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Sweet like Springwater ⑧ 天然氷のような甘さ (短編小説)

8.
翌日9時に起きた。その日はクローズ、だからもっと寝てもいいのに、朝日を浴びて人生に振り返りたい気分が強かった。睡眠欲を乗り越えて、立ち上がった。窓際へ移動して、昨夜のことを思い出した。

昨日の夜、寺島拓摩と寝て、彼はその後タクシーで帰った。もし、この出来事が全て夢だとしたら。でも、満足感が肉体を通っていた。何か善運に巡り合った感じだった。これから、私は女として世界と立ちかかるのだ。そんな風に考えた。

次はどうすればいいのか。先にメッセージするべきか、待つ方が正しいのか。シャワーを浴びて、すっきりしたら自分の勘に委ねると決めた。勘に運命を預ける、これも自由の生き方だ。

次の金曜はいつも通り、実家に帰って家族と一緒に夕べを過ごした。恵美から何も訊かれなくて、自分から何も言わなかった。母から彼氏を見つけたかみたいな質問もなかった。少し罪悪感を感じたけど、この件については流石に家族とは話すべからず。

女性はこうやって生きてるのだろうか、と春香は考えた。もちろん、結婚するまで待つ人もいれば、もっと気楽に男と触れ合う人もいるはず。正しい道なんてない。人に優しくしていけば、それが正しいのだ。優しさにはいろんな形がある。寺山拓摩の希望を叶えたい。だから、部屋に誘ったんじゃないか。それとも、ただ今まで潜在してた性欲に振舞わされたのか。どっちでもいい。人生はまっすぐな道でなくてもいい。というより、曲がりくねった道の方が良いかもしれない。

あの夜から数日経ってから、寺山拓摩からはメールが入ってない。これに少し違和感が感じたけど、それが普通かもしれないと考えて、平常の生活に戻りかえった。コーヒーを焼く。フレンチトーストを作る。この娯楽な日々がずっとつづいても良い。この思想を抱いて、春香は笑って仕事に集中した。何をしても、どこに行くとしても、弾むような足取りで歩いた。

今まで、セックスや恋愛に興味持ってなかったのに、突然大波のように両方ともやってきた。寺山拓摩が書いた手紙を読んだ時から、春眠から目覚めたように、この身体は仕事以外のものに使えるのだと悟った。過去、男子に声掛けられなかった理由は、なぜだろう。ちょっと気になったが、それもすぐ忘れて、楽天的に人生を向き合おうとした。


ある日、神本さんと二人のシフトがあった。終日雨が降って、店がガラガラで暇が空く。神本さんもいつもより口数が少ない感じだった。溜め息を一回、二回、そして三回も漏らした。何かの悩みを抱えているのか。雨がザーザー、カフェのBGM、神本さんの溜め息、不安を誘うメロディー。

何かあったんですか?春香は勇気を出して訊ねた。

え?いや、ただ疲れてて。まぁ、疲れてることもあるけど、あと…

そして、少しずつ神本さんは四苦八苦を露わにした。今越してる生活は、昔イメージしてたものと違う。利潤がなかなかで、このままだとお店の没落するかもしれない。妻もいつも不満でむかむかしている。結婚したら幸せになれると信じて…でも、今は喧嘩の方が多い、セックスレスな関係だ。俺、これが二回目の結婚なんだ。最初の結婚も良くできなかった。それは、俺が無熟だったせいかもしれないが。今の奥さんと出会って、今度こそしっかりやろうと気持ちが最初はあったけど、最近は絶望的で、離婚の切り出しがいつ来るかと慄いている。

今の奥さんとは、子供は欲しくないという条件が課せられた。それを訊いて、少し心細かった。俺は一人ぐらい産んでも良かったんだ。でも、俺を受け入れてくれる人は、この世の中、他に誰もいないと思いきや、そのまま結婚することにした。もしかしたら、奥さんの方が利口だったかもしれない。今の金銭的な苦労を考えてみれば、もし家に子供がいたっとしたら大変なもんだ。ああ、腹を割ったりして、ごめんな。

ううん。もっと前向きになったら結婚も救難できますよ、と春香は素直に答えた。ただ、自分の健康も大事にしてください。身体の欲もほっとかないで。

春香は何か期待している表情をみせた。神本さんの悲しそうな目を深く見つめたら、なにかやってあげたい、私のものなにか預けてもらいた。そんな気持ちが沸いているような笑顔を見せた。神本さんは、この表情を読み取った。

店を早めにクローズして、タクシーで付近のホテルへ。一時間近く、部屋の中で恋人ごっこで遊んだ。そして、神本さんが家に急いで戻らないとと言い出す。春香はあっさりと頷いて、ホテルに背を向け一人でアパートに帰った。

次の日はオープンだった。春香は朝一から高揚感。沙也加が来て、すぐダンスについて、人生について、色々な世間話して盛り上げた。今日のパンはいつもよりふわふわしてない?天気が温かくなってない?今日ってテイクアウトの注文が多いね、など。客接もいつも通り丁寧でやったが、常連の何人かが春香の笑顔がやや輝かしいと思わせた。皿洗い中も、テーブルを拭いている中までも、笑顔は抑えられなかった。

シフトが終わってから春香は思った。沙也加にこのいい気分がバレたかも。変な人だと思われたかな。何も問題が起こらなかったから大丈夫だけど、気付かれたら最悪だ。

寺山拓摩のことも考えた。メッセージも何も届いてない。彼はもう忘れた方がいいかもしれないと考えた。でも、忘れる前に寺山拓摩と神本さんをついつい比べてしまった。寺山はもっとジェントルで愛撫が多い。体形は細いけど好きだった。神本さんは急ぎまくってた。動きが激しいけどはっきりしてる。脂肪が多いけどその割り合い筋肉もついてる。どっちがいいか言いづらい、二人とも好きだった。一人ひとりの身体に特有な表現力があることを学んだ。




カバーはmill_artworksさんの作品を借りました。見たら元気が出てくる描画を作る、とくに美少女を描くのが上手なアーティストです。是非、インスタグラムのページをご覧になって下さい。

https://instagram.com/mill_artworks?igshid=YmMyMTA2M2Y=

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