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学術論文は誰のものか? -著作権に挑むSci-Hub-
学術論文は、科学研究の成果として得られた知識を共有し、蓄積するための基盤だ。しかし、論文の公開方法を巡っては、知への自由なアクセスと商業出版社の著作権保護の間で、激しい論争が繰り広げられてきた。その論争の中心にあるのが、高額な購読料を設定している学術出版社の壁を回避し、著作権の制約を超えて論文への無料アクセスを提供する「Sci-Hub」(https://www.sci-hub.se/)である。
Sci-Hubとは
Sci-Hubは、2011年にカザフスタン出身のアレクサンドラ・エルバキアンによって設立された。2022年7月時点で、1980年から2020年までに発表された論文の77%にあたる88,343,822本の研究成果を収録し、自由に閲覧できる世界最大のプラットフォームである。運営は、その理念に賛同する人々からの寄付金によって支えられている。
当初は、経済的な制約などにより学術情報へのアクセスが制限されている発展途上国の研究者や学生が主な利用者だと考えられていた。しかし、実際には、米国やヨーロッパの主要な研究機関からも大量のアクセスがあることが明らかになっている。2022年の報告では、日本からのダウンロード数は月に63万件で、世界で11番目に多いことが示されている。
著作権問題
Sci-Hubは、著作権で保護された論文へのアクセスを無許可で提供しているため、著作権侵害にあたる。設立以来、出版社から著作権侵害として訴訟を起こされてきた。2015年に米国で起こされたエルゼビア社との訴訟では、裁判所はSci-Hubに対して1500万米ドルの賠償金を課し、Sci-Hubのドメインやミラーサイトなどへのアクセスをブロックするよう命じている。
オープンアクセス運動
一方で、知識への平等なアクセスこそが、より重要な倫理的価値であるという主張がある。その代表例が、オープンアクセス運動だ。これは、学術情報への無料かつ無制限のアクセスを推進する運動である。学術出版業界は少数の商業出版社に支配されており、これらの出版社は、論文へのアクセスを制限し、高額な購読料を課すことで利益を上げている。研究者が学術論文を読むには、論文ごとに数十米ドルを支払って個別に購入するか、大学などの研究機関が論文を提供する商業出版社と購読契約しなければならない。大規模な研究機関では年間に数百万米ドルを超える契約料を支払っており、研究機関にとって大きな負担となっている。
多くの科学研究は公的な資金によって実施されており、その成果である論文を商業出版者が独占している状況は、科学の進歩を妨げているという批判もある。1989年のノーベル生理学・医学賞の受賞者で、米国NIH所長も務めたハロルド・ヴァーマスは、「科学研究は公共の利益であり、その研究成果は公に入手可能であるべきだ。従来の購読ベースの科学出版モデルは、もはや科学や公共の最善の利益にかなうものではない」と述べている。
エルバキアンの主張
エルバキアンは、2024年11月に発表した論文の中で、学術情報へのアクセスを改善するためには、様々なアプローチを認め、それぞれの強みと弱みを理解することが重要だと指摘している。その上で、Sci-Hubは単なる違法なプラットフォームではなく、学術出版システムの根本的な問題点を浮き彫りにするためのツールであると主張する。エルバキアンは、世界人権宣言第27条の「すべての人は、自由に社会の文化生活に参加し、芸術を鑑賞し、及び科学の進歩とその恩恵にあずかる権利を有する」という条項を引用し、科学的知識は一部の企業によって独占されるべきではなく、社会全体で共有されるべきだと強調している。
今後の展望
Sci-Hubとオープンアクセス運動を巡る議論は、今後も続くと考えられる。出版業界、研究機関、そして研究者自身が、より公平で持続可能な学術出版システムを構築するために議論し、協力していくことが求められている。Sci-Hubは、単に論文へのアクセスを提供するだけでなく、学術出版のあり方について根本的な問いを提起している。この問題は、単なる著作権侵害の問題として捉えるのではなく、研究成果という人類の財産を我々はどう共有していくかという、より大きな視点から議論する必要があるだろう。
Sci-Hub とオープンアクセス運動:年表でみる歴史
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