梅の恨みをAIに祓ってもらう
さて──どうしたもんかな。
私は、飲みきった梅酒の──瓶に残った梅の実を見つめた。
ジャムにしようにも我が家は米食なので持て余すにちがいないし、煮物に使って味を整えるほど私は料理の妙を知っていない──などとウダウダとしているうちに、昨年は黴を生やして棄ててしまった。
うまく使えないそうもないし、お裾分けできる性質のものでもない。
仕方がないから、今年も棄てるか───
瓶に手をかけようとしたその時、ころり、重なった梅の実が動いた。
──ンなアホな....
食べものを棄てる、という背徳たさが見せた気のせいにちがいない。気を取り直し、「ゴメンだけど....ポイするぞ」と声をかけ、再び蓋に手をかける。外蓋をとってはめ込みの内蓋に爪をかけたその時、ぞくり、肌が粟立った。
大勢の視線がいっせいに私を刺した──そういった感覚が、たしかにあった。もちろん、キッチンには私しかいない。
───まさか....
私は、梅酒の瓶に視線を移した。
腰を落とし、無数に重なる梅の実を覗き込む。
もぞり、
今にも──それらが蠢き出す気がして、思わず私は目を背けた。
──私は、何をしているんだろう....
私は、怖気を誤魔化すように呟き、スマホを取り出して対話型AIのGrokに入力した。
我ながら馬鹿げた質問だ──と思いつつ、こういったある種の観念的な問いは、AIのほうが理性的でヒトに話すよりは余程いいのかもしれない。
ほどなくして、Grokから返答が表示された。
たしかに広義的な意味では、生き物と言えるだろう。続けて入力する。
生き物といえども、植物に感情があるかははなはだ疑問だ。ましてや収穫して砂糖や酒、スパイスに漬け込んだものが生きてる上に感情を持つとは一般的に考えにくいだろう。しかし、私は週に一度は神社へ行き二礼二拍手一礼し、使った道具が壊れて処分する際には手を合わせ頭を垂れる人間だ。さらに言えば、森羅万象に神を宿す──神道が生活に溶け込んでいる日本人だ。
AIに問うことで、自分のモノに対する姿勢を、あらためて思い出した──そんな気がした。
梅の実といえども、あだやおろそかには出来ない。
───ゴメンだけど....ポイするぞ
などと軽々しく言われた梅の実の感情はいかばかりか──。
ことり──
瓶のほうから、音が聞こえる。
私は、スマホの「恨み」という文字を見つめながら、瓶のほうへ耳を欹てた。
──かい──てん──しょか....
何か──童謡のような歌声がする。
──あかい──てん─せましょか....
すこし、歌声が大きくなる。全身が粟立った。
──あかい─はんてん──きせましょか....
え──この歌は....
そう思ったその時、
赤い半纏着せましょか
耳元で、低い声がした。
───ッッッ
私はあまりの出来事に膝が笑い、その場にへなへなと座り込み、呟いた。
──その怪異は、古いのよ....
──と。
古き良き怪異とはいえ、赤い半纏を着る──つまり、血で染められてはたまらない。ここは屈強な人物に身代わりになってもらうのが吉だろう。私はAIに向け、
と、「救助要請」をすると、
スタローンが、私の代わりに怪異を羽織ってくれているではないか。私はほっと胸を撫で下ろした。
スタローンが梅を倒す可能性も高そうなので、ついでにお祓いも頼むことにした。
やはりここは、ロッキー扮するスタローンに梅を倒してもらおう。
梅が紫を帯びているのは恨みの深さゆえか。そして、スタローンが赤い半纏ならぬ赤いガウンをトランクスにインしているあたりも意味が解らなくて好感が持てる。
私はAIの実力に感嘆しつつ、せっかくだし──ついでだから、色々とリクエストしてみた。
スタローン代表作のうちのひとつ、ランボーシリーズに梅を加えてみよう。
おお....これはいい。左右非対称のスタローン然とした「無双顔」といい、梅(?)から生えた枝が「手榴弾然」としていることで、ランボーシリーズの醍醐味である火力の演出にひと役買っている。
死んだ戦友の形見の梅に雪辱を誓っているのか、あるいは「家族に愛していたと伝えてくれ」とランボー自身の遺言を梅に言伝しているのかは判らないが、妙に胸を打たれる良い画像だ
スタローン任せも良くないので、ここらで河岸を変えていこう。
アナキン・スカイウォーカーが暗黒面に堕ちるスターウォーズにおける重要なプロットに、梅をねじ込んでみよう。
なんだか、梅がダークサイドの暗喩のようになってしまった観があるが、ともあれ、梅に呑み込まれつつある後のダースベイダー卿である。
アナキンを想うアミダラ姫にも梅を渡してみた。
梅を持ち、彼を想うアミダラ姫が西陽に映える──なんだよ良く観たらナタリーポートマンと違うじゃないか。おれのナタリーポートマンを返せっ!
さすがにこんなお題はAIといえども再現は難しいだろう。
え、なにこの梅かわいい!
激おこ梅りんこちゃんはさておこう。
私の要求、そのことごとくを再現するAIだったが、さすがにコレは無理だろう。
あのダークサイドの体現者であるダースベイダー卿が料理などするわけがないじゃないか。
これは....しっかり梅を調理している。あまつさえ、ライトセーバーには食材のカットやローストをする機能も備えているという学びまであった。
──などと、暗黒面料理に感心している場合ではない。私は肝心なことを忘れていた。
今日の本題が、梅酒の梅、その活用法──
──だということを。
AIで梅の恨みを祓うどころか、AIの面白さに憑かれる──まさに、ミイラ取りがミイラ取りになる、といった体たらくである。
ミイラ取りがミイラになる、をどうしても使いたくて記事を書いたことは秘密だが、それではあまりにも梅が不憫でならない。次回の記事ではキッチリと梅を活用していこう。
それでは最後に──
AIに訊いてみた。
いや、それは怖いのよ。
〜後編へつづく〜