石破茂首相が堺屋太一を引用した意味は何か

昨日、臨時国会の会期を終えるにあたり、石破茂首相が記者会見を行いました[1]。

その中で堺屋太一の『三度目の日本』(祥伝社、2019年)を取り上げて今後の日本のあり方について言及しました。

堺屋は富国強兵時代の「強い日本」と高度経済成長後の「豊かな日本」を経て、「楽しい日本」こそがこれからの日本のあり方であると指摘します。

この点について、石破首相は、感覚的に分かりにくい「楽しい日本」とは、「多様性の時代にあって、自己実現の場として地域の魅力を高め、都市と結びついた」[1]日本であるという理解を示しています。

石破首相の理解は、自身が長年取り組んできた地方活性化の延長上にあり、その意味で牽強付会のおそれのあるものでもあります。

一方、ここでわれわれが注目すべきは、11月の所信表明演説で取り上げた石橋湛山に加え、新たに堺屋太一が参照されたという点です。

周知のとおり、堺屋はその生涯において歴史小説から実用書まで、多岐にわたる分野の著作を残しました。

とりわけ、『時代末』下巻(講談社、1998年)の中で、官僚の取り組みの多くが「国内向けの点数稼ぎ以外の何物でもない」と指摘したこと[2]は、本人が通産官僚であったことを考えれば実に含蓄に富むものでした。

ところで、『時代末』において堺屋が議論した内容について、「官僚」を「政治家」に、「国内向け」を「選挙区向け」に置き換えれば、「政治家の行いの多くが選挙区向けの点数稼ぎ以外の何物でもない」ということになります。

これは、「有権者のごきげんとりはしないつもりである」という発言して人々の耳目を集めた、首相就任時の石橋湛山の主張に通底する観点です。

しかも、昨日成立した政治改革関連3法案について、石破首相は「身内の論理、あるいは身内の理屈」[1]と発言しています。

ここでの「身内」は言うまでもなく国会議員のことであり、選挙区の有権者に向けて政治改革に取り組む姿勢を示しつつ、実際には様々な例外を設けることで従来の枠組みを温存するといったあり方を排除したという石破首相による成果の強調となります。

もちろん、調査研究広報滞在費の使途の公開についても、前身である文書通信交通滞在費の創設の過程に着目すれば、国会議員の自由な政治活動を行うために導入されたものですから[3]、本来の趣旨から逸脱した使われ方が問題の根源であることは明らかです。

従って、意義ある制度を適切に使用しない、あるいは使用できない国会議員たちのあり方を改めることは政治改革関連法案の改定に劣らず重要であり、こうした基本的なことを行わなければ、「身内の理屈」を乗り越えたとは言えません。

それでも、かつて官僚の「点数稼ぎ」を批判した堺屋太一は、自由闊達な議論こそ議会政治の根本であると説いた石橋湛山とともに、石破首相にとって自らの政策を遂行するための重要な指針になっていることの意義は失われません。

むしろ、石破首相が過去の人物たちの発言や著作の引用を通して日本と世界の政治の歴史への理解をより一層深め、より的確な判断を下せるのであれば、石橋にとっても堺屋にとっても、喜ばしいということになるでしょう。

[1]石破内閣総理大臣記者会見. 首相官邸, 2024年12月24日, https://www.kantei.go.jp/jp/103/statement/2024/1224kaiken.html (2024年12月25日閲覧).
[2]堺屋太一, 時代末. 下巻, 講談社, 1998年, 105-111頁.
[3]濱野雄太, 文書通信交通滞在費の創設及び改正経過. 調査と情報, 第1175号, 2022年, 1-13頁.

<Executive Summary>
What Is the Meaning of Prime Minister Shigeru Ishiba's Mention of Sakaiya Taichi? (Yusuke Suzumura)

Yesterday, Prime Minister Shigeru Ishiba held the press conference on the occasion of the closing of the Extraordinary Session of the Diet and mentioned the discussion of Sakaiya Taichi. On this occasion, we examine the meaning of Prime Minster Ishiba's mention of Sakaiya.

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