最も身近な誕生石
1月の誕生石はガーネット(柘榴石)。ザクロの実から連想される赤いものだけではなく、グリーンやイエロー、オレンジのものもある。ガーネットは単独の鉱物ではなくて、何種類もの鉱物のグループ名だ。
・・・というのは、ガーネットについて書かれた文章をさがせば、たいてい見つかる有名な話。固溶体(組成の一部がことなる鉱物が混じりあったもの)の具体例としてもしばしば挙げられる。鉱物の多様性を語るうえでの定番の宝石になっている。
その手の詳細は数多ある入門書やウェブサイトにまかせることにして、このnoteでは1種類のガーネットに焦点をあてたい。もっとも一般的で、世界中で採れる赤いガーネット、アルマンディン(鉄礬柘榴石)だ。
下のリンクはわたしがタイに居たときにタイで買ったアルマンディンの研磨石を描いたもの。
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アルマンディンにフォーカスすると宣言したところだけど、すこしだけ他のガーネットについても触れておきたい。
おなじ系列のガーネットにパイロープ(苦礬柘榴石)がある。アルマンディンを構成する成分のうち鉄がマグネシウムに置き換わったものだ。
ガーネットは比重と屈折率からだいたいの分類ができる。だから高度な分析機器がなくてもある程度調べることができる。古くからそれぞれ別の名前がつけられているのはそれが理由だろう。下の図は、さまざまなガーネットの比重と屈折率を測定して散布図にしたもの。
この比重と屈折率のグラフを見れば、アルマンディンの比重がとりわけ高い(グラフ右側にプロットされている)ことがわかる。コランダム(ルビーとサファイア)の比重は4.0。アルマンディンはコランダムよりも重いものがおおい。パイロープなどほかのガーネットは3.7〜3.9ほどなのでコランダムよりも軽い。
屈折率は屈折計がないと測定できないけれど、測定できれば鑑別にはとても役立つ。アルマンディンの屈折率はパイロープよりも高い。
余談だけど、最近の一般的な宝石鑑別用の屈折計は1.78ぐらいが測定限界になっている(かつては1.81まで行けた)。赤系統の石で測定限界を超えるものはほぼアルマンディンだと考えて良い。
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赤い宝石といえばルビー。だけど、ルビーはそうそうそこらじゅうにあるわけではないし、かなり高価だ。ルビーほど高価ではないスピネルだって、かなり希少。いや、おそらくルビーよりも希少だ。それでは、もっともっと身近な赤い石は?最適解として思いつくのはガーネット。ガーネットのなかでも、アルマンディンはとりわけふんだんにある。
どれほどにふんだんにあるのかというと、紙やすりや研磨剤に使われるぐらい一般的。石材のなかにも見つかる。見出し画像はそんな石材のひとつ。たしか横浜のデパートで見かけたもので、わたしの指先にある赤いのがガーネットの結晶だ。これらはおそらくアルマンディン。
ガーネット入りの石材は本当にあちこちにある。以下のツイートは地下鉄の駅の床でみつけたもの。写真の赤みがかった結晶がガーネット。暇つぶしに街中のガーネット探しなんかができそうなぐらいだ。
アルマンディンという鉱物名の由来はトルコの地名らしい。古代から石材産地として知られたアラバンダ(Alabanda)。アラバンダがなまってアルマンディン(Almandine)。大プリニウスは『博物誌』で「アラバンダの地名に由来する黒い石(e diverso niger est Alabandicus terrae suae nomine)」と書いている。
かつてラテン語でカーバンクルと呼ばれた赤い宝石は、このアルマンディン・ガーネットだった。ルビーとスピネルがカーバンクルにくわわるのは中世になってから。ルビーもスピネルも、はるか東方のアジアからしかもたらされなかったからだ。長らくアルマンディン・ガーネットがヨーロッパの宝飾品に使われつづけたのには、そうした背景がある。
アルマンディンは暗めの濃い色あいのものがおおい。プリニウスが黒い石と書いたように、かなり暗めの赤色だ。そのため、ホロー・カボションといって、カボションの裏面をくり抜いて薄く加工されることがある。薄くすると光が透過して明るい赤に見えるというわけ。昨年9月に観たポメラートのジュエリーにもホロー・カボションに研磨された石をあしらった作品があったのを覚えている。
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先日わたしの手もとに届いたThe Journal of Gemmology誌最新号に、13世紀の英国の文献についての報告があった。そこにもアルマンディンの名が見える。ヨーロッパで赤い宝石として珍重されていたことがうかがえる。
13世紀といえば、宝石の話のたびに言及しているアフマド・ビン・ユースフ・アッ・ティーファーシー。当時のアラブ世界の宝石学者だ。このところわたしは、ティーファーシーの書いた本にぞっこんになっている。
ヨーロッパよりも宝石産地に近く、科学的な研究もすすんでいた中世のアラブ。身近に得られるガーネットはさほど重要視されていなかったのか(最高品質でもスピネルの4分の1の値段と書いている)、割かれているページもすくない。真珠、コランダム、エメラルド、ペリドット、スピネルと続いたあとにようやく登場する。
ほかの章で比重や硬度の分類までしているだけあって、ガーネット(バナフシ、البنفش)についても調べあげたに違いない。ガーネットの記述には複数の特徴が書かれている。明るいもの、暗いもの、青みがかったもの、黄色がかったもの・・・と色で分けている。おそらく現代に知られているパイロープやグロッシュラー(灰礬柘榴石)などのガーネットがそれぞれに相当しているのだろう。
上にあげた比重と屈折率の散布図のとおり、アルマンディンはほかのガーネットよりも比重が高い。科学のすすんでいたアラブ世界でも、13世紀には屈折率は測定できなかった。ただ、比重に関してはティーファーシーは相対的に比べている。比重の高いアルマンディンをガーネットとはみなさず、別の石として認識していたのかもしれない。
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ティーファーシーは、ガーネットの次のトルマリンの章で興味深い石について言及している。マーゼンジ(الماذنج)という石で、トルマリンに似ているけれど、別物だとしている。それは「深い赤色で青〜黒が混じり、底面をくり抜いて薄くしないと色が見えない」とある。これは上述のホロー・カボションそのものだ。
トルマリンの章では、マーゼンジは暗い赤色のトルマリン(現代でいう”ルベライト”の商業名で知られるトルマリン)と対比されている。トルマリンとガーネットは、硬度こそ近いけれど、比重はかなり違っている。ガーネットのほうがはるかに重い。
ちなみにトルマリンの屈折率は1.62〜1.64、比重は3.05ほど。上のガーネットの散布図ではトルマリンは欄外になってしまう。
ティーファーシーは、その見た目の類似からトルマリンの章のなかで書いたのだろう。「マーゼンジは床の埃を吸着しない」と書いている。つづけて「トルマリンは頭髪や髭でこすってから床に置けば麦わらなどを吸着する」と、トルマリンの焦電効果(※)を説明している。似ているけど、性質が異なるので見分けられるということだ。
はたしてティーファーシーは、このマーゼンジをどう考えていたのだろうか。トルマリンとは別の石として書いているけれど、上述のとおりガーネットのなかまとも考えていなかっただろう。もしそうならほかのガーネットといっしょに書いていたはずだ。
アラビア語の原書をみると、英訳のようにきちんと章立てせずにさまざまな宝石について連続して書かれている。ガーネットの次につづくトルマリンの文章中に登場しているマーゼンジ。ガーネットとの関連には触れていないものの、執筆時にはなんらかの共通点を意識していたんじゃないかという気がする。
ティーファーシーの本を英訳したアブルフーダ氏はこのマーゼンジをアルマンディンだとしている。翻訳者の洞察もするどくて感心した。
ところでこのマーゼンジ、アラビア語の定冠詞「アル(al、ال)」をつけると、「アルマーゼンジ」になる。「アルマンディン」に似て聞こえるのは気のせいだろうか。
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最後に、わたしの持っているスターガーネットのビーズを紹介しよう。色が濃いのでたぶんアルマンディンだ。直射日光や強いスポット照明をあてると、表面に鋭い光線があらわれる。理屈はサファイアの時に書いたのとおなじで、ルチルの針状インクルージョンの反射による。
サファイアとちがって、ガーネットには光線が4条のものと6条のものがある。うまく撮れなかったけど、ビーズの表面をよく見ると4条と6条が連続している。4条と6条の違いは、どうも見る角度による違いのようだ。
ガーネットの結晶は、もっとも対称性の高い立方晶系。研磨される際、方向性はあまり意識されないのだろう。研磨の向きによってスターは4条にも6条にもなる。ビーズが球体だからこそそれがわかった。
見出し画像のような、石材のなかに入っているガーネットはだいたいが透明度が低くて暗い色をしている。透明度が低いということはインクルージョンをたくさん含むということ。石材からガーネットを取り出して球体やカボションに研磨したらスターがあらわれるだろうか・・・なんて妄想をしてしまう。
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