石破茂首相の第216回臨時国会における所信表明演説はいかなる意味を持つか

本日衆参両院の本会議で行われた石破茂首相による所信表明演説が行われました。

冒頭では、石橋湛山が1957年の第26回通常国会に際して執筆し、病気加療中のため岸信介外相が首相臨時代理として代読した施政方針演説から「国政の大本について、常時率直に意見をかわす慣行を作り、おのおのの立場を明らかにしつつ、力を合せるべきことについては相互に協力を惜しまず、世界の進運に伍していくようにしなければならない」と引用し、与野党が自らの信じるところに従い、忌憚ない議論を行うことで国政をよりよい方向に導くことの重要性を強調しました。

石橋湛山を理想の政治家とする石破首相ならではの引用であるとともに、この箇所は石橋の理想主義をよく反映しています。

すなわち、石橋は、以下のように説きます。

政治において最も危険なることはイデオロギーを根底とする絶対主義だ。何国とは絶対に両立することは出来ないとか、何団体とは根本的に相並び立つことが出来ないという如きだ。政治において、経済において、また国際関係において、こうした絶対主義的立場に立てば、その行きつく先は、対手を征服し、乃至は屈服してしまうことで、それまでは満足する境地はないのである。そしてこの結果は、国際的には極端なる帝国主義、国家的には独裁政治になるであろう。[1]

共産主義、資本主義と二つに分つが、その起りはむかしわれわれ人類の幸福を願ってあらわれた二つの主義が、どこまでも闘争を事とし、人間を不幸に陥れるなどということがあろうはずはない。[2]

これらは、イデオロギーの持つ分断的な力を拒んだ石橋の姿を象徴的に示します。

ところで、石破首相が引用した箇所は、前後を合わせると以下の内容となります。

二大政党による国会の運営が、真に国民の期待に沿い、国民の信を一そう高めるためにとるべき方途は一、二にとどまりませんが、その中でも、特に、自由民主党及び日本社会党の両党が、外交を初め、国政の大本について、常時率直に意見をかわす慣行を作り、おのおのの立場を明らかにしつつ、力を合せるべきことについては相互に協力を惜しまず、世界の進運に伍していくようにしなければならないと思うのであります。国会に国民が寄せる信頼は、民主主義の基であります。これにいささかなりともゆるぎがあってはなりません。そのためには、個人としてはもとより、公党の立場においても、清廉はつらつの気風をふるい起こし、常に国家の永遠の運命に思いをいたし、地方的利害や国民の一部の思惑に偏することなく、国民全体の福祉をのみ念じて国政の方向を定め、論議を尽していくように努めたいのであります。[3]

石橋湛山は、絶えず国民全体の福祉を党利党略、個利個略に優先した政治家でした。

その様な姿は、例えば選挙において選挙区に何らかの利益をもたらすことを約束するような演説は行わず、支援者たちを当惑させたものでした。

今回の所信表明演説は、石破首相はそのような石橋の理想主義を受け継いでいることを推察させます。

それとともに、石橋は自らの目指す理想を実現するために、時に目の前の敵対勢力と妥協したり、譲歩することもいとわない政治家でした。1956年12月の自民党総裁選挙で対立した岸信介を副総理格の外相として迎えたことや、自由党時代に対立してきたものの、保守合同後は無所属であった吉田茂を自民党に招じたことなどは、そのような石橋の姿の表れでした。

これは、換言すれば現実主義的な態度であり、こうした姿勢が惜しまれつつも65日で退陣する決断と、その後の復権をもたらしました。

それだけに、所信表明演説で石橋湛山を引用した石破首相には、ぜひとも石橋の理想主義者としての側面とともに、現実主義者としての姿も継承してもらいたいと願うところです。

[1]石橋湛山, 林内閣は何故政党を排撃する. 石橋湛山全集, 第10巻, 2011年, 75頁.
[2]石橋湛山, 湛山座談. 岩波書店, 1994年, 192頁.
[3]官報. 号外, 1957年2月4日, 1頁.

<Executive Summary>
What Is the Meaning of Prime Minister Shigeru Ishiba's General Policy Speech at the 216th Extraordinary Diet Session? (Yusuke Suzumura)

Prime Minister Shigeru Ishiba made the General Policy Speech at the both Diets on 29th November 2024. On this occasion, we examine the meaning of this speech.

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