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『日本蒙昧前史』磯﨑憲一郎(文春文庫)

グリコ森永事件、日本初の五つ子誕生、大阪万博、横井庄一さん。昭和40年代~50年代に実際に起こった事件が描かれているのだけれど、よくある昭和史のような出来事の羅列ではなく、その中心人物に飛び込んで一切を語るというような、淡々としている、けれど臨場感あふれる、のぞき見興味的にぐいぐい読んでしまう、ルポタージュのような、そうでないような、小説。歴史の中の人が、生き生きしている。たとえば、五つ子ちゃんで注目された夫婦の出会い。鹿児島の高校の同級生で、クラスは別々だった。その高校の生徒はよく学校帰りに饅頭を買い食いするのだが、ある日、のちの夫のほうが食べようとして、地面に落とした。それを、「食べないのなら、私が頂くわ」と、とつぜん現れ、さっと奪っていた少女。「どうもありがとう! ご馳走様」彼らは高校時代にそれ以上に親しくなることはなく、それぞれ卒業し、就職後に京都で再会する。

あるいは、お父さんと二人で初めて飛行機に乗り、楽しみにしていた大阪万博へ出掛ける少年の道中。子供雑誌で見たことのあるモノレールなどが、じっさいに存在し、動いていることに感動し、不安を覚えつつ乗った飛行機から見える景色が、静止しているように見えることに不思議な既視感を覚え、ホテルでエレベーターに乗り合わせた外国人の大きさに、度肝を抜かれる。引き出しに大事にしまって、眺めてきた入場チケットを、受付の女が雑に引きちぎったことに、呪いたいほどの憎悪を覚える。昭和の子供だった身としては、たまらないほどの懐かしさを覚えた(万博のときにはまだ生まれてはいなかったけれど)。

川上弘美さんの解説によると、この小説は、『百年の孤独』や『ガープの世界』、『細雪』などに通じる、叙事的な書き方をしている、それが、感情の推進をひきおこすのではないかという。

そうかそうか、百年の孤独はそういう話かと、去年文庫化で話題になった時は、読めないよあんなの、と思ってたけどちょっと読みたくなった。なにより、著者の小説を他にも読みたくなった。これ、第二部も出てるというから、楽しみだ。『電車道』も面白そうと思ったのだけれど、もうkindleでしか読めないらしい。売れてないのかー。

#読書感想文


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