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『いつか月夜』寺地はるな(角川春樹事務所)
オーディブルで。
亡くなった父に言われた「善く生きる」ということの意味を考えながら生きている主人公の、父を亡くしてから約一年間の話。一人暮らしをする彼は、夜中、なんとはいえない悲しみや不安に襲われることがあり、それを解消するため散歩に出る。その散歩で、同僚の中年女性、彼女が連れている中学生女子、元カノ、元カノの住むマンションの管理人と、だんだんと一緒に散歩をする仲間が増えていく。これといって内容のある会話をするわけではなく、夜道をただ歩く。そうすることで、会社員生活を送る中で、たまってきている「なんかへん」という感覚について考える。他の人と接していくうち、これまでは納得がいかなくても流してきたそれらを、やり過ごさないようになる。
「なんかへん」という感覚は、たとえばバレンタインのチョコ制度だったり、男女が親しくしていると「デキてる」と思われる風潮だったり、不審者が出ることに対して、「危ないから外に出ないで自衛しろ」という空気だったり、人に対して安易にわかると言ったりアドバイスすることだったりする。みんながふだん生活している中で、ん? と思いはしても一々言わないこと。でも、本当は大事なことを取り上げて、そう思う人の感覚を肯定している。主人公の男の子は、ものすごくセンシティブ。ひそかに思いを寄せる彼女が、自分より秀でていて、忙しい生活を送っているから、自分は邪魔しないようにしようと、身を引くぐらいに。
その思い人との電話中に、「女がいる」とわからせるため、わざと大きな声をかける元カノが、すごいと思った。元カノにも元カノの事情(とある男性との共依存的な関係に、行き詰っている)があるのだけれど。