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人を殺したい、僕(中)【小説】

第1編:


4.
俺はゲイではないけど、女性にあまり興味は持っていないんだ。バカ男たちは女性の股を弄るのが楽しいと思っているのが、生物学的に考えれば、女性の膣は恐ろしいものだ。膣内の中は、無数の細菌叢が生きている複雑な生態系だ。女性の月経周期は一生を通じて常に変動するものだ。そして、菌感染症になりやすい。あそこの中に、自分のペニスを入れたいと僕は思わない。風俗嬢は一度だけ頼んだ。その時も、中に入れなくて、手でマッサージされておしまいだった。

率直に言えば、僕は女性が好きじゃない。代わりに、女性に昔から嫌われていた。嫌われたというか、無視されてきた。今までの人生で、ずっと女性に無視された。何か気持ち悪いものを避けたいように、女性は僕と隙間を空けていた。見るだけでも、気持ちが悪いと思っていたように僕の方向に目線を合わせないようにしていた。僕には黴菌がついていて、近づいたら伝染病が移ると思われているようだった。そんな感じで、女子に疑わしく見られていた。

女性に嫌われた方がましだ。嫌われることは、存在を認めているという意味だ。でも、無視されることは、存在さえ認めないということだ。僕は透明人間のように扱われていた。

でも、博美は女のうちで祝福されていた。この子は、今まで知っていた女性と違った。女性は一概に僕の方向に向かなかったけど、博美は僕のことをちゃんと見てくれて、気軽に僕と話しかけてくれるのだ。他の女子みたいに僕に対して偏見がない。博美は違う。僕のことを気にして、僕の気持ちを大切にしてくれるのだ。僕と話したがる、話を聞きたがる、僕の側に来てくれる。

「あの夜、助けてくれてありがとう」と何度も言った。

女性に興味を持っていなくても、こういう人がいるとは幸せだ。出会った夜から、メッセージのやり取りをつづけた。助けてくれた恩返しに、喫茶店に誘ってきた。僕は、別に暇だったから行ってみた。何も期待していなかったけど、博美と会えるのは楽しそうだった。店の中で待ち合わせた。博美は感謝を告げて、また自分の話をまくし立てで語った。全然まとまらない話だったけど、博美の笑顔が素敵過ぎて、来てよかったと思った。一緒に盛り上がって、何時間も話し合った。この出会いは、一度だけのことだと思ったけど、その後も博美は何度も誘ってくる。友達という関係ができたようだった。

博美は可愛い子だ。顔がまん丸で、風船のようだ。笑うときは目がキラキラする。悲しい時は目色が暗くなる。気持ちを簡単に読み取れるのだ。例えて言うなら、チシオタケみたいな子だ。チシオタケは、微かなピンク色の稀にしか見られないレアなきのこだ。傘のふちにフリンジと呼ばれるぎざぎざがある。とても可愛い。博美もフリンジがある髪型だから、このきのことそっくりだ。そして、このきのこを傷つけると、血のような綺麗な赤い汁が流れる。でも、博美は傷つけたいとは思わない。

女性は子供と同じではないか。感情的で、気まぐれで、甘えん坊だ。博美もそうだった。凄く甘えん坊で、いつも、仕方なく、優しい言葉で慰めてあげた。僕は、友達というよりも、この子の親か家庭教師みたいだった。ただし、博美は幼い子のふりをするけど、実は頭が良い人なんだ。

僕が自分が菌類について勉強したと言ったら、凄く関心を持った。

「ペニシリンは菌類から抽出したって、私だって知っているよ」

博美は熱くなって語ってくる。

「いつか、博士が実験室で黴菌の研究をしていた。ある日、博士がいつも通り顕微鏡を確認したら、黴菌は突然死んでしまった。博士は深く考えた。そして、窓を開けっぱなしだったことに気づいた。調査してみたら、窓の外から菌類が入ってきたと分かった。それから、その菌類を使って抗生物質を発明して、お蔭に世界中の患者さんの命を助けることができた。そうでしょう?」

「そうだよ。普通の人は、菌類と言ったら、毒きのこのことを考えるけど、実はきのこで死ぬ人は少ない。逆に、菌類に助けられる人は数えきれないほどいるんだ」と僕は返事した。

ペニシリンは有名だけど、博美はベニテングダケのことも知っていたのだ。

「ベニテングタケだったら知っているよ。昔話で、ベニテングタケが美女に変身して、男を誘惑する伝説があるよ。確かに、シベリアの民話だった。
「ある日、旅人が森を通っている。そして、ベニテングタケを見えたと思ったら、そのベニテングタケが美しい女の子に変身するの。旅人は一目惚れして、この美女と一緒になりたくなってたまらない。でも、この美女は近づいたら森の中へ笑いながら逃げていく。もちろん、旅人は美女と追いかけっこして、森の奥まで二人は入っていく。ずっと、追って追っていくと旅人は迷子になるの。そして、美女の姿も消えた。旅人は恋で狂っている状態で、叫びながらそのまま残るの。そして、そのあと道を見つけられず死んでしまうの。めでたし、めでたし。ねえ、これって、いい話じゃない?」

博美はなんでも知っている。この女性はもしかして僕よりも頭が良いと思った。僕よりも頭いい女性は今まで会ったことがない感じがした。正直に言えば、女性より男性の方が頭がいいと僕はずっと信じていた。

女性が全体的に馬鹿というか、女性と自分を比べたことはなかったのだ。女子と男子は別のカテゴリーで、競争することはないと思っていた。体育でもそうだろう。女子と男子を分けてレースする。オリンピックでも同じだ。だから、僕よりも頭が良い女性がいると考えたこともなかった。知性も性別で分けて、比べるものではないと思っていた。

でも、博美と一緒にいるときは、博美の方が頭が良いと感じた。僕が何を言っても、博美はすぐ聞き取って解釈できる。自分が考えてもないことをすぐ思い付く。そして、博美が話している時は、話が長くていろんな方向に飛んでいくけど、最後には全部の出来事を論理的に説明できる。こんな知性がある女子と出会うとは想像さえしなかった。

僕は、女性を馬鹿にしていて生きてきた。でも、博美と出会ってから、考え方が変わってきた。昔、ずっと信じていたことが次々と台無しになってきた。

一度、公園のベンチに座って、将来について話をした。博美は、大学を卒業して就職活動するけど、実家にある旅館を受け継ぐと考えている。

「しばらく、自立して、会社で働きたいけど、もし親が病気なったら、あるいは年取って仕事できなくなったら、北海道に帰るつもり」

「それは、良い将来だね。僕はそういう計画も夢もないんだ。僕は、ずっと不幸であるんじゃないか。それが、僕の運命だ」

「運命っていうものなんかないよ。人には選択肢があるじゃない。一人ひとり、自分の道を自分で選べる力があるのよ。あなたにも。運命っていう言葉を使う人はね、自分の力に気づいていない人だけ。あるいは、ただの不責任者のセリフだけ。いつでも、どこでも、オプションはいくつかあるから。その中から、どれを選ぶかは自分が決めるもの。そういう自由が人間にはあるのよ。いい人は、道徳を考慮に入れるし、悪い人は自分のことだけ考える。私はいい人ですよ。いつも、周りの人のことを考えてから選択を選ぶもん。あなたはどっち?」

僕は、彼女の才能に驚きすぎて、その質問に答えられなかった。

***
博美を本気に好きになってきた。本人には直接は言いにくいけど、一人の時には、博美のことしか考えないようになった。博美に何を伝えたいかいろいろ考える。ただし、本人にはこの言いたいことをどうしても言えない。この、気持ちはどういう名をつけるべきか。これが、恋というものか。森の中で、珍しいきのこを発見するような喜びを分かった。僕は、暗い森の中に美しいものを見つけたのだ。

恋に落ちることは人生で一番美しい出来事だと、誰かが言っていた。多分、歌かなんかでそういうことを聞いた。それが本当だなぁ…と思ってきた。博美に対するこの気持ちは恋でなければなんだろう。

優しくて明るい子。チシオタケみたいに可愛い子。人生は辛いことだけだと思っていた。でも、博美と出会ってから人生は楽しくなってきた。恋というのは甘いもの。ショートケーキみたいに甘いもの。

恋に落ちると、世界は光に包まれる。空が輝かしい。空気が美味しくなる。
博美のことをもっともっと好きになってきた。そして、彼女は一日に何度もメッセージを送って、また会いたいと頻繁に言うのだ。最初は、なんで僕みたいな人と会いたいとは分からなかったけど、断ったら可哀そうだから、会うことにした。その間、博美と会う度に、彼女の魅力ポイントを次々と発見した。

そして、言ってしまった。

「君と一緒にいるのが、好きだ…」

この失言に博美は聞いていなかったそうに、「え?」と返事したら、僕は臆病に「なんでもない」と言って、身を下げた。

博美が聞き取れなくて良かった。本当の気持ちはもうしばらく隠すべきだった。

それでも、博美と話すと元気が出てくる。ずっと、こうやって博美と一緒にいられたらどんなに幸せになれるだろう。でも、数か月後にこの関係が薄くなってきた。

最初は、博美が僕にメッセージを毎日に送ってくれた。挨拶だけのメッセージもあった。「おはよう」とか「おやすみなさい」というメールがきて、僕は最初は少し変だと思ったけど、これが愛情の印かもしれないと思って、このメールを受けることが楽しみになった。どんなメッセージでも、博美からの文書は嬉しい気持ちで読んだ。

でも、そういうメッセージはだんだん減ってきた。朝晩の挨拶がもう来なくなった。

僕が先にメッセージを送ったら、すぐ返事をしてくれる習慣が最初はあった。博美は必ず返事が来ることが、当たり前のことになった。でも、だんだんと返事が来るのが遅くなってきた。一時間も二時間も待たされるときがあった。そして、メッセージを送っても、返事が全然来ないときもあった。博美からメッセージも電話も来ない日が増えてきた。

女性はやっぱり子供と同じ。子供はおもちゃを使い慣れたら、もう遊ばないようになる。女性は男をおもちゃみたいに遊んで、時期に飽きてきて、その後は男を見捨てるのだ。



そして、久しぶりに人を殺したい気持ちが湧いてきた。そう言えば、博美と出会ってからこの話題について一度も考えていなかった。人殺しについて、完全に忘れていた。殺したい気持ちもなければ、殺す計画も進めていなかった。ぜんぶ、ぜんぶ忘れて、博美のことだけに夢中だった。しばらくの間、そうだったけど、殺したい気持ちが猛烈に蘇ってきた。

博美は運命というものはないと言っていたけど、僕は真実を知っている。運命というものはあるのだ。そして、自分の運命からは逃げようがない。
殺したくてたまらない。この気持ちが僕の全身を泥みたいに塗って、内臓まで沁み込んでいく。恐ろしい気持ちだけど、抑えようがない。

そう思っていた時に携帯が鳴った。誰かと思ったら、もちろん博美だった。他に誰とも連絡していないし。博美からメッセージが来た通知だった。でも、メッセージを読む前に腹で決めた。どうすればいいのか分かったのだ。そうだ。博美を殺せばいいのだ。

僕の運命は誰かを殺すこと。誰を殺せばいいのかが問題だった。じゃあ、博美でもいいんじゃないか。博美を殺せたら、人生の目標を達成できる。なぜかというと…いや、理由はない。普通の警察ドラマみたいに、はっきりした動機はない。博美は好きだ。大好きかもしれない。そして、長く生きて幸せになってほしいのだ。しかし、同時にこの人を殺したい。死んでほしくはないけど、殺したい気持ちはある。他の人に博美が殺されたら、僕は悲しんで怒り出す。もし、他の人が博美を怪我させようと思ったら、僕は博美を犯人から守る。それでも、自分が博美を殺してもいいと信じている。僕が彼女の命を自分のものにしたい。自分の手で彼女の命を奪いたい。殺しても生き返ることができたら、それが一番いい。博美を殺してから、また生き返ってくれたら、僕は満足する。でも、それは不条理なことだ。殺したら、生き返るわけがない。それでも、僕は彼女を殺したい気持ちが耐えられない。死んでほしくないけど、殺したい。どうしても、どうしても、殺したい。

携帯を解除して、博美のメッセージを読んだ。博美は、僕を部屋に誘ったのだ。凄くラッキーだと思った。博美を部屋にいる間に殺せる。侵入する必要もない。誘われたのだ。こんな簡単になるなんて、夢みたいだ。早速、着替えて出掛ける用意をした。その間に、博美の笑顔が想像に浮かび上がった。この可愛い子と会えると思うと、興奮感がブクブクと湧いてきた。そして、この子を殺すことを考えたら、悲しい気持ちになった。こんなに可愛くて純粋な子がなんで死ななければいけないのだ。なんで、殺さないといけないのだ。でも、殺すしかない。僕の運命は彼女を殺すことだ。

***
出掛ける前に、歯を磨こうと決めた。なぜか、口をきれいにして、彼女と向き合いたいと考えた。バスルームに入った。鏡に映っている虚ろな表情に少し驚いた。人間には見えない、不気味なものの姿が反射していた。それが、自分だったことが信じられなかった。

どうせ、人は早かれ遅かれいつか死ぬし、僕は寿命を少し短くしているだけだ。もし、博美は何年も生きても、ただ大変な目に遭って、いろいろなことについて悩んで、悪い気持ちになるだけではないか。いや、僕が博美を早く死なせた方が慈悲深いものだ。生き続けても、苦しいだけだから、今殺してあげる。博美は嫌いではない。博美が大好きだから殺すのだ。

博美が住んでいる場所へ電車に乗っている間に、大事なことを思い出した。僕は武器を持っていない。これは失敗だった。人を殺すことを決めたけど、どうやって殺すかまでは考えていなかった。望んでいる結果ははっきり分かっているけど、手口がなかった。ナイフも石も忘れてきた。途中で、ホームセンターに通って、武器で使える部品を買うかどうか悩んだ。でも、考えてみたら、僕は男性で、相手は筋トレしていない女性だから、首を絞めて殺せるだろう。彼女はもちろん抵抗するけど、男には勝てるわけがない。自分の血にはテストステロンが流れているのだ。この物質を信じて戦うのだ。彼女を倒して、手で喉を思いっきり掴んで殺すのだ。二分か三分以内には、酸素がなければ人間の体は弱って、意識を失って、まだ酸素が血に通らなければ、そのまま死ぬのだ。人の命は簡単に失くすことができる。そして、簡単に奪うことができるものなのだ。

僕は誰かの命を奪うのだ。僕は悪者なのか。どちらでもいいんだ。というか、誰が悪人か善人だと決めるのだ。神様か仏様なのか。もし、神様が僕に罰を与えるんだったら、僕は罰を享受する。それでもいいんだ。地獄に行ってもいいんだ。どうしても僕はこの人を殺すのだ。

そして、初めて警察に捕まったらどうなるのかと考えた。今まで、人殺しについて考えていた時は、捕まれたらどうなるか一度も考えていなかった。もし、人を殺したら、警察に捕まるだろう。でも、死刑になっても、僕は構わない。僕は、自分の死に向き合う時間がたっぷりあった。ただし、刑務所にいるのは辛そうだ。刑務所にはテレビもゲームもまんがもお菓子もなにも面白いものがない。ただ、コンクリートの壁に挟まれて、この狭い部屋で退屈つれづれしながら、何年間も過ごすのだ。そんな、陰惨な生活になるんだったら、自ら命を落とした方がいいかもしれない。そうしようか?博美を殺してから、僕は電車の前に飛び込んで死のうか。そういう計画も悪くはない。人を殺した後に、生きつづく必要なんかない。

博美の住まいまで、四〇分のはずなのに、凄く長い旅のように感じた。博美が住んでいるマンションの玄関に着いたとき、もう疲れていた。一休みしてから、彼女を殺そうと思った。

部屋のインターホンを押したら、すぐ反応して入れてくれた。博美はいつも洒落た服装しているけど、今日はだらしない格好をしていた。

「久しぶり…」疲れ気味な声で挨拶をした。


(つづく)



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