自分の名前の漢字が読んでもらえないことを初めて知りました。その後、大きくなって自分の名前を漢字で書く機会が増えるとますますそれを感じることが増えました。「なんて読むの?」「変わった字だね。」なんていうのはもう数えきれないほど言われました。時には、読み方だけ知っている人には勝手に「佑介」「祐介」「祐輔」などと書かれることもありました。なんで自分の名前はこの漢字なのか疑問に思っていたところ、小学4年生のときに自分の名前について調べる機会が学校の宿題でありました。

両親の想いを知って名前が好きになった日

 宿題のために僕は母に名前の由来を聞きました。結論から言うと漢字は総画数からこの字を選んだそうです。なかなか合う字がなくて苦労もあったらしいです。しかし総画数だけでは選ばれていませんでした。「佑」と「丞」のどちらの字にも「人を助ける」という意味が含まれているからと母は教えてくれました。「困っている人や苦しんでいる人がいるときに手を差し伸べ助けられるような人になってほしい」という願いが込められた名前だということをそこで初めて知りました。それまではなかなか正しく読んでもらえない自分の名前にうんざりしたこともありましたが、両親の想いを知って自分の名前を大切したいと思い、また好きになりました。

名に恥じぬ生き方

 それ以降、僕は自分の名前が読んでもらえなかったりしても悩むことはなくなりました。さらに自分の名前に誇りすら感じるようになりました。そして、大人になるにつれて名前についてあることを考えるようになりました。それは自分の名前に恥じない行動をとっているかを日々振り返ることです。僕だったら「この行動は誰かの助けになっているだろうか」「黙って見過ごすわけにはいかない」などと偽善ではありませんが考えるようにしています。もちろんこれは両親の期待に応えるためでもありません。ただ、名前は改名でもしない限り一生ついてまわるものです。そして多くの場合は大きな願いを込めてつけられたものだと思います。だったら一生背負うものである自分の名前を大切にして、意味を考えながら生きるのもいいのではないでしょうか。


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