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Jリーグ 観戦記|疾走のボルテージ|2020年J1第31節 FC東京 vs 広島

 井の頭線の車内は明るい光に包まれている。扉に身体の重心を傾けた。明大前。下北沢。調布。西方への旅。同じ東京でありながら、車内に響く声や車窓を流れる風景は新鮮に映る。まるで異世界に入り込んだかのようだ。

 青と赤に身を包んだ人々が車内から吐き出される。回し車に乗ったかのように、足取りは一様に速い。味の素スタジアムが彼らを、そして、僕を呼んでいる。

 手指をひんやりとした消毒液が刺す。額にかかる髪を上げ、体温が計測された。場内には『You’ll Never Walk Alone』が微風を受けた旗のように、ゆったりと流れる。黄から橙へと色を変える風景。多くの人の気配が立ち込める。新たな生活様式により、興奮は制御されている。しかし、人々が発する興奮はしっかりと空気に宿る。

 席につき、上空を見上げた。屋根に切り取られた綿のような雲。僕は小さくも、濃度の高い幸福を感じた。太陽と青い空とサッカー。それがあれば、僕は幸せだ。

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 ハイライン、ハイプレス。広島は大半の選手たちを相手陣内へと送り込む。その陣形は高密度。両翼の茶島と東が高い位置に張った。中央の森島と浅野が連動し、サイドを起点に間隙を探し求める。五人が並ぶ前線。選手たちは入れ替わり、立ち替わる。内と外に見出した二つの選択肢がFC東京にシュートの雨を浴びせた。

 広島陣内に広がる、草原のように広大な空白。それはFC東京の獲物だ。後方からのロングボールが地を這う。ボールへと突進するアダイウトン。セカンドボールの回収も含めた、FC東京の定石。ディフェンスラインと前線で完結する物語。

 その中で輝く、品田愛斗。台風の目のごとく、中央に構えて組織に均衡をもたらす。そのプレーは相手の想像を超え続ける。瞬時に前を向く、俊敏な身のこなし。相手を手玉に取る優雅なフェイク。センチ単位で通す鋭利な縦パス。前方へと傾けた守備陣の意識を裏返す、後方へのロブ。一人だけ異なる時間軸でプレーしている。FC東京の合理的なサッカーの中でそう思わせる、異質な存在だ。

 広島の攻撃から得点の匂いが徐々に失われていく。城塞を築くかのように、FC東京はペナルティエリアの両側に選手を配した。流れるような広島の攻撃は堰き止められる。そして、生命線のカウンターがまばゆいばかりに放たれる。こちらに向かって矢が飛んでくるかのように、時間を追って鋭さを増す。眼前の余白へと駆け上がる、内田と中村帆高。空白を制し、自由を得る。勝ち取った自由によって解放される才。

 FC東京の選手たちが疾走する姿は僕を興奮させた。繰り出される走りは展開に風穴を開ける。ゴールを脅かす者と守る者の衝突。紺野が終盤に見せた鬼気迫るプレス。猛攻に耐え、試合を掌握したチームの熱がそのまま乗り移ったかのようだった。

 大陸から帰還したFC東京。環境の変化。疲労の蓄積。不利な戦いを跳ね除けた、若き血の躍動が胸を打つ。

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FC東京 1-0 広島

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