🍥やきとり🍥
どことなく──ねぎまに似ていたことが、妻に惹かれた理由のひとつだ。
なんとなく見出しで書いてしまったものだから、まじまじと妻を見つめて「ねぎま成分」を探した。しかし、私の嘘つき力をもってしても、妻からねぎま成分を見出すことは叶わなかったので、ここは──キチンと青信号を待ってから発進していこう。
とにかく、私は焼き鳥が食べたいのである。
いちど焼き鳥のクチになってしまっては──もうどうしようもない。どうしようもないのだが、焼き鳥をするには寒空のバルコニーへ家族を引きずり出さなければならない。屋内で七輪を焚くには我が家の換気能力でははなはだ心許ないし、ともすれば一酸化炭素中毒で一家心中の様相となる可能性すらあるからだ。やはりここは家族の安全と私の炭火欲を叶えるべく、
──今日は風もなく穏やかな天気だねえ
──今日、きみのラッキーアイテムは竹串だってさ
──鶏肉がとても安いねえ
──耳を澄ましてごらん....炭の声がするだろう?
──七輪が退屈で六輪になってしまうよ
などと、スーパーへの道すがらにブツブツと家族に訴えかけ続け、買い物かごに各種鶏肉を放り込んでレジを通過することに成功した。あとはこれらの材料をすみやかに串に打ってしまえば、いわゆる「既成事実」の完成である。
今日の焼き鳥布陣は──いや、布陣と言うといささかジジ臭いので、ラインナップ──これもちがうな。あ、リストだ。セットリスト、もとい、セトリにしよう。
今日のセトリは、ねぎまを筆頭に、砂肝、銀皮、はつ、皮、せせり。そして、豚一点の豚かしらだ。
心臓に付いた血管や脂、血の塊の処理にすこし手がかかるが、あとの材料は基本的に切って塩麹少々とマリネするだけで下ごしらえは完了だ。砂肝の除いた銀皮はコリンコリンの噛み応えで立派な酒泥棒なので棄てずに取っておく。
さて、あとは至福の串打ちタイムである。イヤホンをしてB級映画を観るともなく流しながら、淡々と竹串に向きあう。ちなみに、この日の作業映画はアマプラで配信中の、コンドームが男性器に牙を剥く、という文字通り男性のタマを縮みあがらせる恐るべき映画「キラー・コンドーム ディレクターズカット版」だ。さらに蛇足だが、この映画のクリーチャーデザインは、あの不朽の大名作「エイリアン」をデザインしたH・R・ギーガーである。世界を震え上がらせたエイリアンの恐ろしくもスタイリッシュな造形美を創り上げた人物とは思えないほどに、「コンドームが牙を生やした」だけのトホホなデザインのクリーチャーで、「ギーガーもやらかすことがあるんや」と、ほっこりホクホクとした気持ちになれる特級のB級作品である。
コンドームに噛みつかれ、阿鼻叫喚の坩堝のなか、淡々と串を打っていく。
素人が切ったもも肉なので不揃いもはなはだしいが、それでも大きさや形を選別しながらネギと交互に串に刺していくのは楽しいものだ。いつもは最終的にネギが足りなくなって「ねぎま」から「もも」や「かしわ」にネタ変えするのだが、この日はネギが増殖したのか数個の余剰ができたので、豚かしらにねぎま役を委ねる。串のてっぺんに最後のかしらを刺す際に得意満面で「チェックメイト」と呟いたことは恥ずかしすぎる黒歴史なので秘密にするにちがいないしそうに決まった。
放射状に並べた串の中心は、われわれ焼鳥愛好家を酩酊の銀河にいざなう入口さながらで、私の腹は仔犬の返事のようにくぅん、とひとつ鳴いて、ぐびり、と喉仏が上下した。矢も盾もたまらずに、私は倉庫から七輪を奪い取る。
炭を熾しながら、私は分断し混迷する世界情勢について思いを巡らせた──と言いたいところだが、世界情勢では腹は膨れない。一刻もはやく、炭をギンっギンにして鶏をジューしたいのだ。寒空の下、目の色を変えて団扇を煽ぐ姿は家族にとっては狂人のそれに映ったかもしれなかったが構うものか私は世帯主だ狂人の世帯主だどうぞ狂人炭火爆裂世帯主とでも呼べばいいじゃないか。ハァハァ。
取り乱してしまったが、師走に取り乱すことはよくあるものだし、取り乱している間に炭火が出来上がっていたので良しとしておこう。
すべてのネタを七輪に並べ、皮を移動させながら炭へ脂をおとし、煙と焔を呼ぶ。ド派手に煙を呼べば呼ぶほどに、その煙に串が燻蒸されて、炭火ならではの「馬鹿みたいなうまさ」になるのだ。ちなみに、上記の効果を突き詰め、鶏ももを炭火で徹底的に燻蒸し「炭のスモーキー」さを堪能できるのが、宮崎の馬鹿ウマグルメ「じとっこ焼き」だ。じとっこ焼きは、世界でも五指に入るビールの酒肴だと思っているので、ビール愛好家のためにまたの機会に紹介しよう。
強めに塩をふって、七輪の「強いとこ」と「弱いとこ」の間をうまく串に往来させつつ、焼けた順から食べていく。
ヴァイオリンの弓を引くように、串から肉、そしてネギを引きぬいては食べる。たちまち口のなかが灼け、ビールで鎮火する。ぢんぢんわなわなとするが、口の火傷など美味い串の代償なら安いものだ。
煙を浴び、串を食んではビールを呷り、やがて日は落ちてゆく。
炭火の橙がきわ立つころ、北風の冷たさに首を肩にめり込ませながら、娘と妻は暖房の効いた屋内へと退場していった。
私は、満腹と酔いにまかせてキャンプチェアに沈みこんで、冬空を仰ぐ。
ばちり、時おり炭火が爆ぜる音と、どこかでがらがらと雨戸が鳴る。甲高い原付の音が響いているのを遠く聴きながら、うつら、うつら──
びゅう、と北風に顔を叩かれて目を醒ます。ひどく凍えて奥歯がカチカチと踊って止まらない。
───自宅の敷地内で死にかけるともあるんだな。
などと、最期の晩餐になりかけた炭火の跡始末を、震えながら堪能したのだった。