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日本代表 観戦記|答えなき問い|アジア最終予選 日本 vs サウジアラビア

 全身の細胞が研ぎ澄まされるような試合を渇望していた。日本対サウジアラビア。ワールドカップ・カタール大会の出場権を左右する一戦を前に、埼玉スタジアム2002の姿が何度も脳裏に浮かんだ。期待。興奮。焦燥。安堵。その舞台はどんな感情を僕に授けてくれるのだろう。数日前から去来する光景を胸に、感情に起伏が生まれていることを肌で感じていた。

 日本も起伏に満ちた冒険を続けていた。旅の始まりから、視界の先には霧が立ち込めていたように感じる。岩に躓き、落石にも見舞われた。苦しみながらも、足元を見つめて一歩を踏んできた。世間の代表への関心が薄れていることを肌で感じる。しかし、忍耐の日本が刻んだ足跡の価値が損なわれることはない。カタールへの旅路は終わりに差しかかっている。この旅路は日本に何を残すのだろう。その果てにはどのような景色が広がっているのだろう。

 試合の始まりを告げる笛が鳴る前から興味は湧出する。戦術を変えた日本に対し、サウジアラビアはどのようなプランで臨むのか。日本の生命線たる中盤の三枚は攻撃に道筋を作り、相手の攻撃を封殺できるのか。引き分けで御の字のサウジアラビア。守りを固めた相手からの得点と勝利。それは日本にとって積年の課題と呼ぶのは大袈裟だろうか。歴史の転換点となり得る未知の物語に思いを馳せた。

 午後の静寂を南北線は走る。ポスト・マローンと横山秀夫が時間の隙間を埋めてくれた。東川口駅を通過し、夕日が背後から線路を照らす。長い地底の旅が終わる、この瞬間が僕は好きだ。日常には色がある。そして、その美しさを再認識させてくれる。ワールドカップ・日韓大会から二十年。夕暮れの湖上に佇む白鳥のように、埼玉スタジアム2002は悠然と翼を横たえる。

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 周囲は漆黒に染まる。光線がその間隙を縫い、光源に僕は導かれる。あてがわれた席に腰を据えた。視界のピントが定まる。大きく開いたサウジアラビアの両翼に眼が奪われる。遠藤航の両脇へと忍び込むフィラス・アルビラカン。そこを起点に日本のディフェンスラインに切り込みが入る。しかし、その穴が広く切り裂かれることはなかった。

 伊東純也は駆け抜ける。強く、しなやかに。止める者はいない。伊東は相手を奪い続けた。視線を。時間を。果ては得点も奪った。そのゴールは彼自身が乗り移ったかのように強烈だった。蹴った瞬間にネットを揺らすことを予感させるシュートがある。伊東が放ったシュートはその典型だ。躍動する姿は熱風のごとき。身体が冷えていたからこそ、その熱がピッチ上に赤く浮かび上がる。

 田中碧と守田英正。疑いなき日本の原動力。その上下動は衰えることを知らない。ボールが前線へと流れる水脈を作った。前線へと飛び出し、攻撃に厚みを加えた。次の瞬間、その姿は後方で守備に奔走する。この競技の要点を押さえたかのような理知的な動きに視線は吸い寄せられる。縦横無尽に動く身体。反転。ひねり。繊細なボールタッチ。彼らがボールを、日本を突き動かした。圧倒的な存在感を前にして、感嘆の声が湯水のように溢れ出た。日本の心臓は最後までチームの隅々に酸素を送り続けた。

 穢れなきクリーンシート。板倉滉と谷口彰悟は吉田麻也と冨安健洋の不在を感じさせず、零を並べた。サウジアラビアは遠藤航の両脇を日本の急所と捉えていたのかもしれない。しかし、組織は最後まで瓦解することはなかった。術を失ったサウジアラビアは失速した。袋小路に追い込まれるかのように、その攻撃は日本の守備を超越することはなかった。日本が描く上昇気流に飲み込まれたのか。日本の寒気に蝕まれたのか。サッカーにはさまざまな気流が流れている。選手とチームのバイオリズム。環境の変化。萎みゆく姿を眺め、そんな感想も頭をかすめた。

 込み上げる感情は一つではない。それは多くのうまみや調味料が混ざった料理のようだ。勝利した安堵が大半を占める。しかし、それが心臓の奥から込み上げる安堵かと言えば、そうではない。この感情は楽観とも表現できる。楽しかった。気楽だった。そんなライトさが感情の中に溶け込んでいる。私見でしかないが、スタジアムもそんな雰囲気に支配されていた。勝利が求められる状況だった。しかし、その場に瞬間移動したと仮定し、僕はそのことに気づかなかっただろう。それと同時に、日本代表を取り巻く華やかさも薄れていた。無数のフラッシュ。響き渡る、甲高き声音。重くも軽くもない、平穏な空気が肌に貼りついた。

 新種のウィルスによって世界が変わったからか。海外に飛び出した選手たちにより、日本のレベルとスタンダードが向上したからか。日本は素晴らしかった。日本の急所に象徴される自由は完成度の高い秩序を生んだとさえ思わせる。カタールへと続く道も眼前に姿を現した。順風満帆。しかし、僕が体感した平穏さのほうが印象に残る。ピッチとスタンドが一つだった。今もそうだろう。しかし、以前は「もっと」一つだった。これは成熟を意味するのか。答えなき問いに出会った一戦だった。

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日本 2-0 サウジアラビア

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