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虐待されても捨てられたくない
虐待サバイバーのゆうかです。
私が胎児の頃から、父は母に暴力をふるっていました。
私は生まれる前からの被虐待児なんです。
一番古い記憶は、1歳6ヶ月の頃、父にひどく怒鳴られ、とても泣いていたことを覚えています。
1歳半といえば、歩きはじめた頃で、まだ会話も完全にはできない頃です。意思の疎通がやっとできる程度だったと思います。
そんな時から、父に殴られたり怒鳴られたりしていた私は、本能的に、父に嫌われたら生きていけないと悟ったわけです。
私は、殴られたり怒鳴られるということは、父に嫌われてるからだと思っていました。
小さな小さな私は、親に育ててもわらなければ、自分は生きていけないことはわかっていました。嫌われて見捨てられたら生きていけないと思ったのです。
だから、なるべく怒られないように慎重に行動し、怒られたらとにかく許してもらえるように、そして、好きになってもらえるよう、必死で努力しました。
私は、愛されてないと感じていましたので、どこかから拾われてきたのではとも、思っていました。大切にされていないと感じていたからです。
私にとっては、毎日の生活が極限状態でした。殴られた痛みより、暴言による心の痛みのほうが辛かったような気がしています。
とても小さかった頃の記憶は、途切れ途切れですが、辛かった心の痛みは、なぜか鮮明に覚えています。
これを書いているだけで涙が出ます。
私は、なんとか父に怒られないように、好かれるように、愛してもらえるように、見捨てられないように、どこかに捨てられないように……必死でした。
小さな私にとっては、毎日毎日が命がけの戦いでした。
父から離れて20年以上たった今でも、私の心は、怖くて怖くて、寂しくて、ずっと恐怖がつきまとっています。
私のインナーチャイルドは、決して笑いません。寂しい顔で私を見ています。大人の私を真顔で見ています。
大人の私に、子供の頃の寂しさや恐怖心を忘れないで、と言っているかのようです。
インナーチャイルドを癒やしてあげたいのに、うまくいきません。
ただただ、とても苦しいです。
今思えば、いっそ捨てられれば良かったのかもしれないと思っています。