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🍥きのことベーコンごはん🍥
──あのう、そろそろ交代っス
おずおずと、暦が夏に告げたが、
だまれ小童がッ
と、一喝され、すごすごと引き上げてきたばかりか、
──まだ....夏みたいっス
などと、ミイラ取りがミイラになる始末である。
「ミイラ取りがミイラになる」を使ってみたかったがために冒頭の茶番を書いたことは秘密だが、たしかに暦とは名ばかりで、今年はとくに秋の形骸化がはなはだしかった。
とはいえ、さすがに十月も半ばをすぎると、ずいぶんとしのぎやすくなって、昼に汗ばんだとしても、彼誰刻に夏のそれはもういない。
いまや絶滅危惧季となった秋だけに、その気配を覚えたよろこびもひとしおで、私は思わず全裸となって地面に頭をこすりつけ、声を大に大地讃頌を歌って感謝を地球に捧げた。
嘘である。
路端で全裸となって地に伏すほど私の倫理観はイッちゃってはいないし、人目もはばからずに大地讃頌を熱唱するほど──自然派ではない。
それはさて置いて、ヒヤリとした冷え込みには炊き込みをぶつけてホカホカと暖まるのが炊込混飯愛好家の作法だ。
思い立ったら吉飯である。さっそく八百屋へでかけ、棚に生えたきのこを乱獲する。キッチリとレジで支払った税込の料金は、乱獲したきのこの代償であり、八百万の神への畏敬でもあった。
これから炊き込まれる運命にあるきのこたちが「なにしてあそぶ?」などと無邪気にたずねるので、私は耳を塞ぎ、わずかに残った良心を放り投げ、掌に「鬼」と三回書いてそれを呑み込み、そそくさと家路をいそいだ。
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料理にもよるが、きのこに熱を加えると水気がでて信じられないほどに縮むので、良識が「もうやめておけ」と訴える1.5倍は以用意しておこう。
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今回は、ピクニックベーコンを使っていく。
ピクニックとは豚のウデ肉を指し、やや硬めの肉質ながらうまみの濃い部位だ。煮込むと出汁がよく出てホロホロの食感が気持ち良いので、我が家ではよくベーコンにする。
基本的な作りかたは以前と変わらない。ただ、すり込むスパイスに五香粉を加え甘みを引きだすのが近ごろのベーコン事情だ。
本気のベーコン作りは、漬け込みから燻製まで2〜4週間以上を要し、時短料理からは程遠いところにある──作る、というよりも育てる、と言うほうがしっくりくる料理だ。時間の使いみちと価値は人それぞれなので、ここは恐れることなく、たっぷりと時間をかけていこう。そして、しっかりと育て燻しあげたベーコンの味は──そりゃあもう、アレだ。格別だ。
蛇足だが、女性のプリンとした二の腕を「ボンレスハムのようだねぇ」などと揶揄うのが定番だ。しかし、そもそもボンレスハムとはモモ肉のハムのことを指す。ここは、
「ウデがピクニックベーコンのようどすなぁ」
と、はんなり伝えて、正しく嫌われよう。
【炊き込みご飯のつくりかた】※ストウブ推奨
・米 2合
・かつおだし 350ml ※顆粒出汁でも◯
A
・清酒 大さじ1
・うすくち醤油 大さじ1
・本みりん 大さじ1
・ベーコン 適量
・きのこ たくさん
【下準備】
米を研ぎ、30分〜1時間浸水する
米の水気をよく切ってストウブに移しておく
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かつお出汁を取って濾し、冷ましてからAと合わせてストウブに注ぐ。
きのことベーコン、そして米の味を楽しむため、味付けは淡めを心がけた。
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ベーコンを弱中火で焼き、取り出してストウブに移しておく。
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きのこを入れ、中火にする。
じうじう、と音をたてるきのこたちをみていると、たちまち混ぜ合わせたくなって、奥歯がガチガチと鳴って頭蓋が揺れて脳がぷりぷりと踊りだすが、ここは我慢どころだ。ベーコンから出た油でしっかりと焼きつけ香ばしさを出し、きのこから湧いてくる余分な水分が飛ぶまで奥歯をぎ、と噛み締めてガマンするのが大人の態度というものだろう。
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炒めた鍋底の焦げを出汁でこそげ落とし、きのこと一緒にストウブに投入する。
①中〜強火にかけ、沸騰したら蓋をして弱火で10分炊く
②おこげが欲しいときは、①のあとに30秒〜強火にかける
③火を止め、蓋をしたまま10分蒸らす
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蓋をあけると感動的な湯気がたちのぼった。
ぶわっ、と聴こえるかのような秋の序章だった。
長いこと「夏」だった額の文字がオータムと音をたてて「秋」へと変わっていく。指でなぞると、ゴシック体だった夏とうってかわって明朝体の秋だった。
私は、変わりたてでむず痒い秋の額をポリポリと掻きながら、「秋だねえ」と妻に言うと、彼女は「御意」と答えた。
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しゃもじを入れた途端、さきほどの湯気に輪をかけたものがたちのぼり、私の顔面を包んで眼鏡をくもらせ視界を盗む。
やがて、くもりが晴れていくと、そこには秋があった。
見渡すかぎりの紅葉の帳。中空にははんなりと色葉が舞う。麓の湖、凪ぎの水面には野山が鏡うつしとなって、跳ねた小魚の波紋が紅をしずかに靡かせていた。
風光明媚にもほどがある景色ではあったが、私は眼福より満腹が欲しいのだ。臍下丹田にちからを込めて「憤ッッ」と裂帛一閃の気合いを発すると、うつくしい紅葉は霧散し、うす汚れたいつもの部屋に戻っていた。
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いけない。このままじゃ料理を盾にしてくだを巻きたいだけ、ということがバレてしまう。
あわてて茶碗によそって、ひとくち含む。
ア
ラ
や
だ
美
味
し
い
想像を超えた味に、フガフガ鼻と箸が止まらない。たちどころに身体中をベーコンときのこたちが嬉々として駆けめぐったが、細い茶えのきを除いた大ぶりのものたちは血管でたちまち渋滞を起こし、私は昏倒して逝きそうになる。
いや──
いくらなんでも──きのこで血管は詰まるまい。
血管の詰まりは──高すぎた中性脂肪による高脂血症が原因の疑いが──あるな....
などと、すぐに我にかえって己の生活習慣に懐疑したのも、きのこの花言葉が「疑い」だということに起因しているのかも──しれないな──
そんなことをぼんやりと考えながら、鍋底のおこげをしゃもじでこそげ取るのだった。