A Murder in Shinjuku④【短編小説】
前回の続きです。
10.
そして、しばらく魁仁のことを無視した。なんで?と言われても、理由はない。別に、嫌いではなかったけど、特に好きでもなくて、メールで話しても盛り上がらないから、一旦話さないことにした。メール送るときは、いつもーごめん。最近忙しくて…
三回目のデートに誘われたけど、仕事で忙しいからと言って断った。それは大嘘だった。実はシフトが減っていたんだ。働き過ぎて身体が弱る恐れがあって…じゃない。ただ、仕事が詰まんなくて、怠けたいから、シフトを減らしたかったんだ。
人生はしばらくそうだった。仕事をサボって、魁仁を無視して…
その間、SNSを使っていると、いろいろな出会い系サイトの報告が目に入った。退屈していたから、このアプリをダウンロードして、ちょいっと遊んでいたら、その時に魁仁の写真が現れた。左スワイプ、左スワイプ、左…何時間も続けていたら、間違えなく魁仁のプロフィールが載っていた。魁仁は他のアプリ使用して、他の女性を追っているのか。このアプリ使って他の女子たちと話しているに違いない。裏切られた気持ちにちくちく刺されて、怒りと憤りに振舞わされて、一晩眠れなかった。
私は怒れる立場でもないのに。だって、私も密かに出会い系アプリを使ってると言うのに。でも、魁仁の写真を見て腹に据えかねて、もう彼とメッセージしないと決めた。
11.
そして、わたしは孤独で生きていた。買い物のとき、レジスタッフと話す以外に、まれに人と擦れ合った。
一週間ぐらいだと思う、本当に長い間誰とも喋ってない気がした。その時に…
ピンポーン。
ドアが鳴った。誰かと思って開けたら…隣の人だった。名前は知らない、でも気に入ったあの男。
「はい?」
声が弱かった。
彼は疲れた目で私を見つめて、少し心配している感じがした。何の理由で私のドアまで…
「すみません。えっとー、かいとかけいとと言う人と知り合いですか?」
不気味な感じが全身を通った。
「え?いえ、そういう名の人知りません」
私の嘘話を聞いて、彼は少しほっとした感じがした。
「すみませんでした。ちょっと、昨日の夜、若そうな男性が家のアパートに訪ねてきてたんです。かいとかけいととなさっている人でした」
「え?」
「うちの部屋のベルが鳴って、インターホンを通じて、何だったか話したんですけど、知り合いがここで住んでいると言い始めるんです。間違えだと言ったけど、結構しつこく話しかけるんですよ。警察呼ぶぞと言ったら、ようやく去って行ったんですけど、ちょっと気持ちが悪かったので、ここら辺ちょっと気を付けた方がいいですよ」
「はい」
「それだけです。ちょっと気を付けて下さい」
彼はそのあとエレベーターの方へ歩いて行った。出掛ける途中で私に声を掛けようと思ったようだ。
そのかいとが魁仁のことだったら。でも、不思議だ。どうやって魁仁が私の住所を知ってるの?だって、私は絶対そんなことを言わなかったし。
***
正直、この出来事は恥ずかしくて、誰とも話したくなかった。でも、職場の食堂で松岡さんと二人だったら、 言えずに済まなくて、教えてしまった。
「絶対、あの魁仁だと分かる?」
「んー。隣の人が確かに「かいと」って言ったけど、あまり自信がなかった感じだった」
「でも、アパートに誘ってなかったんだから、住所を知るはずないよ。ねぇ、住所を教えなかったよね?」
教えたとは思わない。最後のデートは頭がくらくらして、何を言ったか覚えていない。もしかしたら、魁仁はパソコンに詳しいから、ハッキングして私の住所を知ること出来たのか。それか、食事中にトイレ行ったとき、魁仁が鞄の中を探して、住所なら健康保険に載っているし、そうやって私の住み場を知ること出来たのか。 分からない。
もう彼とは絶交した方がいい。電話番号もブロックする。 もし、戻ってきたら、警察を呼べ。それが、松岡さんの忠実だった。
***
結局、魁仁にメッセージを送った。ごめん、最近忙しくてメール出来なかった。
返事がすぐに来た。
話し合いして、魁仁はやはりちょっと怒っていて、これからはすぐに返事しれ、なんか言った。
そして、早速デートに誘ってきた。私はなぜか分からないけど、行くことにした。もしかしたら、その時は怖がっていたかもしれない。もし、断ったらあっちはどうするか。そう考えてたかもしれない。
そして、もしかして三回目のデートで私のことをようやく飽きてくる可能性もあった。そう思った。だって今まで知り合った人って、皆わたしのことに飽きて捨てたし、魁仁もそうするだろうと…
魁仁にメッセージ送ってから、突然お酒を飲みたくなってきた。アパートの近くにバーがあると、ずっと前から知ってたけど、それまで通ったことはなかった。一人でいるのも鬱陶しいから、誰かと会って話してみようと、いつもの自分と違う気分だった。
バーに辿り着いて、カウンターの隅っこの席を取って、レモンサワーを注文した。ノーメイクでみすぼらしい格好だったから、ナンパがやってくるとは思えない。
その夜、目を疑わせる背景が実現した。あの人。隣の部屋のお兄さん。名前は知らないけど、関心していたあの人がバーに現れた。外人の主人に愛想良く挨拶してたから、ここの常連客みたいだ。片手にタバコでもう片手にビールグラス。他の客に笑って大声で喋っている。周りの人はみんなこの人に注目している。格好いい姿だった。
私が入ってからおよそ三十分経ってから、彼は近づいてくる。
「すみません。どこかで会った感じがしますけど…」
「いつもお世話になっています」
私はお辞儀をした。
バーって素敵な場所ですよね。バーの中では皆が平等、皆が仲間。そんな感じがした。こういう環境じゃなければ、この人と話すことは出来なかっただろう。彼の名前は小川だ。三十二歳だ。
「ここに良く来ますか?」
私は聞いた。
「うん。暇な日は必ずSpeakeasyで、お酒飲んで楽しむんだ。普通は金曜日が自由なんだ」
「自由なんですか?」
「そう。他の日は縛られているんだ。ハハハ」
一番最初に顔合わせたのは、私がドアを間違えた夜だった。そのことは忘れているのか。小川はいろいろなことについて詳しいから、一緒に話すのが楽しい。私は自分についてあまり話さなかったけど、上手に返事をできた感じがした。そして、魁仁については一切話さなかった。だって、魁仁のことをちょっと忘れたかったから、このバーに来たんだもん。魁仁のこと忘れて、凄く気持ちよかった。
小川と長く話したけど、その夜はひっそり一人でアパートへ帰った。小川は他の常連と話したくって、私は一杯飲み干してお先にと言って帰った。夜遅く、布団に寝転がっていた時に、魁仁からの電話が来た。話したくなかったけど、電話に応対した。
「もしもし。もう眠いよ」
「ちょっと謝りたかったんだ」
「なんのため?」
「さっき、ちょっと怒ってて。俺が悪かった」
謝り方が本当に素直で、ちょっと可哀そうな感じがした。でも、お母さんじゃないし、慰めるのは私の役割ではない。
「来週のこと、めっちゃ楽しみにしているから」
彼は言った。
「うん。わたしも」
私は嘘吐いた。
そして、電話を切ってからすぐ目をつぶって無明の闇を迎えた。
12.
五十代の夫婦が部屋の真ん中に立っていた。二人とも不安な顔だったが、格調高い格好をしていた。
ここは、死体安置所だった。
心配するのはごく当たり前。この日は死体を確認する目的で足を運んできたのだ。礼儀正しく、調査官と葬儀屋に挨拶した。死体は目の前で、シーツに隠されていた。葬儀屋がシーツを捲った。
中年の夫婦は呆気した。しかし、周りの人が期待していたより悲しまない。普通の人はここで涙で崩れる筈だが、この夫婦は泣かない。
「気の毒ですが、ご確認なさっていただけますか?」
警察官が言った。
叔母さんは目を反らして、夫に抱きついた。夫の方は、死体の顔から目を外さなかった。
夫が先に話す。
「これは…家の娘ではありません」
この女性の死体は誤認されたという意味だ。
13.
スパイ行為を始めた。対象は隣に住んでいる小川さん。ひねくれた理由じゃなくて、ただの好奇心だけ…
始めは本当に無罪な理由で壁に耳を傾けたの。隣の部屋から騒がしい音が聞こえてきた。一人の声、男の声だった。それは間違いなく小川だった。もう一人の声、女性だった。始めは小川が怒っているのかと思ったけど、怒っていなくて相手を宥めている感じだった。
「今日だけは怒鳴らないでくれよ…」
彼に彼女か妻がいるかどうか、その時は知らなかった。
ある日、見知らぬ女性がアパートを歩き回っていた。女性は髪を染めてパーマをかけ、ハイヒールを履いていた。遊女だろうかと思った。
二回目、この女性を見たのは、私が住んでいる同じ階だった。そして、ゴミ袋を手にして、ゴミ倉庫へ向かっている姿だった。だから、ここに住んでいる人なのだと分かった。
同じ階に住んでいるちょっと怪しい女性。
そして、仕事が早い時間に終わった日、午後の六時ぐらいだと思う、部屋に入ったら、壁からなにか音がしていた。女性の声だった。苦しそうな声だと思った。壁に耳を傾けると。
「気持ちいい~」
それは、苦しんでる声ではなかった。
これはビデオの音ではない。小川は女性と性交していたのだ。 先ほど見かけたあの女性だと思える。セックス中に大声を出すという女性。この人に対し憎みを抱えてきた。
次の金曜日は休みが取れたので、Speakeasyへ向かった。でも、入口が見えたら顕著した。小川が中に入ってなかったら、困る。だって、小川と会うためにここに来たんだから。
新作戦を練る。外に隠れそうな場所を見つけて、バーの入口を杭打ちする。そしたら、小川が入るまで待って、追っていけばいい。
こんにちは。ある用事でこっちら辺に来たんだ。友達と約束があって、新しいアパートへの引っ越しを手伝っていたんだ。急に遅くなったんだ。そして帰り道、この看板を見て、アパートに帰る前に一杯飲んでいこうと考えたの。小川さんもいるとは予測してなかったけど。でも、いて良かった。この前していた会話を続けよう。
完全な計画だ。
時間が少し経つと、この計画はやっぱりバカだと思った。結局、一人で店に入ることにした。小川がいたら、さりげなく挨拶して、話し掛ければいい。それで、入ってみたけど、小川はいない。前回と同じ席に座って、一人でレモンサワーをゆっくり飲んだ。
ちょっとずつ、周りの客が私に関心を持ってきた。
目標は達成できなさそうだったけど、皆がフレンドリーで良い気分だった。
ここって、もっと人入ってくる?と外人の主人に聞いた。
「そうだね、もうちょっとすると混むと思います」
彼は言った。
二杯目のレモンサワーを飲み干して、時計を見たら十時過ぎ。小川に会うことは諦めるべきだ。というか、なんで彼とこんなに会いたいのか、自分でも分からなかった。何か聞きたいことがあったわけでもないのに。
「あの女と寝転がったんでしょう!」
と私が怒りだして、小川は…
「ごめんなさい!」
…って謝るだろうか。
そうなる訳がない。というか、なんで小川が謝るんだろう?
小川を忘れて、目的外だけど、もっと飲んで盛り上げようと考えた。周りの人が話し掛けてくれるから、良い気分になってきた。隣に座ってきた男性、おじさんだったけど、会話が夢中になって、いつの間にか小川はが登場したのに気付いていなかった。小川という、ちょっとミステリアスな、ちょっと優しくて、ちょっと格好いい人が同じ店に入っていた。
小川はアメリカ人とまぁまぁ良いイングリッシュで喋っていた。私は、おじさんと別れて、小川の方へ向かった。しばらくしたら、小川は私の方向へ視線を向けた。
「ミスターオガワ~」
下手な英語のふりで。
「英語で話せるのって、凄いですね。私だって全然話せないのに」
「やー、ちょっとだけ海外に旅出たときがあってね…」
会話が凄く盛り上がった。小川が何を言っても凄い。
十二時まで話して、同棲している彼女が戻る前に帰らないといけない、と言ったら、私は一緒に帰ると返事した。
「東京は海外と違って、女性は真夜中でも自由に歩けるのがいいよね」
街路で、小川はこんなことを言った。
「バカなこと言わないで下さい。日本って、そんなに安全じゃないんですよ」
本当か?というような顔をみせた。
歩いていたら、一度目に付いていた痣のことを思い出した。お酒のせいか、そんな話をしたくなかったけど、つい声に出てきた。
「ああ、それ。ハハハ。昔だよ、気にしなくていい!」
「でも、男でも女でも用心しないといけないですね」
「そうだね。でも、その時は俺が悪かったんだ」
「酔っ払って喧嘩でもしたんですか」
「んん。まあね。なんで知りたいの?」
「それは、知りたいですよ」
小川は静かでいて、ちょっと計算しているような表情だった。
「それはね、彼女に殴られたあとなんだ」
多分、それを言うのが恥ずかしかったんだ。
こういう事件について聞いたことはあった。DVっていうと、普通は男性が女性に向けて暴力を振るうというイメージだけど、たまには逆になることもあるそうだ。妻に殴られる、怪我される、殺害される、そういう事件も世の中にあるのだ。
「女性も酷いね…」
私は言った。
小川は笑った。
「その時、彼女は酔ってたから仕方ないんだ」
さりげなく、そう答えたけど、逆にそれが恐怖を引き出した。暴力が当たり前な世界は暴力が珍しい世界より恐ろしい。そわそわした気持ちが肌に感じた。
なんで、別れないのよ?もっといい女がいるのに。小川はカノジョに恋していたんだろうか。カノジョは小川のことを恋していたんだろうか。
ちょっと、コンビニに寄るから、先に帰ってーと小川は言った。それは、女性と付き合っているところが目撃されたらやばいんだ、と言わなかったけど、その意味が伝わった。
自分の部屋に着いたら、静かにして外の音を慎重に聴いてた。長い間、沈黙が破られない。一時間近く待った。最後に、待ってた音が聞こえた。人の足音。鍵のジャラジャラの音。ドアの開閉の音。小川は無事にお家へ帰った。「おかえりなさい」と言いたかった。そんなこと言わなかったけど、小川が隣の部屋にいると知って、ようやく眠れる気持ちになった。
カバーはmic__yaというアーティストの作品を借りました。素晴らしい画家で、ずっと前から憧れていました。こちら、インスタグラムのページ拝見して下さい。