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もう2週間、あと3週間

2週間前の火曜日の夜、パリに到着した。雨の降る夜だったように記憶しているが、もう遠い昔の出来事のように朧げだ。

翌日から1週間ちょっと、怒涛の日々を送った。特にファッションウィークのアテンドは早朝に家を出て深夜に帰宅を繰り返した。雨の降らない日はない10日間だった。最後にはしっかり風邪をひいた。

この週末は身体を休めることができた。2ヶ月ほど続いていた喉の不調もようやく解消されつつあるし、風邪も全快まであともう少し。寒い日は続くものの天気はすこぶるいい。こうやって物事は少しずついい方向に進んでいるようだ。

とは言いつつ、帰国はなんと3週間後の火曜日だ。まだ折り返し地点にまで辿り着いていない。ここにきてはじめて、今回の出張がぴったり5週間の長きにわたるものだと気がついた。長い。とても長い。

「1ヶ月以上もパリに滞在できるなんて、羨ましい!」

と言われるだろうが、6年間パリに住んだ私からするとパリ滞在は特段心躍るものではないどころか、どちらかというと憂鬱だ。不便なことも多い上に、スリには常に注意が必要。たまに人種差別だと見受けられる扱いも受ける。フレグランスのクリエーションはもちろん楽しいが、朝から晩までアトリエにこもってあれこれ嗅ぎなら調香師と議論をすることになる。疲れる。とても疲れる。

その上、私たちは今とても大きな問題に直面している。これはçanomaだけではなく業界全体に関わることだ。向こう2年半ほどで、かなりの数の香水のレシピが変更されることになるだろう。今回の出張の当初の目的はその問題に対処することではなかったが、必然的にそのウエイトが大きくなっている。


はぁ…


ところで。

古事記を読み始めた。私が手に取ったのは文春文庫から出ている以下のもの。

これがなかなか面白い。今まであまり神話の類には興味がなかったが、古事記にはどこか今の自分に通じる何かがあるように感じられる。これが「ルーツ」というものなのだろうか。

昨年10月に調香師Jean-Michel Duriezとともにお香の製造現場見学のために淡路島を訪れたことがこの本を手に取るきっかけとなった。イザナキとイザナミによって最初に生み落とされたのがこの淡路島であるということを、恥ずかしながら私は知らなかったのだ。

神話というのは得てしてそういうものなのかもしれないが、「神様もなかなか大変なのね」と思わされる。まだ第1章までしか読んでいないが、女性から誘ったらダメだの、ヨモツヘグヒだの、あれこれ“隠れルール”みたいなものがあったり、やるなと言われていることをして大ごとになったり、すったもんだの連続なのだ。


パリの調香師のアトリエで、山積みになっている問題を前にため息まじりに解決策を練っていた私たちはヘトヘトになってしまったので、休憩がてらに雑談をしていた。そんな中、ひょんなことから昨年の淡路島訪問に話題が移ったので、今古事記を読んでいる話をした。淡路島が一番最初に生まれた島であること、その次は四国であること、イザナキとイザナミの営みによってそれらが生まれたが、最初のふたつはイザナミから誘ってしまったためきちんとした形にならなかったこと、などをかいつまんで説明した。

そんなことを話していたら、どういうわけか元気が出てきた。そして、

「いずれにしても、これらの問題を前に、今は途方に暮れているけど、きっと終わってみたら、当初よりももっといい形で着地しているんだと思うよ」

と口走った。

不思議だった。私は普段、ちょっとした問題でもすぐに投げ出したくなってしまう意気地なしで、今回の件にしたって正直にいうと今すぐにでも逃げ出したいと思っていたくらいなのに、そんな私の口から思いがけず楽観的な言葉が飛び出したのだ。

どこかから得体の知れない力をもらったのだろうか…


調香師も私の言葉に同意してくれた。彼は私の言葉をよりストイシズム的に受け止めたようだった。ただ私の発言には、思想も哲学も、あるいは処世術的な意味合いも含まれてはいなかった。それは私の言葉ですらなかった。誰かの言葉が、私の口から出たにすぎなかったのだ。

誰の言葉が…?


いずれにしても、この現実にしたって、あるいは古事記の世界と大差ないのかもしれない。合理的に設計されているように思われている社会はかくも不合理で、そこに暴力やらアクシデントやら天変地異やらが待ち受けている。何も計画通りに進まない。希望はいつも叶わない。

ただそんな中でも、もし清く正しく生活しているのであれば、私たちは少しずつ明るい方向へと導かれていくのだろう。それは私たちの意思によるものではない。もっと大きなものによっているのだ。


残りの3週間、私はきちんと生活をしよう。何かを改善しようとするのではなく、ただゆっくりと前へと進むのだ。きっと私にはそれしかできないし、それだけをするべきなのだ。

そうすればきっと、日本に帰る頃には、私のまわりは少しだけ明るくなっているはずなのだから。


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