「菅首相の退陣」と「小泉環境相の進言」はいかなる意味を持つか
菅義偉首相が自民党の総裁選挙に出馬せず、事実上の退陣を決めた背景には、小泉進次郎環境大臣の「退くという選択肢もある」という進言があったとされます[1]。
「任期満了選挙」案を主導した森山裕国会対策委員長と退陣論を唱えた小泉環境相はいずれも菅首相の側近とされており、両者の対立によって菅首相の考えが決まらず、最終的に「総裁選に勝利し、解散するのが王道」という小泉氏の意見[2]を容れ、勝利の見込みが覚束ない総裁選への出馬を辞退したというのが、通説的な見立てです。
確かに、側近の助言に従い、自らの進退を決めたとすれば、菅首相は個利個略ではなくより俯瞰的な視点から状況を判断したと言えるでしょう。
その一方で、内閣総理大臣という行政府の長の地位にあるのが菅義偉首相その人であることは明らかです。
首相という「最高地位にあるものは、自分の進退を誰に相談することもなく、自分自身で判断しなければならないものですよ」と指摘したのは、岸信介でした[3]。
すなわち、岸は首相たる者はたとえ血を分けた兄弟であるとしても自らの進退を尋ねたり、その意見に従うべきではなく、自らの地位は自らの判断によって決めなければならないと強調します。
こうした岸の指摘は、肉親であっても自らの率いる派閥や属する勢力の思惑や様々な事情から完全に逃れることは難しく、中立的な観点からの助言は出来ないという意味で、正鵠を射るものです。
そして、小泉氏の場合は「総裁選に勝利し、解散するのが王道」という自らの考えに基づいた進言を行ったのであり、菅首相の存念とどこまで一致していたかは定かではありません。
そのため、小泉氏は自らの進言によって菅首相が自分自身の判断で進退を決する機会を奪ったと言えるかも知れません。
もとより、たとえ最側近の助言であるとしてもそうした意見に従って進退を決めるという時点で菅首相は「最高地位」にある者に求められる能力を欠いていたと考えることもできるでしょうし、小泉氏の助言は総裁選への不出馬という不名誉な事態を取り繕うための格好の口実であったかも知れません。
その意味で、菅首相の退陣は、改めてわれわれに「最高地位者の進退のあり方」を考えさせる重要な機会となったと言えるでしょう。
[1]延命策突き コロナ、迷走重ね. 毎日新聞, 2021年9月4日朝刊3面.
[2]小泉氏直言 悩める首相. 読売新聞, 2021年9月3日朝刊4面.
[3]原彬久, 岸信介証言録. 毎日新聞社, 2003年, 295頁.
<Executive Summary>
Why Did Prime Minister Yoshihide Suga Take Environment Minister Shinjiro Koizumi's Advice? (Yusuke Suzumura)
It is said that Prime Minister Yoshihide Suga took advice from Environment Minister Shinjiro Koizumi for his resignation. It seems somewhat curious situation for us, since the person of the highest position shall decide one's advancing and retreating without any other advice or comment.