あの日に帰りたい①「田んぼ」

田植え機に乗った彼に米の苗を渡す。受け取った彼は、私に口づけをしてまた田んぼの中に戻っていく。普段、林業をしている彼は5月頃になると親方さんに連休を貰い田植えをはじめる。3年前から私も彼に付いて行き、田んぼのお手伝いをするようになった。私は彼と田んぼに行く事が楽しみになった。奈良の山奥の田んぼは、鳥の声と風の音しか聞こえない静かな場所だ。いつか田んぼの近くに家を建てて畑もして、2人で住もう。それが彼と私の夢だった。

今年は、田んぼには行かずに休みの日の度に病院へ通っている。林業で事故した彼は下半身付随となりリハビリ病院に入院している。身長が186センチもあった彼が今では車椅子に乗って私と目線が同じぐらいの高さになった。コロナ禍での入院は自由に面会する事も出来ない。売店まで出て来れるようになった彼と、少しだけ会って隠れてキスをした。まるでコソ泥のようだ。

私は休みの度に病院に行って、不動産屋に行って彼と住むバリアフリーの家を探した。バリアフリーの家はなかなか見つからず日本で車椅子で暮らす事の難しさを痛感した。やっとの思いで見つかった家は駅から歩いて45分、周りはコンビニすら無い。
「私は、こんな場所は絶対に住みたくない」
と、電話で彼と喧嘩をする日々が増えた。逢えない寂しさと、思うように家が見つからないイライラ。私は気が付いたら円形脱毛症になってしまった。事故した時は命だけは助かって良かったと泣いていた私が、
「死ねば良かったのに」
彼の事をそんな風に思ってしまった。そんな風に思ってしまう自分が醜い。いっそ二人で死んでしまおうか?下半身付随となり、セックスも出来るか分からなくなってしまった彼とこの先やっていけるのだろうか?時折、物凄い不安が襲ってくる。
でも、やっていくしか無い。やっぱり、私は彼と共に生きたい。私は何かを掴めるかと思い、介護の学校に通いはじめた。

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