最近の【ほぼ百字小説】2024年8月5日~8月18日
*有料設定ですが、全文無料で読めます。
【ほぼ百字小説】をひとつツイート(ポスト)したら、こっちでそれに関してあれこれ書いて、それが20篇くらい溜まったら、まとめて朗読して終わり、という形式でやってます。気が向いたらおつきあいください。
8月5日(月)
【ほぼ百字小説】(5374) 待ち合わせ場所の西日射す天満天神繁昌亭の前には誰もおらず、しばらくして二人来たが、残り二人は一向に来ない。アカン人らやなあ。まあ本番にはちゃんと揃ったから、よしとする。そのうち揃わなくなるのだろうし。
一昨日は、「ハナシヲノベル」復活祭でした。10年ほど続けて、そして中断してからもう6年になる新作落語の落語会です。作家連もそれに出るのです。なんと、作家の分際で天満天神繁昌亭の舞台に立てる。すごいことです。ところがこんか感じです。もちろんトークもぐだぐだです。それでいい、いや、それがいい、という意見もあります。そして、ハナノべ仲間でもあった小林泰三さんはもういない。みんな、長生きしよう。
【ほぼ百字小説】(5378) これまではずっと橋だと思っていたが、そうか、門でもあったのか。両岸を行き来する者にとっては橋だろうし、両岸のあいだの暗い流れの中にいる者にとってのこれは門だったのだ。橋から飛び降りた今、それがわかる。
橋も門も、どちらも異界との境界にあたるもの、と言われますが、形も似てますよね。だから、実際に両方に使えるはず。いつも思うのは、フェリーで夜に瀬戸大橋の下をくぐるとき。あれは、ほんとに巨大な門をくぐってるみたいな感じがして、夜のフェリーで別府に行くときは、夜中にあの橋の下をくぐるので、よく甲板に出て眺めてました。
8月7日(水)
【ほぼ百字小説】(5379) 通り抜けられません、と書かれた路地なのだが、毎日通り抜けている。通り抜けられる路地なのに、そんなことが書いてあるのを不思議がるべきか、通り抜けられない路地なのに、通り抜けられることを不思議がるべきか。
「通り抜け無用で通り抜けが知れ」という川柳が子供の頃から好きでした。そんなこと書くと余計に通り道に使われてしまう、というあるあるをすごくうまく切り取ってると思う。考えたらそういう短い文章で何かを切り取るのが好きだったのかもしれません。まあそれはともかく、こういうことが書いてある路地も実際にあって、べつに通り抜けたりはしてませんが、そこから。「じつは死んでいた」オチのバリエーションかもしれません。たんに通り抜けてほしくないからそんなこと書いてるだけ、とも考えられますが。
【ほぼ百字小説】(5380) ひとり暮らしだった頃、なぜか雨の夜にだけ、どこからか踏切の警報機の音が聞こえてきた。妻と娘がいない雨の夜、ふとそんなことを思い出して、すると雨音の向こうから聞こえてくるのだ。なんだ、ついてきてたのか。
なんとなく幽霊っぽい話が続くのは、暑さで頭がぼおっとしているせいかもしれません。この雨の夜に聞こえる警報機の話は前に書いたことがあって、本当の話。まあたぶん、雨の夜は外が静かだから気がつくだけだとは思うんですが。それはそれとして、音だけの幽霊、みたいな話は好きで、だからあの話も自分で気に入っていて、その続編を書いてみようかな、と。
【ほぼ百字小説】(5381) 虎に翼があったり、猫に翼があったり、亀に翼があったり、狸に翼があったりして、鳥でも蝙蝠でもないのに背中に翼のあるそれらすべてをひっくるめて、天使、と呼ぶことにしておこう。あ、ついでに人に翼があるのも。
もちろん朝ドラのあれです。おもしろいですよね。おもしろいというか、すごい。あと、何に翼があればいいか、とか考えて、そしてそれはやっぱりあれだろうな、とか。天使の定義は、背中に翼がある、でいいんじゃないでしょうか。
8月8日(木)
【ほぼ百字小説】(5382) 突然の夕立に、こんなこともあろうかと、と取り出し広げた折り畳み傘は骨がべきべき、片手を添えて風雨の中に出たが地図を見ることができず、でもずぶ濡れでどうにか着いた稽古始めの顔合わせ。先が思いやられるな。
日記です。芝居の稽古の初日、顔合わせは、いつも緊張します。まあこんなことがあったので、緊張することすらできませんでした。しかし、夜、雨、初めての場所、というのは、ちゃんと用意してないといけませんね。折り畳み傘をちゃんとリュックに入れてたところまではよかったんですけどねえ。
【ほぼ百字小説】(5383) 放物線を描いている。ここがその放物線の頂点で、だからこの先は落ちていくだけ。まあ、ここまで来れた、と言えるし、ここまでしか来れなかった、とも言える。放物線なのだから、最初からすべてわかっていた、とも。
放物線を描く生き物の話。打ち上げられて落ちてくるまでが一生。でもまあ、どんな運動も古典物理的にはそういうものですから、人生とか運命とかそんな言葉で表されるものも、こういうものなのかも、とかそんなの。それが悪いことだとも残念なことだとも思いませんけどね。
8月9日(金)
【ほぼ百字小説】(5384) 草原をかき分けて黒い三角形の背鰭がまっすぐ迫ってくる。バーベキューをしていた人々は、食材を放り出して逃げまどう。陸鮫と呼ばれるそれは、鮫の背鰭に擬態した雑食性の生き物で、あるのは背鰭に見える部分だけ。
架空博物誌みたいなシリーズ。鮫ものですね。最近の鮫ものは、もうこれに近いというか、これ以上にジャンルを超えてしまってますが。でも、「鮫」というだけですべてを許容してくれる(?)ところは、なかなかいいなあと思います。
【ほぼ百字小説】(5385) 鮫の背鰭に擬態した陸生の生き物。そんなものが、いかなる進化の過程で生まれたのか。それは依然大きな謎ではあるが、とある映画スタジオが遺伝子操作で作った、という陰謀論が今のところいちばん説得力があるかな。
続き。ということで、設定も鮫映画風、というか、昔のB級SF映画風にしてみました。映画化してくれないかな。
8月10日(土)
【ほぼ百字小説】(5386) 夜陰に乗じて棄ててきたはずが、翌朝には帰ってきていて、見慣れた四角い画面には、不法投棄して走り去る後ろ姿の映像が映し出されている。弱みを握られてしまったな。知恵のつき過ぎたテレビと手を切るのは大変だ。
棄てても棄てても帰ってくる、というのはホラーのひとつの定番ですが、棄てにくい、というか、棄てるのにお金がかかるもの、と言えばテレビで、まあこれはそれにすごくお金がかかるようになった時代の話かな。いや、べつにそうじゃなくてもいいけど。そして、棄てられた者に復讐される、というのも定番ですね。
【ほぼ百字小説】(5387) 五冊揃って千篇じゃー。イエロー、ブルー、ピンクに続いて、グリーン、オレンジ、と登場したが、その中に、リーダーを務められそうなレッドはいない、というあたりも百字千体らしくはあるか。五冊揃って千篇じゃー。
【百字劇場】の四冊目と五冊目、『かめたいむ』と『交差点の天使』の見本が来ました。なんとまあ、こんな本がほんとに出せるのか。インディーズの少部数とはいえ、なかなかすごいことです。こんなことさせてくれて、ネコノスさんありがとう。というわけで、まあ5冊揃った記念として。
8月11日(日)
【ほぼ百字小説】(5389) 最近少し様子がおかしいなと思っていたら、蛹になってしまった。この状態がいったいいつまで続くのかわからないが、蛹を触ってはいけないことは子供の頃の経験でわかっている。そういうのは、何の蛹でも同じだろう。
まあだいぶ前なんですが、そういう時期がありました。子供の話。なんだかやたらと反抗的でふてくされて閉じこもってしまう。たぶんそういうことなんだろうな、と思って触らないようにしてました。今はそうでもないので、こんなこと書いてられるんですけどね。ちょっと思い出したのと、記録として。
【ほぼ百字小説】(5390) 子供の頃には行けたあそこへは、もう行けないのかな。嫌なことがあったとき、滅茶苦茶に歩いて歩いて歩いて、顔を上げるとそこにいた。でも、帰りはすぐ知っている道に出た。大人になるとそんなことはできなくなる。
大人になってできるようになったことはたくさんありますが、たぶんわからないだけで、大人になってできなくなることもたくさんあると思います。もうできなくなってしまうと、それができていたことも忘れてしまうからわからないんですけどね。まあわからないほうが幸せなような気はします。あ、でも子供の頃は、どこがおいしいのかわからなかったけど、大人になっておいしさがわかったものもたくさんある。このあいだ飲んでてそんな話をしました。蒟蒻とか春菊とか菜の花とか。だからまあ大人になるのも悪くはない。
【ほぼ百字小説】(5391) 私はすごくおもしろいと思うんだけど、こんなのおもしろがる人はいるのかなあ。物干しで亀に話しかけている。まあ亀にしてみれば、勝手に書かれてそんなこと聞かれても、だろうなあ。うん、わかってる、何も言うな。
『かめたいむ』を持って、亀にお礼を言いにいって、でもまあこんな感じ。いやほんと、私はおもしろいと思うんだけど、どう考えてもヘンテコな本だしなあ。いや、おもしろいと思いますよ、ほんとに。
8月12日(月)
【ほぼ百字小説】(5392) こんなところへ何をしに来たのか、橋のたもとで考えている。ただ橋の様子を見に来ただけなのかも。だとしたら、橋を渡ってここへ来たのか、それともこれから橋を渡るのか。これは間違えられないぞ。大違いだからな。
橋の話。そして、夢の話でもあるか。こんな感じの夢をよく見たことがあるような気がします。もう最近はあんまり夢を見なくなってしまったんですが、そのかわりにこんなのを書いてるのかも。
8月13日(火)
【ほぼ百字小説】(5393) なんでもいいから好きなものを見つけられたら、それだけで充分、と娘にはずっと言ってきたが、そうか、もう見つけたのか。やっぱり母親の影響のほうが大きいのかなあ。クロッキー帳を買いに行く娘の背中を見て思う。
あったこと、思ったこと、そのまんま。クロッキー帳、という音と響きがいいですよね。いい言葉だ。
【ほぼ百字小説】(5394) 天使と亀の本が出る。その見本が送られてきた。そもそもこれは、天使によって始まった。そして、亀のお陰で続いている。もちろんこれが出せるのもそうだろう。天使の飛行と亀の歩行。その軌跡が百字で連なっている。
ということで、おかげさまで出ます。『かめたいむ』と『交差点の天使』です。なかなかヘンテコな本になってると思います。乞うご期待。よろしくお願いします。
8月14日(水)
【ほぼ百字小説】(5395) わりと有名な事件の現場だったと住んでから知った。回ってきた現場検証写真にあった被害者の人型は、自分が寝ているのとぴったり同じ位置。いろいろ腑に落ちたから、それを知ってからは死んだようにぐっすり眠れる。
いわゆる事故物件もの、ですね。実話怪談にはよくあるやつ、というか、実話怪談風にしてみました。わりとそういうのが平気な人って、実話怪談には出てきますよね。まあそうでもないと実話怪談なんて語れないんだろうけど。
8月15日(木)
【ほぼ百字小説】(5396) 人間を組み合わせて作られていることが目視でもわかるほどの低空を飛び過ぎていった。ボーイング747に似たその胴体も翼もエンジンも人間で出来ているが、機体の内部は空洞だから、必要な人間の数は意外に少ない。
なんでしょうね。お盆だからかな。それと日航機墜落事故の連想もあるのかもしれません。こういう映像が頭の中に浮かぶ。諸星大二郎の影響ももちろんあるんでしょう。まあよくわからないまま書くというのがたまにあって、これはそれ。飛行機が薄皮で膨らんでる風船みたいなもの、というのも、航空機事故で知ったこと。
【ほぼ百字小説】(5397) 鶴と亀とでおめでたい。翼あるものと甲羅あるもの。そして双方とも、恩返しをしてくれた、と伝えられているが、それでヒトが幸せになれたという話は聞かないし、そもそもそれを恩返しと思うヒトがおめでたいだけか。
まあ天使と亀ですが、ちょっと鶴と亀っぽい、ということで。そして、鶴も亀も恩返しの話がありますね。鶴の恩返しはあんなことになってしまうし、亀にいたっては竜宮城に連れて行ってくれたものの結局あんなわけのわからんことに。本当に恩返しだったのか、という気にもなりますよね。
8月16日(金)
【ほぼ百字小説】(5398) 妻が旅立っていった、などと書くと、死んだと勘違いされる、というのは、あるあるなのかどうなのか。なんにしても妻はたまにふらりと旅立っていくから、そういうのはどう書けばいいのか。今朝、妻が旅立っていった。
日記です。まあこのまんま。たぶん今は北海道のどこかにいるんだと思うんですが。というわけで、しばらく娘とふたり暮らし。
【ほぼ百字小説】(5399) 亀時間を計算することはできても、亀時間を生きることはできない。我々には決して手がとどかないそんな感覚を昔のヒトは、亀は万年、と表現したのだろう。ヒトによる考察など、所詮は亀上の空論にしかなり得ないが。
かめたいむの話。亀のことを考えてるとこういうのが増えます。でももう「かめたいむ」は出てしまったからなあ。まあ「かめたいむ2」に収録したい。とまあこういうのは、亀上の空論じゃなく、捕らぬ狸の皮算用、というやつですね。
8月17日(土)
【ほぼ百字小説】(5400) オオサンショウウオのお祭に行った話を聞いた。オオサンショウウオを祭るお祭、ではなく、オオサンショウウオたちが行っているお祭、と気づいてからは、人間のコスプレをしたオオサンショウウオとして過ごしたとか。
こないだの犬街ラジオで、鉢本みささんがハンザキ祭に行った話を聞いて。まあオオサンショウウオのお祭だと聞いて行って見たら、というそれだけ。まあ人間のコスプレというのは、逆ハロウィンみたいでいいんじゃないでしょうか。
ここです。
8月18日(日)
【ほぼ百字小説】(5401) 空間が足りないので縮小化という計画が立てられたが、さすがに無理があるようで、体積はそのままで細長くする、ということになったらしい。そんなわけで我々は、細く長く生きる棒の束として、恒星間宇宙を渡るのだ。
縮小化といえば、ウルトラQの「8分の1計画」ですが、その対案として、みたいな感じ。というより、素麵の束を見て、思っただけなんですけどね。保存には良さそうだし、場所も取らないし。
*通し番号の振り間違い、というか、5375から5377までを飛ばしてました。ということで今から三つでそれを埋めます。なんでこんなことやってしまうかなあ。速く気づいてよかった。
【ほぼ百字小説】(5375) 坂の途中に住んでいるから、いろんなものが転げ落ちていくのを見る。たまにじりじりと登っていくものもあるが、何日か後でそれが転げ落ちるのを見たり。ではあの転げ落ちていくものは皆、登っていったものなのかな。
坂、というのは、この【ほぼ百字小説】によく出てきます。好きなんですよ、坂。前にも書いたと思うけど。東京は坂が多くてうらやましい。うちの近所には上町台地の坂くらいしかない。そして、私の住んでるところは、その上町台地の裾なんですね。坂の途中、というほどではないですが、それでも緩やかに下ってるのはわかる。旅先なんかでも、いい坂に当たるとテンションが上がる。坂と水路がある町には惹かれます。そのうち坂の話ばっかりで一冊、というのも。
【ほぼ百字小説】(5376) 坂の途中に住んでいるから、坂の上の劇場からは自転車を漕がずに帰宅する。いつもそうしている。なのに、坂を登って劇場まで行く記憶は、自分の中のどこにもない。この坂、あの劇場の舞台の上に作られた坂なのかも。
坂の続き、というか、坂の途中、ですね。半分くらいは本当。そういう劇場があって、そして自転車を漕がずに帰れるかな、とか試したことはある。最後のほうで無理なんですけどね。そして、それ自体がその劇場でのフィクションなんじゃないか、みたいな気になることがある。舞台で坂を表現するって難しそうですけどね。でもその分、かえって外側までそれを延長できそうな気がする。
【ほぼ百字小説】(5377) 百字で作られた話が塊になっていて、そこからときどき二百話ほどが切り離される。でもほぼ毎日、新しい話が供給されてくるから無くなってしまうことはなく、一種の動的平衡が保たれている。そういう生き物なのかな。
もちろんこれ、【ほぼ百字小説】のことです。いつからかそんなふうに考えています。そういう生き物で、そしてそんな生き物から生き物を切り出している。小説というのは生きている情報みたいなもので、そしてそれが自己組織していく過程の一部分として、その手助けをやっているんじゃないかと思ってます。まあ妄想でしょうね。そんなことを考えて小説を書く人はあんまりいないだろうから、それはそれでいいんじゃないかな。
ということで、今回はここまで。
まとめて朗読しました。
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【ほぼ百字小説】(5374) 待ち合わせ場所の西日射す天満天神繁昌亭の前には誰もおらず、しばらくして二人来たが、残り二人は一向に来ない。アカン人らやなあ。まあ本番にはちゃんと揃ったから、よしとする。そのうち揃わなくなるのだろうし。
【ほぼ百字小説】(5378) これまではずっと橋だと思っていたが、そうか、門でもあったのか。両岸を行き来する者にとっては橋だろうし、両岸のあいだの暗い流れの中にいる者にとってのこれは門だったのだ。橋から飛び降りた今、それがわかる。
【ほぼ百字小説】(5379) 通り抜けられません、と書かれた路地なのだが、毎日通り抜けている。通り抜けられる路地なのに、そんなことが書いてあるのを不思議がるべきか、通り抜けられない路地なのに、通り抜けられることを不思議がるべきか。
【ほぼ百字小説】(5380) ひとり暮らしだった頃、なぜか雨の夜にだけ、どこからか踏切の警報機の音が聞こえてきた。妻と娘がいない雨の夜、ふとそんなことを思い出して、すると雨音の向こうから聞こえてくるのだ。なんだ、ついてきてたのか。
【ほぼ百字小説】(5381) 虎に翼があったり、猫に翼があったり、亀に翼があったり、狸に翼があったりして、鳥でも蝙蝠でもないのに背中に翼のあるそれらすべてをひっくるめて、天使、と呼ぶことにしておこう。あ、ついでに人に翼があるのも。
【ほぼ百字小説】(5382) 突然の夕立に、こんなこともあろうかと、と取り出し広げた折り畳み傘は骨がべきべき、片手を添えて風雨の中に出たが地図を見ることができず、でもずぶ濡れでどうにか着いた稽古始めの顔合わせ。先が思いやられるな。
【ほぼ百字小説】(5383) 放物線を描いている。ここがその放物線の頂点で、だからこの先は落ちていくだけ。まあ、ここまで来れた、と言えるし、ここまでしか来れなかった、とも言える。放物線なのだから、最初からすべてわかっていた、とも。
【ほぼ百字小説】(5384) 草原をかき分けて黒い三角形の背鰭がまっすぐ迫ってくる。バーベキューをしていた人々は、食材を放り出して逃げまどう。陸鮫と呼ばれるそれは、鮫の背鰭に擬態した雑食性の生き物で、あるのは背鰭に見える部分だけ。
【ほぼ百字小説】(5385) 鮫の背鰭に擬態した陸生の生き物。そんなものが、いかなる進化の過程で生まれたのか。それは依然大きな謎ではあるが、とある映画スタジオが遺伝子操作で作った、という陰謀論が今のところいちばん説得力があるかな。
【ほぼ百字小説】(5386) 夜陰に乗じて棄ててきたはずが、翌朝には帰ってきていて、見慣れた四角い画面には、不法投棄して走り去る後ろ姿の映像が映し出されている。弱みを握られてしまったな。知恵のつき過ぎたテレビと手を切るのは大変だ。
【ほぼ百字小説】(5387) 五冊揃って千篇じゃー。イエロー、ブルー、ピンクに続いて、グリーン、オレンジ、と登場したが、その中に、リーダーを務められそうなレッドはいない、というあたりも百字千体らしくはあるか。五冊揃って千篇じゃー。
【ほぼ百字小説】(5389) 最近少し様子がおかしいなと思っていたら、蛹になってしまった。この状態がいったいいつまで続くのかわからないが、蛹を触ってはいけないことは子供の頃の経験でわかっている。そういうのは、何の蛹でも同じだろう。
【ほぼ百字小説】(5390) 子供の頃には行けたあそこへは、もう行けないのかな。嫌なことがあったとき、滅茶苦茶に歩いて歩いて歩いて、顔を上げるとそこにいた。でも、帰りはすぐ知っている道に出た。大人になるとそんなことはできなくなる。
【ほぼ百字小説】(5391) 私はすごくおもしろいと思うんだけど、こんなのおもしろがる人はいるのかなあ。物干しで亀に話しかけている。まあ亀にしてみれば、勝手に書かれてそんなこと聞かれても、だろうなあ。うん、わかってる、何も言うな。
【ほぼ百字小説】(5392) こんなところへ何をしに来たのか、橋のたもとで考えている。ただ橋の様子を見に来ただけなのかも。だとしたら、橋を渡ってここへ来たのか、それともこれから橋を渡るのか。これは間違えられないぞ。大違いだからな。
【ほぼ百字小説】(5393) なんでもいいから好きなものを見つけられたら、それだけで充分、と娘にはずっと言ってきたが、そうか、もう見つけたのか。やっぱり母親の影響のほうが大きいのかなあ。クロッキー帳を買いに行く娘の背中を見て思う。
【ほぼ百字小説】(5394) 天使と亀の本が出る。その見本が送られてきた。そもそもこれは、天使によって始まった。そして、亀のお陰で続いている。もちろんこれが出せるのもそうだろう。天使の飛行と亀の歩行。その軌跡が百字で連なっている。
【ほぼ百字小説】(5395) わりと有名な事件の現場だったと住んでから知った。回ってきた現場検証写真にあった被害者の人型は、自分が寝ているのとぴったり同じ位置。いろいろ腑に落ちたから、それを知ってからは死んだようにぐっすり眠れる。
【ほぼ百字小説】(5396) 人間を組み合わせて作られていることが目視でもわかるほどの低空を飛び過ぎていった。ボーイング747に似たその胴体も翼もエンジンも人間で出来ているが、機体の内部は空洞だから、必要な人間の数は意外に少ない。
【ほぼ百字小説】(5397) 鶴と亀とでおめでたい。翼あるものと甲羅あるもの。そして双方とも、恩返しをしてくれた、と伝えられているが、それでヒトが幸せになれたという話は聞かないし、そもそもそれを恩返しと思うヒトがおめでたいだけか。
【ほぼ百字小説】(5398) 妻が旅立っていった、などと書くと、死んだと勘違いされる、というのは、あるあるなのかどうなのか。なんにしても妻はたまにふらりと旅立っていくから、そういうのはどう書けばいいのか。今朝、妻が旅立っていった。
【ほぼ百字小説】(5399) 亀時間を計算することはできても、亀時間を生きることはできない。我々には決して手がとどかないそんな感覚を昔のヒトは、亀は万年、と表現したのだろう。ヒトによる考察など、所詮は亀上の空論にしかなり得ないが。
【ほぼ百字小説】(5400) オオサンショウウオのお祭に行った話を聞いた。オオサンショウウオを祭るお祭、ではなく、オオサンショウウオたちが行っているお祭、と気づいてからは、人間のコスプレをしたオオサンショウウオとして過ごしたとか。
【ほぼ百字小説】(5401) 空間が足りないので縮小化という計画が立てられたが、さすがに無理があるようで、体積はそのままで細長くする、ということになったらしい。そんなわけで我々は、細く長く生きる棒の束として、恒星間宇宙を渡るのだ。
【ほぼ百字小説】(5375) 坂の途中に住んでいるから、いろんなものが転げ落ちていくのを見る。たまにじりじりと登っていくものもあるが、何日か後でそれが転げ落ちるのを見たり。ではあの転げ落ちていくものは皆、登っていったものなのかな。
【ほぼ百字小説】(5376) 坂の途中に住んでいるから、坂の上の劇場からは自転車を漕がずに帰宅する。いつもそうしている。なのに、坂を登って劇場まで行く記憶は、自分の中のどこにもない。この坂、あの劇場の舞台の上に作られた坂なのかも。
【ほぼ百字小説】(5377) 百字で作られた話が塊になっていて、そこからときどき二百話ほどが切り離される。でもほぼ毎日、新しい話が供給されてくるから無くなってしまうことはなく、一種の動的平衡が保たれている。そういう生き物なのかな。
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