ジョーカー2、みんな一回冷静になろう。
『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』
まずタイトルはどういう意味なんだよ。ドゥってたぶん2みたいな意味だと思うけど。フランス語か?なんか調べる気も起きないのが面白い。
しかしこの映画は評判が悪い。「そりゃ皆嫌がるよこんなオチは」ってオチだったわけだから当然だけど。もうみなさん観る気もないだろうからいきなりネタバレすると主人公アーサー・フレックはジョーカーでもなんでもなかった。
1の終盤。アーサーはテレビ番組の生放送中に司会を撃ち殺したことで、貧困層の英雄となった。はずだったんだけど収監中の刑務所では舞台を刑務所に移しただけでまた1の前半みたいにメンタルもフィジカルも激弱人間として日々をやり過ごしている。うむむ。これはもどかしかったと思う。だって皆、1でジョーカーとして覚醒したアーサーがこれからどんなカリスマを発揮して、いかにゴッサムシティを混沌の渦に落とすか期待しちゃってんだもん。レディ・ガガと恋に落ちて脱獄未遂したりなんだりはあるんだけど、アーサーはやっぱりずっと弱くて社会に虐げられた「被害者」ぶったまんま。このジョーカーによる革命はいつ?と2時間半思いっぱなしになる。
そして、ラスト。全国中継された裁判の最中、アーサーはこう語る。「無理です。ジョーカーなんかじゃない。僕はただのアーサーです。」おいおいおいおい。すごいことになったぞこれは。あんだけジョーカー熱高めておいて。こんな突き放し方あるかよ。ジョーカーの信者もレディ・ガガも皆傍聴席から去っていく。ガッカリしちゃったのだ。「虐げられた者たちの代表」だと思ってたのに。立ち去りたいのは映画館の観客だろって感じだが、オチがさらなる追い討ちをかける。
アーサーは刑務所で信者の男に刺されて死んでしまう。マジでジョーカーじゃなかったんだ。こっから巻き返すとかなく、マジでコイツは最初っから最後まで何者でもない、何も持ってない男だったんだ。反対に、アーサーを刺した男はアーサーの死体を横目に自分の頬にナイフを突き立て、切り裂いていく。なるほどコイツが……
というとこでエンドロールだ。どう?
正直言っていい?
「いや、このオチの方が腑に落ちるやん!!!」
ごめんマジで逆張りとかじゃないです。
だってさ~。1の時から言ってるけどアーサーってジョーカーの器じゃなくない?なんか、ダークヒーローとかになるならわかるけど。ジョーカーって「弱い者たちの代表」みたいな一応の正義や主張すらないというか。メンタルの弱さから来る狂気じゃないわけよ。もっとナチュラルボーンな純粋悪だよね。アーサーがあそこからバットマンの敵になれるとしても、逆に信念とか正義に頼った一貫性のある敵になるしかない気がする。破壊を楽しみはしない気がする。ジョーカーは混沌そのものが楽しくてしょうがない。嫌なことされていちいち泣くようなメンタルの弱さは(残念ながら)持ってないじゃない?
監督も最初っからそう思ってたんなら、俺はアーサーがジョーカーになれやしないってオチは納得ではあるんだよね。そして、「自分をジョーカーだと思い込んでる何者でもない男」を描ききったなら正解でもある気がする。変な話、ジョーカーになれるってのは救いになっちゃうでしょう。人気者なんだもの。1が「救いのなさ」が世相と相まってヒットしたのなら2も「より救いのないオチ」を迎えはしたんだよ。それは良かったんじゃない?こっちの期待と違ったってだけの話であって。
ただ、「ジョーカー」っていう最強のカードを使った責任があるのも事実だよね。その最強のカードで役なしの手札を作ったら皆怒るよ。タイトル「ジョーカー」にして全然関係ない男の映画を2つも作るのはズルいしタチが悪いよ。まるでジョーカーみたいに、ね…………。は?
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?