
Jリーグ 観戦記|存在の証明|2020年J1第25節 川崎F vs FC東京
青の階調。その果てには橙が瞬く。凛とした気配に身を委ねる。多摩川クラシコ。川崎と東京を分かつダービーが人々を吸い寄せる。日常への回帰。人は人とつながり、世界に熱をもたらす。
スタジアムの前には出店が並ぶ。ケバブが放つ芳香に満たされながら、七番ゲートへと進んだ。一点の曇りなき夜空の下、等々力陸上競技場が星のごとくきらめく。
水色に染められた外周。照明を反射し、照りが生まれる。エナメルを身につけたかのようだ。眼にするたび、この色への街と観客の愛が伝わる。その中で緑の舞台は浮かび上がる。
一月を経た再戦。押す川崎。引く東京。その構図は変わらないだろう。前回の敗戦を受けた川崎のアプローチ。基本形とする両翼からの攻略。相手の緊密な守備から転じるカウンターへの対処。自らの存在を証明する戦い。試合の焦点に意識を注いだ。
生物のごとく、試合の様相は刻々と変化する。東京が中盤に張った網。目の細かい守備が川崎の前に立ちはだかる。ポゼッションとカウンター。不思議はないが、試合はルヴァンカップの流れを汲む。網目を伸ばす、レアンドロ・ダミアンへのロングボール。川崎の手元にはないであろう、そんな手札が脳裏をかすめる。
獣道の先に存在する、光射す場所へ。東京の守備を、川崎は速く、細かいパスで崩していく。遠近を織り交ぜた緩急。粒子はぶつかり合い、獣道を拓いていく。
レアンドロ・ダミアンと家長によってもたらされたペナルティキック。その一点は川崎に羽を与えた。よどみない攻撃と守備。二つは流れるようにつながっていく。川崎の象徴と言っても過言ではない。パスは動きを呼び、動きはスペースを創り出す。家長は時に左サイドの攻撃に加勢した。ボールを失っても、水色は一網打尽を試みる。混沌。それは等々力に光を導く。
一点差が続く。東京のゴール脇をボールが転がっていく光景を幾度も眼にした。しかし、試合の色は瞬時に青赤に染まる。東京の主役。ディエゴ・オリヴェイラが隙間を縫うようなシュートを川崎のゴールに蹴り込む。左サイドへの侵入。ボールを引き出し、田中とジェジエウを巧みな身のこなしで翻弄した。冷気が場内を流れる。
訪れた均衡。緊張感の高まりとともに、世界は色を変える。東京の生命線。高速のミニマル・カウンター。ディフェンスラインと前線が広がり、レアンドロ・ダミアンと三笘を核としたカウンターを川崎も繰り出していく。
流れは緩やかに川崎へと傾く。地力の差とも言える。この試合における象徴的な場面が幕を開ける。
自陣に城塞を築いた東京。高い壁を前に三笘はボールを足元に置く。観客の視線が集中する。三笘と中村拓海。右へ。そして、左へ。長い手足を駆使したドリブルは優雅な舞を彷彿とさせる。ゴールとの距離を縮め、左へ一閃。中村を抜き去り、折り返した先には中村憲剛がいた。線でつながる点と点。ゴールネットを伝うボール。跳躍と右拳。歓喜の姿は絵画のように鮮明な残像を残した。
交代で下がる中村憲剛。観客による万雷の拍手が彼を包む。檜舞台を千両役者が自分色に染めた。
敗戦は川崎を信念へと立ち返らせた。より強く、より精倒に。技術と動きの結合。相手を押し込んだ崩しに加え、ショートカウンターとロングカウンターも駆使する攻撃。その圧倒的な存在感に漆黒の夜空は輪郭をもたらす。一万人以上を飲み込んだ等々力陸上競技場には清冽な空気ともに幸福な時間が流れていた。
川崎F 2-1 FC東京