【評伝】湯浅譲二先生--「前衛」の可能性と多様性を示した作曲活動の軌跡

去る7月21日(日)、作曲家の湯浅譲二先生が逝去しました。享年94歳でした。

湯浅先生が慶應義塾大学医学部を中退して作曲を志し、武満徹らが結成した実験工房に1952年に参加して以来、一貫して前衛作曲家として活動してきたこと、さらにはカリフォルニア大学サンディエゴ校の教授を務めたほか、日本でも教壇に立ち、後進の指導に尽力してきたことは広く知られるところです。

「前衛とはスタイルではなく創作に対する姿勢である」「音楽は自らの世界観、宇宙観の反映であるべきだ」[1]と主張する湯浅先生は、70年を超える創作活動の中で常に第一線で活躍してきた、文字通り日本の現代の音楽を牽引する存在でした。

そして、創作に対する姿勢としての前衛、世界観や宇宙観の繁栄としての音楽を追求してきた湯浅先生の創作の根本にあるのは、子どものころに謡を5年ほど学んだ経験で、五線譜に向かい合うと「ヨーロッパ人のような気持ち」[2]で音楽を作るという感覚でした。

こうした感覚が、作曲家の宇宙観が音楽の基礎にあり、その宇宙観を形成するのは生い立ちや個人の経験という個別的な事象でありながら、個別的な事象の中に含まれる普遍性や人類共通の側面が存在するという複合的な状況に対して、日本で生まれ育った自分は、日本の伝統を無視することは不可能であり、西欧の音楽を深く追求するのと同じように日本の音楽もその深奥まで探らなければならないという立場へと繋がりました。

その結果、組曲『芭蕉による情景』、交響組曲『奥の細道』、室内楽曲『相即相入』、あるいは『原風景』などの作品が作り出され、日本的な心性と称される要素を多様な手法で表現する、独自の音楽が人々の注意や関心を引き付けてきたのでした。

一方、自らの作曲技法や音楽理論を山口県で開催された秋吉台国際20世紀音楽セミナー&フェスティバル及び秋吉台の夏において作曲を志す学生に伝え、新たな世代に継承されています。

また、文化人類学者の川田順造先生との対談をまとめた『人間にとっての 音⇔ことば⇔文化』(洪水企画、2012年)では、川田先生が文字に過度に依存する現代の文化の危うさと、アフリカのモシ族での参与観察の結果得られた非文字文化の重要さと音の文化の意義を論じ、湯浅先生が松尾芭蕉の作品を通して日本人の自然観のある方を取り上げ、音楽や芸能、擬音語、擬態語、さらに刊行の前年に発生した東日本大震災に至るまで、幅広い話題が検討されており、湯浅先生の音楽観だけでなく、人間や世界に対する見方を直接的に知るための格好の一冊となっています。

最晩年の湯浅先生は脳梗塞や肺炎などで入退院を繰り返し、リハビリを行いながら作曲活動を継続することになりました。

それでも、2008年に作曲したマンドリン・オーケストラのための『哀歌』を管弦楽版への編曲を行い、2023年7月に「『哀歌』オーケストラのための」として完成させるなど、文字通り生涯にわたり作曲を行ったのでした。

そして、2005年2月3日(木)にサントリーホールにおいて日本フィルハーモニー交響楽団が開催した「作曲家プロデュース・コンサート」の第3回「湯浅譲二の巻」を鑑賞し、湯浅先生の4つの作品とそのお話を直接聞くことが出来たのは、私にとって得難い経験でした。

「前衛」という言葉の持つ広がりと可能性を追求し続け、理知的で分析的でありながら細やかな感情の揺らぎを決して見逃さなかった湯浅先生の音楽は、これからも重要な作品として世界中の各種の講演で取り上げられ続けることでしょう。

湯浅譲二先生のご冥福を改めてお祈り申し上げます。

[1]「前衛」湯浅譲二の豊かな音楽世界. 日本経済新聞, 1999年8月27日朝刊40面.
[2]音楽から探る精神の普遍性. 日本経済新聞, 1997年5月25日朝刊22面.

<Executive Summary>
Critical Biography: Professor Emeritus Joji Yuasa, a Composer Who has Demonstrated the Possibility and Multiplicity of Avant Garde (Yusuke Suzumura)

Professor Emeritus Joji Yuasa, a composer, had passed away at the age of 94 on 21st July 2024. Professor Emeritus Yuasa was a composer who had demonstrated the possibility and multiplicity of "avant garde" through his works.

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