#372 マネジメントに求められるネガティブ・ケイパビリティ (1/2)
いかがお過ごしでしょうか。林でございます。
昨日からお届けしているネガティブ・ケイパビリティに関する記事です。
昨日は、VUCAの時代を生きる私たちにとって、これまで重視されてきたポジティブ・ケイパビリティ(問題の原因を早期に特定し、積極的に解決を図ろうとすること)だけではなく、ネガティブ・ケイパビリティ(どうにも答えが出ない、対処しようのない事態に耐える能力)がより重視されつつあるということを指摘しました。
今日は、自分がマネジメントの立場になってから、「ネガティブ・ケイパビリティ」がより必要になったと感じるシーンについて話していきたいと思います。
今日の参考図書はこちらです。
本書は、教育・心理・医療・福祉などの対人支援の仕事についている人が主なターゲットではあるものの、人の成長に関わる立場である親、メンバーの指導にあたるマネージャーや先輩社員、チームの監督やコーチ、また人間関係に悩む人向けにも書かれています。
私も、年上の方や一回り世代が若い後輩、キャリア採用で入社された方、協力会社の方々など、背景が異なるメンバーとともにチームパフォーマンスを高めていくのが仕事なので、普段の自分の行動に活かせる部分がいくつかありました。
また、一人の人間としても、対人関係でより注意していかないと、特に今後40代に入っていくにあたり苦しくなっていくだろうと感じた部分もありましたので、そのあたりを中心にご紹介できればと思います。
人の怒りに接する場面へのマインドセット
まず、マネージャーになってからの変化として大きいのが「人の怒りに接する場面」が増えたことです。
いわゆる「責任者連れて来い!」ではないですが、これまでは自分が発生させてしまった問題に対して謝罪することや対応することがほとんどでしたが、マネジメントの立場になってからは、自分のチームやプロジェクトで発生した問題は、基本的に全てマネジメント側の責任が問われるようになります。
これだけ読むと「やっぱり管理職は罰ゲームだ・・・」みたいに捉えられてしまうかもしれませんが、別に管理職でもそうでなくても、ある程度大人になって、自分より若い人や経験の浅い人が増えていく中で、「自分が正面に出て行って、何とか事態を収拾すること」って大事なことだと思います。それくらいの覚悟と責任感がないと、周囲の人が誰も仲間になってくれませんから、自分がやりたいこと・必要だと感じることに取り組んでいくこともできないからです。
また、怒りだけでなく、様々な人の感情に接する場面が増えてきますから、「この人は何故そのように感じたのか?」とか「何故どのような言い回しをするのだろう?」ということに想いを馳せることで、目の前で起きていることがより立体的に見えてきたりもするので、人間的な深み・成長に繋がる機会にもなります。
とはいえ、ネガティブ・ケイパビリティを持ち合わせていないと、こちらの気持ちが持たないし、事態を上手く前に進めていくこともできません。ここで必要な2つのマインドセットがあります。
システム論的アプローチ
これは、問題の原因を当事者のみに紐付けない、という考え方です。
例えば、何らかのシステム操作を誤ったことでインシデントが発生してしまった時に、その問題の原因をシステム操作を誤った人だけに帰属させない、というものです。
システム論的アプローチでは、問題は個人に帰属するのでなく、その問題が発生している大きなシステム化の中で起きていると考えます。当事者を取り巻く人たちの関係がどうなっているかを見るのです。
上述した例で言えば、システム操作を誤った理由は、誤った時にすぐに指摘が出来なかったダブルチェックの体制に問題があるかもしれないし、システム操作を行う時の心構えについて、リーダーの指導が足りていなかったのかもしれない。
もっと言えば、そもそもシステム操作を人が行っていて自動化されていないマネジメントの判断に原因があるかもしれないし、その対応に予算を割いていないシステムオーナー側に原因があるかもしれない。お客さんや上司からの過度なプレッシャーもあるかもしれません。
このように、「誰かのせいにする」というのは、問題の特定として分かりやすいし手取り早いのですが、それでは本質的な原因に辿り着けずに同じ問題を繰り返す要因になってしまうことを理解するのが大事です。
「人には事情がある」という捉え方
同書では、保育士や精神科医、臨床心理士、チーフパーサーの方など10人の対人支援エキスパートの具体的なインタビュー内容が掲載されていますが、共通項の一つとして「相手を肯定的に見ている」というものがあります。
常識的には良くない言動をしていても、裏に何か事情があるはずと信じて、その事情を捉えようとしています。人間は、個性や特徴などのある要素の総和として存在しているのではなく、全体として存在している。個として存在しているのではなく、その人が置かれた環境との相互作用の中で存在しているという考え方です。
これは結構大事な観点で、もちろんどうにもならない嫌な奴というのはいるわけですが、大抵の場合、その人の立場や場面で身につけている「立場の鎧」をその人自身の人格であると捉えてしまいがちです。
相手の怒りやクレームに対して感情的に反応してしまうとここを見失ってしまうのですが、「何故相手はこういう言い方をしているのだろう?」を冷静に観察することで、感情的に反応してしまうのを防げますし、何より自分の心を守れます。拙速に解決策を出そうとせずに、まずは状況をじっくり観察して理解しようとする。まさしくネガティブ・ケイパビリティそのものです。
問題への対処方針を拙速に決めないことも大切
マネジメントの重要な仕事の一つは決めることです。
以前も書いた通り、何も決めずにただ先送りにしている時間は、本来決めて動いていれば創出できるはずだった価値を生み出せなかったと考えると機会費用になるため、決めないことはコストであると考えています。
一方で、システム論的アプローチでも指摘した通り、何かの問題に対する対処方針を決定する時には、表層的に見えている事象と過去の自分の経験だけで判断すると、問題の本質を突いた対策にならないことが往々としてあり、このあたりは状況に応じた対応が非常に重要。
組織の変革を担うリーダーや優れたマネージャーは、物事を決め付けずにじっくり観察します。その場で起こることを恐れずに受け入れ、問題をすぐ解決したいと思ってもあえてアクションを起こさず、チームの中に気付きや学びが生まれる空間を作り出して待つことができます。
注意しないといけないのは、だからと言って何でもかんでも先延ばしもNGということ。あえて決めない判断をするときには、その理由や考えをきちんと周囲に伝えることかと思います。でないと、周囲がこの「宙ぶらりん」の状態に耐えられなくなり、モヤモヤに繋がります。モヤモヤは不信感の原因になりますから、すぐ対処するもの・あえてもう少し様子を見るものを早めに決めて、その意思表示をすることが必要です。
自分の見方を否定する
ネガティブ・ケイパビリティは、「すぐに答えを出すことに消極的」であるという「ネガティブ」であると同時に、「自分の見方や考え方に対して否定的である」ことでもあります。
特にマネジメントのポジションにある人は、少なからず過去の成功体験や、それまで身につけてきた価値観、判断基準、規範といったアンコンシャスバイアスがあります。だから、無意識のうちに目の前で起きている事象に対して、「これは過去にも経験したあのケースだ」と短絡的に当てはめてしまい、それ以上の詮索をやめてしまいがちです。
しかし、ダニエル・カーネマンが「ファスト&スロー」で指摘している通り、入ってきた情報に対して直感的・感情的に素早く判断するファスト思考は、第一印象や経験則による判断に自信を持ちすぎており、時に大きな危険を孕んでいます。
私自身も、これまでファスト思考的な、ポジティブ・ケイパビリティを発揮して出してきた成果が評価され、マネジメントのポジションも任せてもらうようになった実感がありますから、ここは特に注意しないといけません。
そのためには、日常的に経験することに対して、本当にそうなのか、本当は何が起きているのかを確認する癖をつける。
その出来事に対して持った自分の考えは、本当にそれでいいのか、違う見方はないのか?を考え続けることが大切。
判断を保留した状態、答えが出せない状態でもいい、むしろ自分がその状態を保てている自分を歓迎してあげることから、始めていこうと思います。