よのなかよもやま寄稿 08:新潟県佐渡島――二ツ亀海水浴場 景観も透明度も屈指のビーチ!
灯台下暗し、という言葉がある。
いまさら私がその意味を解説する必要もないだろう。
この国に住んでいれば誰もがほぼ必ず知ることになることわざの一つである。
身近なことにはかえって気づかなかったりする……という意味の例えとして多く使われる言葉だ。
そしてまさに、自分が住んでいる近くの土地の魅力というのにはなかなか気が付きづらいものだ。
たいてい旅行とかの話になると多くの人は自分の今住んでいるところからなるべく遠く離れた地域へと目を向けがちだ。
それはある意味当然で、旅行とは日常を忘れるために行くものなのだから、自分の日常の気配を旅先で感じたくはないものだ。
ともすれば自分の職場の人間と出会ってしまうかもしれないし近距離な土地は、できることなら避けたいものである。
ゆえに物理的に遠い地を旅行先に選ぶ。
北国なのか、南国なのか、はたまた海の向こうの国なのか。
そしてその地が場所なのか、どんな面白いものがあるのかを旅程を立てながら調べていくのだ。
そうして積み重なっていく土地に対する知見は、さながら盆地のようだ。
自分のいる土地周辺はよく知らず、遠くの地ばかり詳しくなっていく……。
私も、その盆地の底で遠方を見上げてばかりいる者の1人だ。
だからときおり視線をすぐ近くに下ろしてみると、結構見落としていたものを見つけたりすることがあるものである。
佐渡島で初シュノーケリング!
久しぶりに佐渡島を訪れることになった。
友人たちとともにシュノーケリングをするためである。
当初は別の離島へ行く予定だったのだが、台風の接近によってそちらへ行くことができなくなり、急遽佐渡へと行くことになったのだ。
佐渡か、思えば行こう行こうと思って行けていなかったな。
ふと思い返してみて、私はそう思った。
新幹線に乗ってだとか、車で高速を飛ばしてだとか、そういうことをしないと佐渡島へ行けないような場所に私は住んではいない。
その気になれば日帰りだってできる。そんな距離感に佐渡はあるのだ。
しかしそれゆえに、「いつでも行けるしな」と後回しにして来ていた節がある。
しかも、思い返せば佐渡島に行く理由としてシュノーケリングと考えたことは今までなかった。
いい機会だ、そう思った私は改めてしっかりと佐渡島の海について調べてみることにしたのだった。
そして調べてみれば、佐渡は県内でも屈指の人気と透明度を誇る海遊びのスポットらしい。
これは楽しみだ……そして私は、改めて初めて佐渡を訪れる気分でフェリーに乗り込んだのである。
佐渡は砂時計を縦につぶしたかのような形をしている。
北側から大佐渡山地と呼ばれる山域、くびれた部分の国中平野、そして南側の小佐渡山地と、島はとても特徴的な地形をしている。
そしてその地形によりそれぞれで気候に特徴があり、人々にさまざまな利用がされている。
船は現在、中央部の両津と南端の小木に寄港している。
今回は便数の多い新潟ー両津便を使って私は佐渡へと上陸した。
どうやら訪れたときは佐渡の夏祭りの日だったようで、両津の街中には提灯と七夕の飾りが数多く飾られ、それらが海からの風で爽やかに揺れていた。
そんな市街地から、私たちは離れる方へと車を走らせる。
申し訳ないが、きれいな海はやはり人里離れた場所にあるものである。それは本土よりも海が綺麗な島であっても変わりない。
島を一周する道路を北へと走る。
島だと侮るなかれ、佐渡は一周すると200キロを超える大きな島だ。
しかも速度の出しにくい島内での移動は、普段の感覚よりも割増しに時間がかかる。
両津の港から1時間弱、岬にある灯台のそばをぐるりと走り、私はようやく二ツ亀の海へと到着したのだ。
人気スポット『二ツ亀海水浴場』
こんなところがあったのかと、私は心底驚いた。
青く透き通った海にこんもりとした岩の島が浮かび、そこへとトンボロが弓状にのびてつながる姿は、漠然と空想していた「こんなビーチがあったらいいな」の浜が現実に姿を現したかのようだ。
車を停めてから海水浴場までは少々歩くことになる。
駐車場は高台の上にあるので、坂道と長い階段を降りないといけないのだ。
ここはキャンプ場も兼ねているので、キャンパーたちがいくつもテントを建てていた。
それらを横目に坂を下れば、視界の開けた真正面に島の姿が雄々しいこの海水浴場を一望することができる。
さながら秘密の隠れ家的ビーチだ。
人気のスポットなので人の数はそれなりにいたが、しかしそれでも、世の中から隔絶されたような感じが決して無くなりはしない。
トンボロでつながった島が波よけとなり、波は比較的穏やかに思える。
あくまでこの日の天候が偶然そうだっただけかもしれないが、外洋に面しているにしては波は静かな印象だ。
砂浜はそこまで広くはない。
大量の客が押し寄せればあっという間にぎゅうぎゅう詰めになり、砂の上で芋洗い状態になってしまいそうだ。
しかし二ツ亀海水浴場は市街地から離れていること、たどり着くまでそれなりに距離があって大変なことから訪問する客の数はおのずと少なくなりそうだ。
もしそうなら、それが逆に良いのかもしれない。
浜の端にはトイレと有料シャワー付きの更衣室がある。
用足しと着替え問題には困ることはない。
また浜には浮き輪などのレンタル屋さんもあり、手ぶらで来ても海遊びを充実させられそうだ。
さあ、ではそろそろシュノーケリングのお時間だ。
佐渡での初潜り。
どんな海なのか覗かせていただこう。
「日本海らしい海だね」
同行した友人がそうつぶやく。
また曰く、「美味しそうな海」だとか。
なるほど、言わんとしていることが分かる。
南西諸島や伊豆諸島でもシュノーケリングをしたことがあるが、あちらは言わば『見てきれいな海』だ。
南方系の生き物たちや、サンゴ、白い砂がそう思わせるのかは分からない。
ただ見ていてとても華やかで賑やかな、見ているとワクワクする海だ。
一方で佐渡の海は、海藻がいっぱいでカラフルさは控えめだ。
たくさん茂る海藻は海の豊かさを表しているようだし、岩の隙間を覗けば大粒のサザエやアワビ、ウニを見つけることができる。
魚たちの数はたまたまなのか少なかったが、それでも見つけた魚たちはともすれば鮮魚センターに並んでそうなものに思えた。
彼らを見ると『きれいだ』という感想よりも『美味しそうだ』という予感の方が先に来る。
刺激が目よりも腹に行く。彼らの味や食感を想像してしまう。
透明度は高いし、眺めは良い。それは違いない。
岩が転がる海底は複雑な地形を作り出し、岩肌と海藻の色がランダムに配置されたそこに日光が当たると不思議な加減を生み出して幻想的だ。
透明度が高いのはとても嬉しい。前評判通りの見通しの良さである。
しかしてそれよりも、どうにも海が美味しそうだ。
魚は泳いでいるし、岩の隙間にはサザエ、アワビ。
ぬるりと動いた気がして岩の影に目をやれば、タコが長い脚の端を覗かせているのが見える。
と思っていれば、水中に何か流線型のものが漂っているのが視界に移り、見てみれば、ちいさなイカがひょこひょこと泳いでいた。
生き物が少ないといっても、少し探せばいくらでも姿を見つけることができる。
手軽に海という異世界を覗けるシュノーケリングはこういうところが面白い部分である。
泳いでいれば知らないうちに沖まで泳いで行ってしまいそうになる。
海に潜む何者かに沖へといざなわれてしまわないよう、ハッと気づいて浜へと戻る。
そんな風にしていれば、気づいたときには昼ご飯を食べないまま昼が過ぎて随分と経っていた頃だった。
なるほど、これは確かに良い。
佐渡島の海はこんなにきれいなところだったのか。
空腹を思い出した腹をさすりながら私は海を眺める。
近いからこそ、私もあえて知ろうとしてこなかった。
遠くの島にこそきれいな海はある気がしていたけれど、近くの島にもハイレベルな海はあったのだ。
これが灯台なんとやら、ということか。
これはリピート決定打。
いずれまた近いうちにまた潜りたい。
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