連載《教え子31~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》「彩子、バイトする」
入塾説明会での彩子の働きは、あっぱれ!の一言だった。彩子は保護者の気持ちに立った目線で、ウチの塾に太鼓判を押してくれたのだ。いくら教室長が声を張り上げて面倒見ると言っても、額面通りに受け取る親はいない。一本釣りで一名ずつ生徒の特性をヒアリングしてその生徒にあった指導を説明して納得をもらうのが常だったのに対し、彩子は十把一絡げで全員を入塾させた。
4月になり、新学年がスタートした数日後の土曜日、彩子がふらっと塾に来た。
「あれ? 玉城さん、今日、授業あったっけ?」
「ないよー、ないと来ちゃだめなの?」
と言って、またすぐ例のウルウルした目で俺を見た。ドキ。いまこの時間はちょうど生徒も講師もまだきていなかったから、この中にいるのは俺と彩子の2人だけ。
「そんなことないぞ、偉い偉い、勉強しに来たんか?」
「んー、ていうーかあー、」とまたウルウル。
何? やめろよ? 仕事中だぞー。
「先生、見て、おへそが見えちゃうTシャツ、かわいいでしょ?」
条件反射で吸い込まれるように彩子のおへそに。。。 キャー~! 女子高生のおへそー~! しかし、しかしだな、俺はここの教室長。「キャー、キャワイイじゃん」などと言ったら、面目丸潰れ。小学生が入ってきたら何を言われるかわかったもんじゃない。こんなことをわずか0.1秒前後で思案し出したセリフが、
「寒くねえーのかよ」
トホホ。本当は、「彩子、すごいじゃん、かわいい!」とか言いながら、人差し指でツンツンしたくてたまんなかった。彩子はきっとそれを想定して、「ヤダア、先生のエッチー」とか言うつもりだったに違いない!
ところが、その真逆の発言を聞いて、彩子は、
「つまんねえ先生」と言って、くるりと向きを変え、キッチンスペースへ行って勝手にお茶を煎れだした。
「なあ、彩子、彩子の高校ってバイト禁止だっけ」
「んー、基本不可、なんで?」
「いや、俺も独りで寂しいし、彩子のこの前の活躍が塾長の目に留まってさあ」
「え! ここでバイトさせてくれるの?!」
「うん、親御さんからちゃんとオッケーもらったら」
「それは大丈夫! 実際みんなバイトしてるし! それ嘘じゃないよね!」
「冗談で言う訳ないだろ」
「ヤアッタアー! やるやるー!」
「その前に、親御さんとちゃんとお話してよ」
「いつから? なんなら、今日からでも良くてよ」
「まず、テキストを製本してほしい。それから電話番をしてほしい」
「おやすいご用よ!」
「まずはちゃんと親御さんに話して・・・」
と言うのが早いか、彩子は電話の受話器を取り、
「あ、ママ? 沢崎先生が、ウチで働かないかってさ、いいでしょ? わかってるって。 うん、うん、うん。わかった。今日から。うん。うん、じゃね」
くるっと回って俺の顔を見た彩子。
「ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします」
こちらこそ、だ。
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