White Deer@宮城 (ひとり旅エッセイ)
東北ひとり旅2日目。
石巻で海鮮丼を食べた後、牡鹿半島の方をドライブしました。
海鮮丼のエピソードはこちら↓
そこに詳しい住所はない。
それは一応10年間の期間限定として公開されているもの。
だからもちろんカーナビには表示されない。
石巻の街を外れて、牡鹿半島へと渡る。
いくつかの緩やかな山を越えて、小さな漁港へと下る。
本当に車で入って大丈夫なのかな、と不安になりながら、牡蠣の養殖場の間を徐行で通り抜ける。
捨てられているのか、時期が来たらまた使われるものなのか、数えきれないほどのブイがそこら中に積まれている。
少しでも運転にミスが生じれば海に落ちてしまうような狭い道。
ゆっくりと抜けると、そこにはただの空き地が広がる。
そこが公式の駐車場とされている。
ここからは徒歩。
左手は海、右手には森が広がっている。
右手からクマ的な何かが襲って来たらもう終わりだという道を、無防備な姿で数分間歩く。
目線の先に見えた姿は、想像よりも大きく、想像よりも眩しかった。
2017年より定期的に「Reborn-Art Festival」というアートと音楽と食の総合芸術祭が、ここ石巻市を中心に、被災地支援や地域おこしを目的として開催されている。このイベントは「ap bank」が主催しており、音楽プロデューサーの小林武史さんが実行委員長を務めている。
開催期間でなくても、市内各地に点在しているパブリックアートは通年で楽しむことができる。
今僕の目の前に荘厳に佇む「White Deer (Oshika)」はそのパブリックアートのひとつであり、この「Reborn-Art Festival」を象徴するオブジェだ。
2021年3月11日。
震災から十年が経ったその日に放送された音楽特番では、まさにこの場所で、小林武史さんとMr.Childrenの桜井和寿さんが「花の匂い」というMr.Childrenの名曲を歌い、捧げた。
その音と映像から、僕は凄まじい祈りの力を感じた。
昔から大好きだった「花の匂い」という歌が、もうひと段階特別になった瞬間だった。
僕はどうしてもここに来たかった。
どうしても、それも20代のうちに、ここで祈りたかった。
真っ白なシカと僕はずっと向かい合いながら、ゆっくりと時間が過ぎていく。
そこに人間は僕以外に誰もいない。
車の音も聞こえない。
ただただ静かな波の音が、やわらかい風に乗って聞こえてくるだけ。
スマートフォンから「花の匂い」を流し、枯れ枝に腰をかける。
足元はさらさらとした砂浜ではなく、これは全て貝殻のようだった。綺麗な形のままの帆立の貝殻、サザエの貝殻、牡蠣の貝殻。
目を瞑ったり、無理に何かを思ったりしなくても、この場所で静かに息をしているだけで、それはもう祈りだった。ここにはいない誰かへの祈りでもあるし、確かにここで息をしている自分への祈り。
久しぶりに「生きている」と心から実感することができた瞬間だった。
東京生活は、寂しい。
人がたくさんいるから寂しい。
電車の中でも、街でも、特に会社でも、ずっとSNSの中にいるみたいでキツすぎる。
真っ白なシカの足に触れる。
アートとのボーダーはなく、もちろん触れていい。
この小さな海辺にひとりでいる今、ここ最近でいちばん孤独を感じていなかった。
僕はちゃんと生きている。
ただこうやって「生」を実感したからといって、別に「よし、またあのSNS社会で頑張ろう」と立ち上がらないのが、僕だ。
何度目かの「花の匂い」が流れる。敢えて目を瞑ってみる。この波の音はずっと聴いていられるし、風は気持ちいいし、真っ白なシカとの言葉のない会話はやめられない。
僕は、これからはちゃんと「生きている」と実感し続けられる時間を過ごしていこうと誓って、シカに別れを告げた。
きっとまた再会に訪れるだろう。
シカと別れた僕は、牡鹿半島の東端へとさらに車を走らせ、御番所公園で絶景を見た。ウグイスが大合唱をしていてとても気持ちよかった。
海を見ながら、そして山の緑も感じながらの牡鹿半島ドライブは本当に心の栄養になる。
そんなことを呑気に考えていたら、目の前に一羽のキジが現れて、僕は思い切り急ブレーキをかけた。
「あ、どうも。いきなりすみませんね」
キジはそう言うかのように首をコクリとさせ、のんびり山の中へ歩いていく。
「いいんだよ、ゆっくりで」
キジの無事を見届けて、僕は石巻市街へと戻っていった。