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show-window カリスマショップ店員由宇の物語

私にとっての処女作。2ちゃんの「怪我した女に萌えるスレ」に投稿したもの。最初はドキドキしましたねー。何の反応もなかったらどうしよう...と。ありがたいことに、気に入ってくださる方々がいて嬉しかった思い出。男の人より私と同じ女性が強く共感してくれたのが意外でもありました。自分の願望を形にできた気がした、記念の作品です。

2009年9月27日 (日) 

show-window 1  

「い…ったあ…」  

思わず小さな声が出た。

お客様の要望に答え、ショーケースの
下段から商品を取り出そうとして
しゃがみ込んだ時、
右の足首にズキンと痛みが走った。

 「?」という目を向けたお客様に対し、
由宇(ゆう)は慌てて顔を上げ
にっこり微笑んだ。

「こちらでございますね。
どうぞ、お手に取ってご覧ください」

右足首に力を入れないように
不自然な体勢で立ち上がった
ふらつきを隠しながら…。  


それは、今朝の通勤の電車内でのこと。
由宇の乗る駅は始発駅に近く
いつもは座っていけるのだが、
今日はスポーツ大会でもあるのか
ジャージを着た高校生でいっぱいだった。

途中で降りてほしいという願いも叶わず、
由宇の降りる駅が近づいても
我がもの顔で座席を占拠する
彼らは降りない。

高校生たちの五月蝿いおしゃべりと、
1時間近く立ち続けた疲れから
由宇の頭はぼうっとしていた。  

アナウンスにはっとして
電車を降りようとしたとき、
硬直していた足がもつれた。

が、人の流れに押されるようにして、
そのままホームになだれ込んだ。

一瞬立ちすくむ由宇に、
容赦なく人がぶつかっては通り過ぎる。

頭をぶるぶるっと振って、
歩き出そうとした由宇の右足首に
痛みが走った。

「あっ!つ...!」 

 「やばい、足をひねってしまったんだ
...。どうしよう..」

でも悩んでいる暇はない。

幸い、足に体重をかけすぎなければ
なんとか歩くことができた。

手すりのあるところでは、
右足を浮かせて跳ねるように進んだ。

駅のコンビニでとりあえず湿布を買う。
人目を気にしつつ、
通路で足首全体に貼った。

今日の通勤服はパンツスーツだったので
湿布は裾に隠れている。  

湿布を貼って少し休んだことで、
前より歩くのが楽になった。

なんとか就業時間前 に、職場である
某宝飾店にたどり着いた由宇は
制服に着替えハイヒールを履いた。

足首全体に貼ってある湿布を見つめる。

高級宝飾店の権威とプライドにうるさい
麻木先輩の顔を思い浮かべる。

きっと、湿布なんか貼っていたら叱られる。
由宇はおそるおそる湿布を剥がした。  

足首は、ちょっとだけ腫れ、
熱を持っているように感じられた。  

それから3時間。
休憩時間が来るまでの間
客がほとんどなかったため、
由宇は足を休めることができた。

足は鈍い痛みを
鼓動と同じリズムで伝えて くるが、
つらいというほどではない。  

同僚と交替し、
右足首に力を入れないよう
ゆっくりと控え室に入った由宇 は、
ほっとため息をついた。

どうやら軽い捻挫で済んだらしい。

2009年9月27日 (日) 

 show-window 2  

異変は午後になってから起きた。

お得意様がたくさん見え、
由宇は忙しく立ち働いた。

優雅な動きを日頃から躾けられているため
早足で歩くことはないが、
ハイヒールで歩かなければいけないし、
ものを取り出すためにしゃがんだり
つま先立ちをする必要があった。

その度に右足首の傷みがどんどん増してくる。  
夕方にはズキズキと絶え間ない
傷みが襲うようになってきた。

ちょっとした動きの度に、
抑えてはいるものの

「うっ!」「つっ!」と
声にならない声が出てしまい、
顔が歪んでしまうのが自分でもわかった。

右足をかばうため、
足元もふらつくことが多い。
冷や汗もでてきた。
たぶん顔色も悪くなっているだろう。  

少し前から不審そうにちらちら
由宇の様子を伺っていた麻木先輩が、
お客の 切れ間を狙ってそばにやってきた。

「あなた、どこか悪いんじゃないの?」

 「あ、あの、いえ...。」

「とにかく一緒に控え室に来なさい」

麻木先輩は ずんずん歩いていく。
遅れまいとして、由宇は懸命に歩いた。
くるぶしに突き 刺すような
激しい痛みが走る。
歯をくいしばり涙をこらえて歩いた。

が、最後 の方はどうしてもビッコを
引くような歩き方しか出来なくなった。

先に控え室 に入った先輩は、
ぞっとするような冷たい目で
その様子を観察している。

焦り に焦った由宇が部屋に入ったとたん、

「早く来なさいよ!」

先輩が腕をぐいっ と引っ張った。  

「えっ??」

ちょうど踏み出そうとしていた
由宇の右足は床を滑り、
ハイヒ ールのかかとが斜めになった。  

「あああああっっっっ!!!!!!」

足首を捻ったまま床に倒れこんだ由宇は
あまりの衝撃に
しばらく動くことさえできなかった。  

「あ、足が、ああっっ….!!!!」

右足首を抱え悶絶する由宇。

冷たい目のままの先輩は、
こう言い放った。

「怪我したままお客様の前に出るなんて
あなた何を考えているの?
私たちはこのお店の商品と一緒で、
常に完璧を求められているはずでしょ?
あなたみたいな傷物に
お店に立ってもらっちゃ困るのよ」

 「す..みません...。
たいした..怪我...じゃない..
.ので大.丈夫だ.....と...」

やっとのことで言葉を絞り出す由宇に、
先輩は
「動けないくらいひどそうじゃない?
店長には言っといてあげるから、
完治するまで休みなさい。
あなたの持ち場はちゃんと見ておくから
遠慮しなくていいのよ。」

恐ろしい笑顔を浮かべながら宣告し
「じゃあ、お大事に」
と立ち去っていった。  

それから30分ほど過ぎただろうか。

傷みとショックでうずくまっていた
由宇はすこしずつ体を動かしていった。

右足首に力を入れることは全く出来ない。

そろそろと右足を持ち上げながら
椅子ににじり寄る。

椅子にしがみつきながら
片足でなんとか立ち上がった。

「いっ...!!!
つううっ...!!!!!!」

涙で視界が滲む。

震える体をなんとか椅子に預け、
右足首を抱きかかえたまま、
またしばらく動けなくなる。  

「とにかく病院に行かなければ...」

キャスター椅子を漕ぐように移動し、
自分のロッカーにたどり着く。

振動を抑えるため
両手で足首を支えたが、
それでも襲ってくる激しい痛みに

「うっ...!くうう..!!!!!」

「はああっ..!!!」

と嗚咽が止まらない。  

ロッカーから今朝買ったばかりの
湿布の残りを取り出し
足首に貼付けようとして、
由宇はぎょっとした。

足首が腫れ上がり、青紫のような色に
変色してきているではないか。

「ああ..足が...ううっ...!!
ひどい...!痛い!
痛いよお!!!!!!」

思わずカッとして叫んでしまった。

もう我慢できずに泣きじゃくる。  

と、そこへ、
同期の智佳(ともか)が入ってきた。

「由宇と先輩、なんか変な感じ
だったから、気になって...大丈夫?」

「と...智佳...。助けて...」  

痛みにうめき、泣きじゃくりながら
経緯を話す由宇を慰めながら、
智佳は慎重にハイヒールを脱がせ
湿布を貼る。

足を動かしたり触ったりする度、
由宇が悲鳴をあげる。

智佳はどこからか見つけてくれた
救急箱からありったけの包帯を出し、
厳重に足首を固定してくれた。

そして、制服を着替えさせた後、

「由宇、ごめん。
私の休憩時間もう終わっちゃうんだ。
先輩に目をつけられるとヤバいからさ.」
とすまなそうに言う。

 「うん。もう大丈夫。
ありがとう。本当に助かった」
なんとか笑顔を作った由宇を見て、
ちょっとほっとしたように
手を振り智佳は出て行った。  

智佳のおかげで、気力の出て来た由宇は、
椅子から立ち上がり歩き出そうとした。

右足首は固く包帯が巻かれているが、
つま先を付けることも
ほとんど出来ないくらい痛む。

幸い見つけたロッカーの中の
置き傘を杖代わりにし、
壁にすがりながら片足でそろそろと歩いた。

痛みと卑劣な先輩への怒りで
涙がこみ上げる。

通用口まではほんのわずかの距離なのに
時々痛みをこらえて立ち止まる由宇には
マラソンのように感じられた。  

「由宇ちゃん、どうした?」

いつも温かな笑顔を向けてくれる
守衛さんが、部屋から飛び出してきて
脂汗と涙で濡れ青白い顔をした
由宇を抱えた。

「たいしたこと....ない.
.と思うんですけど...、
足を....くじいてしまって...」

「大丈夫そうには見えないよ。
タクシー呼んであげるから
ちょっと待ってて」  

心配そうな守衛さんに
「誰にも言わないでくださいね」
とお願いし、
由宇はタクシーに乗り込んだ。

近くの評判がいいと言う
整形外科に向かってもらう。


 2009年9月27日 (日) 

 show-window 3  

整形外科での診断は、
外側靭帯の部分断裂だった。

しかも最初の捻挫時点で内側に
捻ったらしく、
内側の靭帯も伸びているらしい。

「今は腫れがひどいので、
シーネという添え木で固定していますが
たぶんギプスが必要だと思います。
ちゃんと歩けるようになるまで
3週間はかかるんじゃないかな」

医師の言葉に茫然とする由宇。

「ギプス...3週間....」

「まあ、数日間はできるだけ
安静にしてください。
腫れがおさまる頃にまた診察しますので」  

松葉杖と痛み止めを与えられ、
歩き方やRICE処置のことなどを
教えられて病院を出る。

タクシーで駅に行ってもらった。  

足の痛みを考えれば、
歩く距離も長く階段等の
障害が多い電車は不安があったが、
家が遠いのでどうしようもない。

ゆっくりゆっくり松葉杖で歩く。

帰宅ラッシュが始まる時間帯となり、
急ぎ足の人々が由宇に
ぶつかりそうになりながら行き交う。

病院でもらった痛み止めの効果が
だんだん薄れてきているのか、
足首がズキズキと存在を主張しはじめる。

心細さと痛みから
何度も由宇は泣きだしそうになった。  

ラッシュの時間なので、
当然由宇は座れなかった。

松葉杖を見て席を譲ってくれようと
する人がいたが、身動きが出来ず、
無理して笑いお礼だけを言った。  

電車が揺れる度、
また、人の出入りの時も体が押され、
バランスを崩し、
シーネで固定された右足が床に触れる。

由宇は歯をくいしばり
激しい痛みに耐えた。

ようやくチャンスをつかみ
乗降口近くの席に座った由宇は
くたくただった。

が、ほっとする暇もなく、乗り降りする
客の足が容赦なく由宇の足を襲う。
座っている由宇の足など見ていないのだ。

手で足をかばい、
頭を下げてうめき声をこらえる。

もはや痛み止めの効果もなく、
ズキズキと熱を発する足を
切り落としてしまいたい、 とさえ思う。

こらえきれず、うめき声を漏らす
由宇の隣の青年が
「大丈夫?」と声をかけてきた。

 「は...い...」

ちゃんと返事をする余裕もない。

「どこで降りるの?」

「○○..です」 

「送ってあげるよ。
一人じゃ無理だろ?」

「いえ、そういう...訳には.
..あっつ!」
言葉は痛みで悲鳴となった。  

結局その青年に抱えられるように
電車を降り、
駅員さんに車いすを持ってきて
もらって駅の外に出た。

由宇はもう、ほとんど
動けないくらい憔悴していた。  

タクシー乗り場まで
車いすで運んでもらい、
抱きかかえられるようにして
乗せてもらう。

何をしても足に激痛が走り、
由宇は泣き出していた。

青年は駅員さんに
車いすの返却を頼み、
タクシーに一緒に乗り込む。

断る気力もない由宇は、
ただただ足を抱えて泣いていた。

 2009年9月27日 (日) 

show-window4

炎症のため、
発熱と悪寒まで感じていた由宇は、
青年に抱きかかえられ
部屋に連れて行かれた。

「部屋まで入り込んじゃってゴメンね」

と言いながらベッドに由宇を
横たえた青年は、

「友達とか来てくれる人は近くにいる?」
と聞く。
去年東京に出てきた由宇には
ほとんど友達が居ない。

同期の智佳は
都心を挟んで反対側に住んでいるし、
他に頼れる人は思いつかなかった。

「大丈夫です」

笑って言うつもりが、
泣き声になってしま った。  

しばらく泣きじゃくる由宇を
青年はそっとしておいてくれた。

思いっきり泣いて
足の痛みに文句を言い、
気持ちが落ち着いたところで

「勝手にゴメンね」と
青年はビニール袋に入れた氷を
足首に載せてくれた。

「痛っ!!!!.....い、いえ
…ありがとう...ございます」  

どれくらい時間がたったのだろう。

青年が時計を見ながら
何度か氷を載せたり外したり
していたのはわかっていたが、
痛みと熱でうなされていた由宇は
いつの間にか眠ってしまったらしい。

喉がカラカラに渇いていた。
起き上がろうとして、
足首に走った痛みに悲鳴をあげる。

「大丈夫?何か欲しいなら言って」

青年はどこまでも紳士的で優しい。

どうせ自分では何も出来そうにない
由宇は思い切って甘えることにした。

痛み止めと水を飲ませてもらい、
うなされている間に入っていた
智佳のメールに返信する。

疲れきっていた由宇は
それから間もなく眠ってしまった。  

ふと、目が覚めると明るくなっていた。

動こうとすると、やはり激痛が走った。

足に力を入れないようにして、
なんとか上体を起こす。

足の痛みに
また涙が滲んできた目で周りを見渡すと
青年の姿は消えていた。

「名前も聞かないでしまった..。
どうしよう?」

ベッドのそばの小さなテーブルに
コップとミネラルウオーター、
痛み止め、そしてメモが置かれてあった。   

その日1日中激しい痛みは続いた。

熱もあり、由宇はほとんど動けなかった。

痛み止めを決められた時間に飲み、
効き目が切れると次の時間まで
必死に気をそらそうとした。

そんな時、メモに書かれた携帯番号に
発作的に電話しようとしては、
何度も自分を引き止めた。

「もっと良くなったらお礼をしよう。
それまでは電話しちゃダメ。
これ以上頼ったらダメ!」  

本当は1日何回か氷を患部に当てて
冷やさなければならないが、
歩いて氷を取りに行くどころか
ベッドから出ることもできない。

冷やせないせいか、
由宇の足の痛みはますますひどくなって
きているとしか思えなかった。

「捻挫って当日より次の日とかが痛い、
って誰か言ってたっけ..?」

「ホントに捻挫だけの痛みなの?
こんなに痛むのは
おかしいんじゃないの?」

「痛み止めがもう
効かなくなってるんじゃ?」

どんどん悲観的な考えばかり浮かぶ。  

「ああっっ!もうイヤ!
痛い!痛い!!!
いたあいぃぃ!!!!」

思わず体を激しく動かしてし まい、
弾みで積み重ねたクッションの上に
載せた右足がずり落ちる。

「ああっつっ!!!!!!!!!」

体を折り曲げ、右足を抱えるが、
そのまま 動けない。

あまりの痛みに息もできない。

その時、優しい手が伸びて、
由宇の体を元に戻してくれた。

「はあっ!、はあっっ!!!」
という息づかいのまま見上げた
由宇の瞳に、あの青年の
心配そうな顔が入ってきた。 

 

2009年9月27日 (日) 

 show-window 5  

やはり氷で冷やすと
痛みはだいぶ和らいだ。

何度目かの「ゴメンね」を言い、
青年・・拓人(たくと)は
「やっぱり心配で来ちゃった」と笑った。

由宇は泣き出したが、
今度は嬉し涙だった。

「こちらこそ...ごめんなさい。
...来てくれてありがとう」

「大変だったね」

「うっうっ....ううん...」

あとは言葉にならなかった。  

夜になり、由宇はやっと軽い食事をとった。
痛み止めのせいで吐き気がしていたが、
お腹にものを入れると楽になった。

痛みもだいぶ良くなり、
拓人が居てくれる安心感で
由宇は眠くなってしまった。

まだ眠りたくないのに....。
拓人のこと何も聞いてないし....。   

やはり目覚めると明るくなっていた。
昨日よりも長い時間眠ったらしい。

拓人はまた、消えていた。
「仕事かなあ....それとも学生?」
24歳の自分より若いんじゃないかと、
何となく由宇は感じていた。  

足はやはり痛む。
でも、
昨日の破壊的な痛みに比べればましだ。

ゆっくり慎重に右足を下におろし、
ベッドに腰掛けた。

下におろすと足の痛みがぐんと増す。

松葉杖はちょっと離れた机に
立てかけてあった。

慎重に立ち上がり、
ベッドに両手をつきながら片足で進む。

「くっ!うっ!!」

右足がどうしても揺れてしまい、
激痛が突き上げる。

「はあっ!....はあっ!!!」

また涙が滲んできた。

何度も休み、呼吸を整えながら
ベッドの端まで進んだ。

松葉杖に必死で手を伸ばす。

あと一歩届かない。

覚悟を決めて左足で跳ぶ。

かろうじて机に手をつき、
由宇は体を震わせて痛みに耐えた。

気力が萎えないように、
あえてすぐに松葉杖を両脇に
あてて歩き出す。

右足は膝下からのシーネと
分厚い包帯で固められており、
足を床に触れさせないためには
結構筋肉を使う。

何度かシーネの先が床につき、
その度由宇は悲鳴をあげた。  

トイレに行って帰ってくるだけで、
由宇は力を使い果たした気がした。

ベッドに横たわり、
なけなしの力で右足を
クッションの上に置いた時には、
昨日と同じくらいの
激しい痛みが蘇っていた。

「ああ..!!はあ....!
うっっ!!!つううう.!!!!」

起き上がって痛み止めを飲む力もない。  

その時、
「こんにちは」と拓人が入ってきた。

すぐに由宇の状態に気づき、
氷を載せて痛み止めを飲ませてくれる。

「どう....して...、
あ..なたは....
私が...たいへん..な時に.
..来て....くれるの?」

「さあ、わかんない。ゴメンね」

由宇は痛みのせい、
と心で言い訳しながら、
拓人の手を握り締めた。

 2009年9月27日 (日) 

show-window 6  

なんとか痛みが落ち着き、
背中にクッションをあててもらって
上体を起こした由宇は、
拓人がいれてくれた
ハーブティーを飲みながら、
やっとまともに会話を交わしていた。

「たぶん明日くらいには
痛みもだいぶ治まると思うよ。
君の場合、
怪我してから我慢して歩いたりしたから
炎症がひどかったけど」

「拓人は、もしかしてお医者さんなの?」

「えーっと、その卵、かな」

「医大生?」

「まあ、そんな感じ」

「そうなんだ...
でも、学校行かなくて大丈夫なの?」

「今日は休み。土曜日だよ」

「あ....」

曜日の感覚がまるでなかった。

「そういえば、月曜にまた病院に来て、
って言われてたけど、
○○町まで行くの無理かも」
独り言のようにつぶやいた由宇に、

「車で連れてってあげるよ。
たぶんギプスになるだろうから、
そのあと、紹介状書いてもらって
通いやすい病院に転院すればいい。
ギプスになれば、すごく楽になると思うよ」

「やっぱりギプスなのかな...」

「君の怪我の状態ならギプスの方がいい。
またちょっとでも捻ったら
大変なことになるよ」

「う、うん」  

その日、拓人は泊まり込み
熱心に看病してくれた。

由宇は拓人ともっと話がしたかったが、
体が疲れきっているのか、
うとうとしていることが多かった。

足の痛みはあるものの、
痛み止めを飲んでおとなしくしていれば
気にならないくらいになっていた。

夜中ワガママを言って、
シャワーを浴びさせてもらった。

あたたまったせいか
シャワーの後足が痛み出し、
ちょっと後悔した。    

日曜も二人でずっと過ごした。

由宇は拓人に抱えられてソファに移動し
DVDを観て泣いたり笑ったりできる
ほど元気になった。

甘やかされると癖になるから、
とベッドに戻るときは松葉杖を使った。

足をつかないようゆっくり気をつけて
歩けば大丈夫だった。

腫れが引いてきたのか、
包帯が緩んできたし、
汚れたような気がしたので
拓人に頼んで換えてもらうことにした。

包帯を解くと、無惨な足が目に入った。

足の甲から足首のずっと上の方まで、
原形がわからないほど腫れ、
どす黒い紫色になっている。

固定が外れた痛みより、
足のグロテスクさに由宇は泣いた。

「大丈夫。ちゃんと元通りになるよ」

拓人の言葉も気休めに聞こえる。

拓人がアルコールで拭き清め、
新しい包帯を丁寧に巻いてくれた。

でも動かしたせいで
足がまた激しく痛みだし、
気落ちした由宇は無口になってしまった。

拓人は「ゴメンね」と何度も繰り返した。

謝らなきゃならないのは
私の方なのに...。
由宇は痛みと自己嫌悪に苛まれ、
つらい夜を過ごした。 

 2009年9月27日 (日) 

 show-window 7  

涙が頬を伝う冷たさに目が覚めた。

右足首のことも忘れて飛び起きた。

「あっ痛っ..っ!!!!」

足をさすりながらも
目は部屋をスキャンしていた。

やっぱり居ない...。

私があんな態度を取ったから、
呆れて出て行っちゃったんだ...。

痛む足を抱えて泣いた。

怪我をしてから毎日泣いてばかりいる。

こんな弱い女じゃなかったのに、
と思えば思うほど涙が止まらない。

「バカだ。私....。
このままじゃ、やだ」

涙をぐっと拭う。

まだ、その辺にいるかもしれない、
と無理矢理立ち上がり、
松葉杖で玄関に向かった。

焦っていたせいか台所の床で松葉杖が滑り
右足を思いっきりついてしまった。

「っ!!!!!!」

呼吸が止まるほどの痛み。

かろうじて倒れるのをこらえ、
震えながらも歩きを再開する。

「痛いっっ....!!!
あっ!!!つううっ..!!!!」

思わず声が出てしまう。

玄関の手前で、
もう何度目かわからない
涙を拭おうとした時、

右手の松葉杖がカラン、
と倒れ由宇はバランスを崩した。

右足のつま先が床につき、
倒れ込みそうになったその時、
飛び込んできた拓人が由宇を抱え込んだ。

「危ない危ない。
大丈夫?足、痛くしなかった?」

 足はすごく痛かったが、
由宇は首を振り、拓人にしがみついた。

「遅くなってゴメンね」
「大丈夫?ゴメンね」
拓人は相変わらず「ゴメン」を繰り返す。  

車を取りに行って来た、
という拓人の言葉を聞き
自分の早とちりに呆れつつ
由宇はまた泣いた。

安心したら、
足が耐えられないほど痛みだした。

足を思いっきりついた、
と言う由宇の言葉を聞き、
拓人はソファに由宇を横たえ、
氷の処置を始めた。

痛みはなかなか治まらず、
拓人は
「大変かもしれないけど、
病院に行こう。
また、どこか痛めたのかもしれないから」
と由宇を抱き上げ、車に運んだ。

車の中でもクッションの上に足を載せ
氷を定期的に載せ続けたが、
今までにないくらい足は激しく痛み、
由宇は息絶え絶えとなった。  

病院では関節造影検査も
行なってもらった。

痛み止めの座薬を入れ、
さらに部分麻酔をしてもらったが、
シーネを外した足首はフラフラしていて、
動く度に奥から重く鈍い痛みが
襲ってくるようだった。

再度ストレス撮影をした後は、
痛み止めの効果はもうなかった。

「とにかく、痛みが激しいので
このままギプス固定をします」

有無を言わせない感じで処置室に運ばれ
また麻酔をした後手早くギプスが巻かれた。

足を絶対つくことがないよう、
膝を曲げた形で足全体が固定されている。

腫れた足に
柔らかいウレタンのようなものを
何枚も巻いてからギプスを巻いたため、
足首周辺は5倍くらいの太さになっていた。

「靭帯は、前回の状態とほぼ同じで
幸い悪化はしてない。
今回は足に強い力がかかったため、
捻挫時に損傷した関節の軟骨や
周辺組織が再度強烈なダメージを
受けたと思われる」というのが、
医師の説明だった。

もともと、由宇の場合、受傷してから
長時間無理して歩いていた上に、
麻木先輩によりひどいダメージを
与えられたため、普通よりも
ひどい炎症症状を起こしていたのだ。

「気をつけないと、
捻挫が完治しないだけでなく、
関節炎を起こして足が変形したり
痛みがとれなかったりすることも
あるんですよ。
とにかく、痛みがある間は
絶対安静でお願いします」

転院の手続きをお願いすると
「あなたの場合は特別ですから」と
医師は渋ったが、家からかなり遠く
通院が厳しいことを訴え、
なんとか了承してもらった。

松葉杖は買い取りにさせてもらった。  

痛み止めをもらい、
拓人に抱きかかえられて外に出ると、
もう夕方だった。

ふと、思いついて智佳にメールする。
彼女は今日早番で、
もう制服から着替えて出るところらしい。

夕食の約束まで時間がある、
ということだったので
拓人に了解をもらい、病院の近くの
オープンカフェまで来てもらった。

足全体に大きなギプスをはめ、
椅子の上に載せている由宇を見て、
智佳は絶句していた。

 「ちょっと、由宇、大丈夫なの?」

ようやく口を開いた智佳に弱々しく微笑み

「かなり大丈夫じゃないかも」と答えた。

「それより、職場の感じはどう?」

「麻木先輩があなたのお客様に
媚び売りまくりで見てらんないわよ!」

「やっぱり....」

「由宇のケガ先輩に
ひどくされたんでしょ?」

「うん、それはそうなんだけど」

「訴えた方がいいよ。
こんなひどい怪我させられて。
暴行事件じゃん!」

「でも証拠もないし....
もともと私の不注意で
怪我したのが原因だし....」 

「このままだとお客様全部取られて、
お店に戻って来れなくなっちゃうよ」

由宇の勤める宝飾店は
給料の大部分が歩合制で、
今までダントツで売り上げ
トップだった由宇を麻木先輩は
何かと言うと目の敵にしていた。

一ヶ月も休んでいたら
お得意様にはそっぽを向かれるだろうし
だいいち、お店がそんな長期の休みを
許してくれるかどうかもわからない。

「でも、どうしようもないから.。
とにかく早く治すように頑張ってみるよ」

「そんなあ」

由宇よりも怒りまくる智佳に、
先日のお礼を改めて伝え、
診断書を職場に届けてもらうよう
お願いする。

「わかった。何かあったら言ってね!
....ところで、由宇、
その足でどうやって帰るの?」

「実は...。」

ちょっと離れて座っていた
拓人を呼び、智佳に紹介する。

「彼氏?」

「違うって!」

言いながら
由宇は耳まで真っ赤になっていた。

足は再び激しく痛みはじめていたが、
智佳の前で
抱きかかえてもらう訳にもいかず、
松葉杖でなんとか歩き出す。

智佳はニヤニヤ笑いながら、
「心配して損した。ゆっくり休んでね」
と手を振り去っていった。

 2009年9月27日 (日) 

 show-window 8 

ギプスをしてから5日間が過ぎた。

由宇はトイレの往復以外は
ほとんど歩かず、
ベッドかソファで安静にしていた。

拓人は一応医大生なので、
夜の遅い時間にしか来られない。

二人で夕食を食べ、
拓人は由宇がベッドで眠りにつくのを
見守ってからソファで眠る、
というのが日課になっいた。  

「明日、新しい病院に行ってくるね」

「一人で大丈夫?」
「タクシーで行くから」
「ゴメンね。明日はどうしても
一緒に行けないんだ」
「拓人が謝ることじゃないよ。
もう大丈夫だから」

由宇は今までの失敗を頭に
慎重すぎるほど慎重に家を出て、
タクシーで病院に行った。

腫れが引いて来たため、
ギプスは2まわりほど小さな
ふくらはぎまでの長さのものに換えられた。

足はまだ腫れがあり、青と赤紫の
まだらのような色になっていた。  

「順調に治っているって!」

嬉しそうに新しいギプスを見せ、
由宇は報告した。

「よかったね」 

「うん、あのひどかった痛みも
ほとんどないし」

実際、最初のギプスを巻いてからの
2日間は、さらに腫れあがった足が
ギプス内で圧迫され、
今までにないほどの苦しみを
味わった由宇であった。    

新しいギプスは軽く快適だった。
しかも、日に日に良くなっている実感が
由宇を明るくさせた。 

あと10日ほどしたらギプスも外れ、
もしかしたら歩けるかもしれない。

なんとかお店が認めてくれた
1ヶ月のうちに治さなくては!  

由宇は冒険はせず、
ひたすら医師の指示を守った。

足はなるべくつかないよう、
家の中でも松葉杖で過ごした。

数日後の検査も良好。
1週間後にギプスを外すことになり、
リハビリの日程も組まれた。  

待望の一週間後。
由宇の足首はもうほとんど痛みはなく、
試しにベッドに腰掛けて
足を軽くついてみても大丈夫そうだった。

怪我をしてからほぼ3週間。
あと10日で歩けるようになるはず。  

そう信じていた由宇は、
ギプスを外した右足を見て、
ショックを受けた。

足の筋肉が落ちて
変にふくらはぎが細く、
まだ腫れぼったい足首付近が
歪んでいるように見える。

肌は生気がなく痣だらけでひどい色だ。

「足首動かせますか?」

と聞かれ、恐る恐る動かしてみる。

痛い!しかも動かない!

 「うーん。やっぱり固まっているね。
大丈夫リハビリでちゃんと
動くようになるから」

なんか痛い電気を掛けられ、
温湿布を貼ってから、
しっかりした包帯でぐるぐる巻きにされる。
さらに、足首からふくらはぎまでを
固定するブレースというものを
はめられた。

お風呂でやる
マッサージと運動も指導された。  

帰って来た拓人が
包帯を外した足首を興味深げに見つめ、
マッサージをしてくれた。

また包帯とブレースを付け、
松葉杖でほんの少しだけ体重をかけて
歩く練習をする由宇を心配そうに見守る。

時々、ズキッという痛みが走り
由宇をたじろがせるが、
毎日少しずつ歩ける距離が伸びていった。  

拓人は日々の回復を見て喜んでいたが、
由宇は内心焦っていた。

あと5日しかないのに、
まだ杖なしで歩くことが出来ない。

しかも足首を厳重に固定してなければ
体重をかけることすらできないのだ
...。
麻木先輩の
「傷物」という言葉が
聞こえるような気がした。

 2009年9月27日 (日) 

 show-window 9

 怪我をしてほぼ1ヶ月後。

由宇は包帯&ブレース固定と
両松葉杖のままお店を訪れた。

店長には あらかじめ事情は
説明してあったが、
やっぱり由宇の姿には絶句していた。

「うーん。
あとどれくらいかかりそうなの?」

「.....正直わかりません」

「うーん....」

「あの、欠勤扱いで構いませんので、
どうかもう少し
お時間をいただけないでしょうか?」

「まあ、うちは歩合制だから
あなたのお給料が出ないだけとも
言えるけど、いつまでも欠員のままに
しておく訳にはいかないの よ。
他の人に負担がかかるし、ね」

「....申し訳ありません」

「まあ、あなたは稼ぎ頭だし、
私たちも戻って欲しいと願っているわ。
まあ、お話はちゃんと回復してから、
ってことにしましょう」

「は...い」    

店長室を出、ゆっくりと歩く由宇の
目の前に麻木先輩が現れた。

「ああら、可哀相に。
まだちゃんと歩けないの?」

由宇は麻木先輩を睨みつけた。
誰のせいでこうなったと思ってるんだ。
このひがみ女!
罵倒の言葉を必死で飲み込んだ由宇に

「そんなみっともない姿で
歩き回られちゃ迷惑だから、
早く出て行きなさい!」

麻木先輩は余裕の笑みを浮かべ、
捨て台詞を残して歩き去った。  

由宇は怒りでいっぱいになりながらも、
妙に冷静だった。

「ここでまた転んだりしたら
あいつの思う壷だ」

あえて右足を使わず、
手足のように馴染んだ松葉杖で
素早くお店を出た。

親切な守衛さんにはにっこりと笑いかけ、
「また近いうちに来ます」と手を振った。  

久しぶりの電車往復は結構こたえた。

右足はあまり地面につかないようにした
つもりだったが、ズキズキ痛み、
左足と手、背中がパンパンに張っていた。

アパートに戻った由宇は右足に
湿布を貼った。万が一にも
捻らないように包帯を巻き、
ブレースをはめた。

そのままソファでうとうとする。  

「由宇、由宇、どうしたの?
足が痛いの?」

拓人の声にはっと目を覚ました。

麻木先輩の夢をみてうなされていたらしい。

「ごめん。変な夢みちゃっただけ。
もう大丈夫。ご飯にしよ」
松葉杖を取り、ダイニングテーブルに
歩き出そうとした由宇は
「うっ」と声を上げ立ちすくんだ。

右足首が痛い。

「由宇...?」

「ごめん。歩き過ぎでちょっと痛いみたい」
もう一歩歩いてみる。やっぱり痛い。

しかし、
由宇は平気なふりをして歩き続けた。

大丈夫捻ったわけじゃない。
ちょっと負担 がかかっただけ。
自分に言い聞かせるように歩き、
テーブルにつく。

「今日午前中に煮物作ったんだ。
悪いけど暖め直してくれる?」

鍋のふたを開けて、
「お、うまそ」と喜ぶ拓人を見ながら、
由宇は内心に不安が広がっていくのを
止められなかった。  

次の日。
由宇の足には痛みが残っていた。
その上全身筋肉痛で痛い。

うめき声を押し殺しながら起き上がり、
拓人を起こして学校に送り出す。  

リハビリを兼ねて、
最近病院へは歩いて行っていたが、
普段10分ほどの道のりがつらく、
何度も何度も休んだ。

結局30分以上かかって病院に到着した
由宇は理学療法士に痛みを訴えた。

足首に腫れなどの異常はない、
ということで、
いつものメニューをやらされた。

足首の可動範囲を拡げる運動と、
負荷を加える運動は涙が出るほど痛かった。

でも、他のリハビリ患者さんも
悲鳴をあげて痛がることはよくある。

リハビリを始めた頃、
足は毎日これくらいは痛かった。

大丈夫きっと大丈夫....。

なんとかメニューを終えたときは
達成感すらあった。

電気とマッサージの後、
ちょっと病院の喫茶店で休んでから帰る。
右足は相変わらず痛むので、
今日だけは使わずに帰ることにした。  

その次の日になると
足の痛みは和らいでいた。

やっぱり、
急に歩きすぎたからだったんだ。
でも、通勤するなら、
毎日あの位歩かなきゃいけない。
その上、立ち仕事だし...。

知らず知らず体力が落ちていた
自分に気づいて愕然とした。

その日からリハビリに通う時には
回り道をして、
毎日距離を伸ばすようにした。

買い物をし、出来るだけ
手料理を作って拓人を待った。  

リハビリは順調に進み、
ブレースはしたまま
杖なしで歩く練習が始まった。

両手をバーに置いて、足を踏み出す。

恐怖と不安から
上半身に力が入ってしまう。

一歩、歩いた。

が、足に体重は
ほとんど乗せられなかった。

「大丈夫。もう歩けるはずだよ」

声に励まされ、もう一歩。

ズキッと痛んだが
体重をある程度かけることができた。

そしてもう一歩。....

限界だった。

久々に脳天に響くような痛みを感じ、

由宇はバーにつかまり

「はあっ.....!」

と声をあげたまま動けなくなっ た。

「オーケー今日はこれでおしまいにしよう」

療法士が持って来てくれた杖にすがり、
由宇はベンチに座り込んだ。  

そんなつらいリハビリが続き、
由宇はバーがなくても
歩けるようになってきた。

ただし、かかとを少しあげたり、
足で蹴るような歩き方が
どうしてもできない。

思わず倒れ込みそうな鋭い痛みが走る。
それに足を捻るのが怖くて
ブレースも外せなかった。  

店長に会ってから数日後、
智佳から電話が来た。

彼女はしょっちゅう
電話やメールをくれていたが、
なんか様子がおかしい。

「由宇、やばいよ。
麻木先輩がいろいろ言いふらして、
あんたのことクビにさせようとしてる」

「でも、いつものことなんじゃ...」

「それがね、たいしたことない怪我を
理由に休みまくって、
若い子連れ込んでいちゃいちゃしてる、
って噂が広がってるんだ」

 「...!」

なぜ、先輩が拓人のことを
知っているのだろう?

いや、たとえ知っていたとしても
拓人とはまだ何もない。

一緒に暮らしているも同然なのに、
拓人は由宇をいたわって
助けてくれるだけで、
手を出そうとはしない。

それが最近悲しい由宇だったが..。

いや、今の問題はそういうことじゃない。
先輩が流しているのは
根も葉もない噂だということを
示さなければ。

「教えてくれてありがとう。
また1週間後にお店に行く予定だから、
店長とちゃんと話してみる」

「気をつけてね。あいつ、
また卑劣な手を使うかもしれないから」

「うん。ホントにありがとね」

 2009年9月27日 (日) 

 show-window 10  

店長に会う日。

由宇はいろいろ考えてブレースを
付けずに行くことにした。
足を捻るのが怖いし、
まだ内出血の跡が痣のように
残っているので、包帯はきっちり巻く。

念のため、拓人に頼んで包帯の下には
テーピングをしてもらった。

包帯の上からストッキングをはき、
少しだけヒールのついた靴を履く。

会社の最寄り駅までは松葉杖をついて行き、
駅の荷物取扱所で預かってもらう。

意を決して杖なしで歩き出す。

大丈夫。ちゃんと歩けている。

念のため、
階段では右足を使わないように
手すりにつかまって跳ねるように進む。

嬉しそうな守衛さんに挨拶し、
店長室へ向かう。

店長は足の包帯にちらっと目を向け、
ソファに座るように言った。

「まあまあ回復しているみたいね」

「はい。おかげさまで」

「包帯をしたまま、
ていうのはまずいわよ」

「それが、内出血が痣のように
残っていて、みっともないものですから」

「でも、包帯は認められないわ」
「わかっています」
「で、どうするの?」
「あと一週間だけお時間を
いただけないでしょうか?」

店長はわざとらしくため息 をつく。

「私も寛大よね。我ながら」

「はあ...」

「いいわよ。この際。
そのかわり次はないと思ってね」

「はい。ありがとうございます!」

由宇は立ち上がって深くお辞儀した。

ゆっくり慎重に店長室を退出し、
右足をかばいながら歩いて
控え室を覗いてみた。

智佳が居た。

「由宇!」

「よかった、もしかしたら、
と思って寄ってみたの」

「歩けるようになったんだね」

「うん。なんとか」
「でも包帯が痛々しい」
「ちょっと用心して大げさに
巻いて来たの。
何があるかわからないからね」

 二人は笑い合う。

「大丈夫よ。今日先輩は休みだから」  

また、守衛さんに手を振り建物を後にする。

テーピングのおかげか、
足は今のところ大して痛まない。

「拓人サンキュー」

空に向かって話しかけ、
再び前を見た由宇の目に
麻木先輩が腕組みをして
立っている姿が飛び込んで来た。

ぎょっとして立ち止まった瞬間、
右足首にギシッという音が
走ったような気がした。   

なぜ先輩がここに?

そう言えば拓人のこと知ってたし
ストーキングされているのかも.?

恐怖で逃げ出したくなるが、
衆人環視のこの状況で
手を出してくるはずがない。

由宇は会釈して通り過ぎようとした。

「また一緒に働けるのが楽しみね」

声が追いかけてくるが、
振り向かずに足を進めた。

一歩歩く度に足が痛みだす。

でも止まるわけにはいかない。

足を引きずりながら必死で歩く。

駅の地下道の手前でようやく
振り向くことができた。

姿が見当たらないので
ほっとため息をつき、
階段を降りようとして
足を踏み出した由宇は、
右足首の痛みに悲鳴をあげた。

手すりにすがりつくようにして、
痛みをこらえる。

もう右足をつくことはほとんど出来ず、
荷物取扱所まで
体を引きずるようにして進んだ。

松葉杖を受け取り、
右足を浮かせながら
ゆっくりゆっくり歩く。

トイレに入って
おそるおそる包帯を外す。

腫れているようには見えない。
が、後でどうなるかわからない。
由宇の目に忘れていたはずの
涙が滲んできた。

またしても、先輩のせいで...。
また、悪化したらどうしよう?  

右足首のズキズキとした痛みは
ひどくなる一方で、由宇は
アパートに帰る前に病院に寄った。

 足首の関節が炎症を起こしてきている、
と言われた。

靭帯は両方とも伸びた状態のままで
足首が不安定だから、
あまり負担をかけないようにと叱られ、
痛み止めと湿布が処方された。  

アパートに帰り、拓人を待つ間、
再び包帯が厚く巻かれた
痛む足をさすりながら由宇は震え続けていた。

こんな思いをするくらいなら、
いっそ辞めてしまった方が
いいんじゃないの?

でも、このまま辞めたら負けだ。

悔し涙がぼろぼろこぼれ落ちる。

絶対にあの女には負けたくない。

負けるものか。  

帰って来た拓人はいつもと違っていた。
由宇の覚悟を感じたのか、
ただ強く抱きしめてくれた。

由宇は拓人に言った

「お願い。私を抱いて」  

拓人はやっぱり優しかった。
由宇の足を気遣いながら優しく、
でも情熱的に愛してくれた。 

「由宇の足が治るまで我慢しようと
がんばってたんだけどな」

二人が結ばれた後、
拓人がそっとささやいた。

その気持ちが嬉しく、また、
ずっと愛してくれていたことを知って、
由宇はこの日また泣いた。

「私、あなたの胸で泣いてばっかりだね。
ゴメンね」
「それは僕のセリフ。取らないでよ」
 「ゴメン....あっ」

ふたりで笑い、きつく抱き合う。
由宇は幸せに浸りながらも、
ある決心を固めていた。

2009年9月27日 (日)

show-window 11

1週間後、宝飾店のフロア。

制服に身を包み、
ストッキングの足にハイヒールを履いた
由宇の姿があった。

もともとスリムな体型が、
怪我との戦いのため痩せ、
ますます華奢で儚げな印象となり、
愛されている自信からか
表情はますます美しく輝いて見えた。

由宇は怪我をした後、
お得意様にお詫びの手紙を書いていたし
今回の復帰にあたっても
ちょっとしたお礼のプレゼントを
贈っていたため、
お得意様が次々とやってきては
由宇から商品を買った。

皆、由宇を気遣い、
歩いたりする必要がないようにしてくれる。

由宇は感謝で目頭を熱くしながら
精一杯接客に努めた。

休憩時間には智佳や他の同僚が来て、
由宇を支えながら控え室に
連れて行ってくれた。

戻って来てよかった!
由宇は心から喜びを感じていた。

バン!と音がしてドアが開き、
麻木先輩が入って来た。

由宇の右足首を見つめる。
「魔法でも使ったの?
それともやっぱり仮病だったのかしら?」

「先輩。
ご迷惑おかけしてすいませんでした。
もう私は大丈夫ですので、
私のお客様にお気をつかって
いただかなくても結構ですわ」

「なんですって?」

「先輩がしつこくて困った、
って皆さんおっしゃってましたけど、
私からちゃんとお詫びして
おきましたので」

「ちゃんと、って何よ!
何を言ったというの?」

「先輩は私に怪我をさせたことを
気に病んでいて、
それで一生懸命私の代わりを勤めようと
してくれてたんです、って。」

「な、なんですって!」

「○○先生なんかは、
先輩のことクビにしてやる、
とまでおっしゃってくださったんですけど、
なんとか抑えていただきましたの。
他にも○○様とか、
○○夫人、えーと...」

 麻木先輩はもう何も言えず、
逃げるように部屋を去って行った。

結局日頃から評判の良くない先輩に
乗り換えた人はなく、
みな由宇を待っていてくれたのだ。

休憩時間が終わろうとしている。

由宇は右足首をさすり、
バッグから痛み止めを出して飲んだ。

実は足はよくなったわけでは
なかったのである...。

麻木先輩との遭遇により
痛めてしまった右足首の痛みは
消えなかったが、
最後の猶予期間である1週間、
由宇は医師の指示を無視して
歩く練習をした。

もちろん、そのままでは
全くというほど歩けないので、
拓人に無理矢理頼んでガチガチに
テーピングをしてもらい、
お店で決められている
8センチヒールを履いて歩くのだ。

足首が固定されているというだけで、
炎症による痛みが消えるわけではなく、
1歩歩く度に足首が砕けそうな気がした。

「っつ...!!!!あっっ.!!!
!!ああっ...!!!!!!」

数歩歩いて倒れ込む由宇を
拓人が支える。

歩く練習をした後、呼吸を乱し、
脂汗と涙に濡れ、
足首をさすりながら身を震わせる由宇。

拓人は何も言わず、
由宇の体を抱きしめた後
テーピングを繊細な手つきで剥がし、
湿布を貼り、手厚く包帯を巻く....。


今朝も、拓人が右足に
無臭の消炎スプレーを吹き付け、
丁寧にテーピングをしてくれた。

そして分厚い肌色のタイツをはき、
その上からストッキングを
重ねているのだ。

よく見ると、
右足首が太くなっており、
少しだけテーピングの筋が
浮いているのがわかる。

通勤中は松葉杖をつき、
ブレースをはめた右足は
なるべく使わないようにした。

店長にお願いして誰よりも遅い
出勤時間にしてもらった由宇は、
こっそり守衛さんにブレースと
松葉杖を預かってもらった。

帰りまで立っていられれば大丈夫だ。
帰りはだれよりも早く
帰らせてもらえる。

店長はぶつぶつ言いながら
結局すべて由宇の要望を認めた。
やはり、由宇の売り上げが欲しいのだ。

帰り道。やはり足が痛みだした。

電車の座席に腰掛け頭を下げて足を抱え
そっとさする。
大丈夫。
また捻ったりしない限りなんとかなる。
このくらいの痛みはたいしたことない。

電車を降り、痛みをこらえながら
改札を出た由宇を
ふわっと拓人が抱きとめた。

「お疲れ」

「拓人....」

「やっぱり痛かった?」
「うん」
素直に由宇は頷く。

「でも大丈夫。拓人がいるから」
という言葉はまだ言わないでおこう.。



由宇の右足首は結局完治していない。
走ったり、足を蹴り上げるような
歩き方はほとんどできないし、
ハイヒールを履いたときや
長時間歩く場合、
階段の上り下りでは固定がないと
足がぐらついてしまうことが多く、
捻挫を繰り返してしまう。

なにがしかの痛みは
常にあるような状態で、
足首 の角度によっては時折ズキッと
突き刺さされるような痛みに襲われる。

完全に治すには手術するしかない..。

でも今や、
由宇は堂々と包帯やブレース、
松葉杖で接客することが
できるようになっていた。

大のお得意様が実は足フェチで、
由宇が華奢な足首に分厚く巻かれた
包帯を痛そうにさすっている姿を
店の外でたまたま見かけ、
心配するとともに非常に気に入り、
店長に直談判してくれたのだ。

さらに、
足首に包帯やブレースをつけている
妖艶な由宇のことがネットで評判になり、
新しいお客様が増えた。

時折見せる、痛みで歪んだ顔や
声にならないようなうめき声が
密かに人気で、
わざと遠くまで歩かせる者や、
由宇の退社時間を狙って
「出待ち」をするものまでいた。

由宇は、
日によって厚く包帯を巻いてきたり、
テーピングだったり、
ブレースを付けたり、
両松葉杖だったり、
片松葉杖だったりした。

シーネでがっちり足を固定され
車いすの時もあった。

わざとそうしているわけではなく、
足の状態や気候などにより
由宇の右足首の処置は変化した。

もちろん、主治医は
今や医師免許を取った拓人である。

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