【.*ダルビッシュ選手の、失敗から学ぶ強さ*.】
林修さんとダルビッシュ選手の対談。
やはりなにかを極めている人の言葉には説得力がある。
ダルビッシュ選手の人生を変えた2つのホームラン。
大事な局面で打たれたホームランでも
受け止め方によって自分の力になる。
ただ打たれただけならば、今後萎縮したり不安に思ったりで終わる。
でもダルビッシュ選手は自分の中でしっかり分析して
前向きな形に昇華していた。
特に一本目からふって打たれたホームランに関して
「普段1本目を振らない人が1本目から振ったということは
最初から行かないと間に合わないというリスペクト」
この表現は他人から見れば失敗だったとしても
自分にとっては確実に自信につながる被弾となる。
※プロだと評価されるのは仕方ないことだが
何かを極めようとしている人は
間違いなく失敗もたくさんしている。
でもそこからブラッシュアップして
より良い自分に磨き上げていくという作業がある。
失敗はただの通過点であり、情報収集の一環である。
でも、そうではない人は
一度の失敗で「あいつ終わったな」という。
完成への通過点だったとしても、勝手に低評価してあーだこーだいう。
そして完成した姿を見たときに簡単に掌返しする。
その時に言ったことも忘れ
「そんなこと言ったっけ」
で終わりだ。
「そんなに傷つくと思ってなかったごめん」
その程度の感覚で人のチャレンジをへし折る。
そんなものに心を折られてたまるか
そう乗り越えてきての今がある。
でも本来そんな辛さは必要ないと思う。
わたしはチャレンジして自分を高めている人が好きだ。
だから失敗から学ぶ姿勢までも尊敬するし、
その人がゴールだと思うところに到達するまで黙って支え見守りたいと思っているし
自分も常に極みを目指したいと思っている。
でもそのこだわりを理解できない人も確実にいる。
あの手この手を使って諦めさせようとしてくる。
不毛な愚痴や他人への叱責で、わたしの時間を奪おうとしてくる。
会話をしていて
その辺の表現を見極めることで
自分の心を守ることができる。
ダルビッシュ選手やその他地位を確立した人々
ですぎた杭になり打つことができなくなるまでは
とても長い道のりで
たくさんの壁がある。
でもわたしは頑張っている人が
頑張り続けられる環境を
作りたいと思っている。
ファイト!
という中島みゆきさんの曲の歌詞。
闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
そんな社会。
闘わない奴らの声が多すぎて
気にしないことに努力が持っていかれる社会。
その声が届かずただ目標に向かって努力できる
そんな仕組みを作っていきたいと思っている。
EQやコンピテンシー理論に基づいた評価制度と
行動経済学を使って実現していこうと思っている。
同じような想いをしてきた人や
その分野の勉強や仕事をしている人
仲間になってくれると嬉しいです。