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【読書感想文】阿刀田 高『ギリシア神話を知っていますか』
こんばんは、ゆのまると申します。
久々の読書感想文。今回ご紹介するのは阿刀田 高先生による、ギリシア神話入門書です。
「ギリシア神話を知っていますか」
こう問われれば、恥ずかしながら私は「いいえ」と答えざるを得ません。
古代の神々の物語、浮気者ゼウス、星座、英雄ヘラクレス等々、芸術分野やゲームなどから得た断片的な知識はあります。高校生の頃には世界史の授業でも習いました。しかし、それらが一体どんな物語なのか、体系的に学んだことはありませんでした。
そうして30年生きてきた私が、なにゆえ突然「ギリシア神話」かといいますと、日々嗜んでいるソシャゲ「ブルーアーカイブ」がきっかけです。
先日追加されたストーリーの中で、こんな一幕がありました。
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私はこのくだりを読んでも全くピンとこなかったのですが、ネットで考察を読んでいると、「これはオイディプス王の物語だ」と仰っている方がいました。
オイディプス王。なんだか聞いたことはある気がするけれど、はて。
気になってあらすじを調べてみますと、わかりやすく解説してくれているブログがヒットしました(もしご存知でない方がいたらこちらをご参照ください)。
またさらに調べてみると、フロイトが提示した「エディプスコンプレックス」の語源でもあるとか。こちらは最近熱心に読んでいた、母娘関係を扱った書籍でもよく出てきた単語です。ちなみに女児の場合は「エレクトラコンプレックス」と呼ぶこともあるそうな。
これらの知識をGoogle先生に教えてもらっていたところ、ギリシア神話の入門書としてオススメされていたのが、阿刀田先生の『ギリシア神話を知っていますか』だったのです。
このところせっせと図書館通いをしている私。最寄りの図書館で探してみると……ありましたありました。文庫で200ページほどと手に取りやすいサイズで、これはとっつきやすそうです。
こうして、寝る前の読書タイムに、遥か彼方のギリシアへと思いを馳せる日々が始まったのでした。
本書では、膨大なギリシア神話の中でも特に著名な12のお話が取り上げられています。目次を紹介しておきましょう。
Ⅰ トロイアのカッサンドラ
Ⅱ 嘆きのアンドロマケ
Ⅲ 貞淑なアルクメネ
Ⅳ 恋はエロスの戯れ
Ⅴ オイディプスの血
Ⅵ 闇のエウリュディケ
Ⅶ アリアドネの糸
Ⅷ パンドラの壺
Ⅸ 狂恋のメディア
Ⅹ 幽愁のペネロペイア
Ⅺ 星空とアンドロメダ
Ⅻ 古代へのぬくもり
出てくる地名も単語も、いずれ知ったものばかり。「あれも、これもギリシア神話だったのか!」と膝を打つこと多々、でした。
中でも印象に残ったのは、アネモネの名前の由来になったというアドニスのお話。
「恋はエロスの戯れ」に収められたこのエピソードは、キュプロス島のキュニロス王とその娘・ミュルラの不毛な恋から始まります。
許されぬ恋に溺れ、父の子を身籠ったミュルラ。身重の体で放浪を続けたミュルラはやがて、「人の世にも黄泉の国にも属さぬものとして生き続けたい」と願い、その願いは聞き届けられて彼女は大きな樹へと姿を変えました。
そしてキュニロス王との間にできた子は、出産の女神によって幹を割いて取り出され、泉のニンフたちによって育てられました。この子どもこそ、「ギリシア神話で一番美しい少年」と呼ばれるアドニスです。
アドニスは成長するにつれ輝きを増してゆき、やがて美の女神アフロディテの目にとまるほどになりました。もっともその原因となったのは、息子のエロスが持った矢が彼女の胸を貫いたせいでもあるのですが。
年若きアドニスは、アフロディテからの熱い視線もなんのその、狩りに夢中なお年頃。ある時、アフロディテが目を離したすきに獰猛な猪に襲われ、儚くもその命が奪われてしまいました。
嘆き悲しむアフロディテ。彼女は冥界の王に、なんとかアドニスを生き返らせてくれないかと頼みます。
しかし、失われた命が元に戻ることはありません。その代わり、アドニスを花の姿に託して一年のうち数ヶ月は地上に返してくれると約束してくれたのです。
アドニスの血がにじんだ大地の中から細い草の芽が萌えたち、すくすくと茎を伸ばし、やがて真紅の花を咲かせた。
花はアドニスのように可憐であったが、花弁の命は短く、風の息に吹かれてたちまち散ってしまう。
そのはかない散りざまにちなんで、風の花、つまりアネモネと名づけられた。アフロディテは、少年の短い命をはかなみ、花の行方を追いながら涙ぐんだ。涙もまた花と化し、これは薔薇となった。
ギリシア神話に由来する言葉は枚挙にいとまがありませんが、好きな花の名という身近なものまでそうだったとは。そして、ミュルラの純情さやハデスの人情味溢れる対応などが非常に印象的なお話でした。
ギリシア神話に限らず、古典というのはどうしても、普段読み慣れた物語より難しく感じがちです。カタカナの人名は頭に残りにくいですし……。
それでも本書を楽しく読み終えることができたのは、ひとえに阿刀田先生の「語りの力」あってこそ。例えば、パリスが三人の女神から一人を選ぶ有名なシーンは、こんなふうに描かれています。
……パリスは、アフロディテの、とろけるような美貌に魂を奪われ、
「あなたが一番です」
と、宣言してしまった。
アフロディテはにっこり。
だが、他の二人はおもしろくない。恨みの形相ものすごく、この屈辱を忘れてなるものか。いつの日かパリスの故国トロイアを滅亡させてしまうぞ、と、そう口穢く宣言して立ち去った。
パリスの立場としては、どこかの国の総理大臣みたいに、
「アー、ウー」
などとうめきながら態度を不明瞭にしておいたほうが賢明だったのかもしれない。
ちなみに本書の初版は1984(昭和59)年。そもそも扱っているギリシア神話自体が数千年経っても色褪せないのだから当然ではあるのですが、それを解説してくれる阿刀田先生の語りも全く古さを感じさせないものでした。
初歩の初歩から、神話の世界を知っていきたい。初めに触れる一冊として、最適なものを選ぶことができたなと感じました。
ギリシア神話への旅は、「古代へのぬくもり」という章で締めくくられます。ここでは、阿刀田先生のギリシア神話との出会いと共に、ハインリッヒ・シュリーマンについて語られます。
シュリーマン……そういえば小学生の頃、表紙に木馬が描かれた伝記を読んだような気がします。しかし、実際にどんな人だったかはすっぽり記憶から抜け落ちたまま。次は『シュリーマン自伝』を読まなければいけませんね……!
芸術、映画、ゲームに小説と数多の創作に多大なる影響を与えた「ギリシア神話」。かつて世界史の授業で暗記するだけだったそれらが、おぼろげながら輪郭を持って浮かんできたように思えます。
知識を得るのに、遅すぎることはありません。点在している知識を線で結びつけていく喜びを感じつつ、しばし古代のロマンに想像力を羽ばたかせる日々が続きそうです。
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