自己紹介 私の営業の原点
株式会社小彌太の小瀬川雄太です。
新規事業スタートにあたり、会社の歴史をお伝えする前に、まずは私の自己紹介をさせていただきます。
小瀬川雄太(こせがわゆうた)
誕生日は1993年8月21日。
生まれは宮城県石巻市、3歳まで宮城にいたそうですが、その後は岩手県花巻市でずっと育ちました。
学歴は下記の通りです。
2012年 岩手県立花巻北高等学校卒
2017年 弘前大学人文学部経済経営課程卒
大学には5年間いましたが、うち1年はドイツのトリア大学に留学しておりました。
ドイツには環境問題や動物愛護について興味があって行きましたが、トリアはカール・マルクス生誕の地で、その関係もあり卒論テーマは日本マルクス経済学の第一人者、山田盛太郎について書きました。
2017年に東京の株式会社武蔵野に入社。ダスキン部門で3年間営業の仕事をさせていただきました。小彌太は武蔵野さんの経営コンサルティングを受けていますが、私が入社する前はそのことを知らず、20社以上の就職活動を経て受かったのが武蔵野1社だけでした。コネなど裏では何か話があったのかもしれませんが、それにしても私が他の会社に尽く落ちたことまではコントロールできないでしょう。だいぶダメな就活生だったようです。武蔵野さんに拾われていなければ、就職浪人していた気がします。
ダスキン営業
武蔵野さんでの3年間は、とにかく成長させていただきました。
三鷹、調布、国分寺、吉祥寺、西東京、秋葉原など色んなエリアで、ダスキンの商品を交換・提案して回りました。家庭用も業務用も経験し、たくさんのお客様にお世話になり、また自分のミスからたくさんのお叱りの言葉をいただきました。
配属前は営業の仕事にマイナスイメージしか無く、やりたくないと思っていたのですが、いざお客様のところに出向くと、定期的にダスキンの交換にお伺いしている方は良い方ばかりで、また新規営業で初めて会う方でも、ほとんどが優しく接してくださる方でした。ただでさえ田舎から出てきて「東京こわい」状態で、そのうえ営業の仕事なんかしたら死ぬんじゃないかと思っていたのに、逆に「大変だね〜」って応援していただきました。本当に良いお客様に恵まれました。
そして会社でも、上司・お世話係・同僚・部下、たくさんの方にお世話になりました。3年間でダスキンの部署を3回異動し、私自身本当に覚えが悪いのでかなりご迷惑をお掛けしましたが、色々と面倒を見ていただきました。辞めたいと思ったことは1,2回(忙しかったり数字に追われたりで辞めたいと思う余裕がそんなにありませんでした)ありましたが、そんな時は同僚や上司が飲み屋で話を聞いてくれました。というかほぼ毎日どこかに食べに行ったり、飲んだりしてました。働くにあたって、業務内容や条件も重要ですが、私にとっては職場の人間関係が一番大事だなと、勉強になりました。
2020年に小彌太に戻ってきてからも、基本的に営業の業務を行っています(極端な繁忙期は製造に入ります)。ただ営業以外でも、武蔵野さんや他の会社で成果が出ていること、例えば環境整備による固定費ダウン、社員教育による作業の標準化、DX化による効率化、採用活動などを自社に取り入れています。特に採用は2021年までハローワーク経由くらいしか経路が無かったので壊滅的でした。今では2022年から3年連続で採用できています。
染め屋や印刷業は斜陽産業で、新しい取り組みをしていかなければ生き残れません。競合他社も続々とチャレンジしています。新しい取り組みをするには新しい人、若い力が必要です。そして今の従業員が辞めない、働きやすい環境を作る必要があります。
お客様を増やすため
競合他社と戦うため
従業員を守るため
私は営業していきます。
そして新しいことにどんどん取り組んでいきます。