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Jリーグ 観戦記|肉食サッカーの咆哮|2020年J1第29節 横浜FM vs 札幌

 マリノスのサッカーを表現する上で、「肉食系」という言葉が頭に浮かぶ。「ロックンロール」「アバンギャルド」「ハードパンチャー」なども続いた。それらのほうが字面としてはクラブの体裁に合っている気もする。しかし、試合を振り返ると、冒頭の言葉が適切だと感じてしまう。

 ユルゲン・クロップは自身が指揮するリヴァプールのサッカーを「ヘヴィメタル」と形容した。そのサッカーを言語化するとすれば、「ハイプレス」「ハイライン」に象徴される、「攻撃的な守備を軸とした、極端なまでに攻守に攻撃的なサッカー」と僕の中では捉える。その世界最高峰の苛烈さに比べてみても、マリノスのサッカーは負けずとも劣らない魅力を秘めている。

 混み始めた電車の中でつり革につかまり、僕は今夜の試合に思いを馳せる。新横浜駅に降り立ち、足早に歩を進めた。意識が分散しているせいだろうか。仕事の電話を耳に当てながら、一秒ごとに毛穴から汗が吹き出す。そして、微風が全身を緩やかに駆け抜け、吹き出した汗を冷やす。

 僕の好きな風景が眼の前に広がる。浜鳥橋を渡り、木陰から顔を少し突き出すようにして遠くに目的地の日産スタジアムが視界に飛び込む。その外観は鉄を重ねた要塞のようで、神秘的な印象さえもたらす。生きたサッカーを拝める舞台が僕を待つ。歩みは自然とシフトアップを重ねる。トリコロールのタイダイ染めのような夕空が僕の心にサッカーという名のアルコールを注ぐ。スタジアムと空はよく似合う。

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 場外で眼に入ったケバブを買い、口に運びながら入場した。席はメインスタンドの端だ。僕の口はケバブをかみ締めながら、足はそれと同時に日産スタジアムの地を一歩一歩噛み締めていく。誕生日ケーキのろうそくについた火を消す前の瞬間を僕は思い起こす。ゲートを潜るまでのこの時間は何物にも代え難い。場内ではアヴィーチーの『Wake Me Up』が流れ、僕のサッカーに向ける意識も時間を追うように加速していることを肌で感じる。

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 席に腰を落ち着けた時には、空は墨を垂らしたように黒く染められていた。その下にマリノスの象徴でもある、青い海のようなスタンドが広がる。七万人以上を収容するスタジアム。その空間に一割にも満たない五千人が身を置く。その場に立ち込める静寂が輪郭をなぞるように際立つ。

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 場内は一転、暗闇に支配される。きら星のように輝くネオンライトが揺れ始める。Jポップのコンサート会場を彷彿とさせる演出だ。管楽器の音色が響き渡る。光を全身に受け、選手たちが洋々とピッチという名の大海原へと闊歩する。吐息のような風が頭上から舞い降りる。場内に冷房が設置されているのだろうか。その風が僕の頬の辺りをいつまでも漂っていた気がする。結露が出ない程度に僕の心の温度は適度に冷えた状態で、この試合へと臨むことになった。

 この試合を物語に例えるならば、始まりから終わりまで、全てのシーンがクライマックスのようだった。テレビでしか見たことのなかったマリノスのサッカーは全ての局面で勇気と積極性に満ち、頭脳も含めた人間の全身を極限までに行使するサッカーという競技の魅力を存分に体現していた。

 ハイプレスが札幌のディフェンスラインを襲う。サイドへと選手たちを追い込み、スペースと時間を削り取っていく。この後、札幌の選手たちが繰り出す、苦し紛れのロングボールを何度も拝むことになる。

 マリノスは後方でじっくりとボールを回す。ディフェンスラインは鳥が羽を広げるようにワイドに広がっていく。精密な機械のように中盤の扇原と和田がスペースを埋めて出し手の選択肢を増やす。そして、両サイドバックの松原と高野は反対サイドにボールが流れた局面で中盤にスペースを見つけると水が流れるように相手の懐へと侵入する。ボールは円滑なビルドアップから中盤、そして前線へとよどみなく流れていく。

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 札幌の圧力によってスペースを奪われたとしても、チアゴ・マルチンスが間隙を埋めるようにしてドリブルでボール持ち上がる。マリノスを止められるシナリオはあるのだろうか。少なくとも、この試合ではまだあらわになっていない。

 凹凸が全くない素材が地球上にあるとする。それを僕はずっと手で触れていたいだろう。松原と高野の滑らかな動きはその想像と重なる。その動きを眼にしていると、僕の脳はドーパミンを発散してやまない。

 眼前で展開されるサッカーは僕に一定量の水を連想させた。ピッチと同じ比率で加工されたアクリルケースがあるとする。その中にある空間の三割を占める割合で水を流し込む。一方に傾ければ水は一辺に集まり、平らにすれば均等に広がる。

 マリノスは密集とスペースを意図的に作り出す。それを徹底的に繰り返す。一方のサイドにボールと人を集め、その裏にあるスペースを使って攻撃の次の一手へと結びつける。札幌が岩を築くように前線からプレスを仕掛けても、波のごとく岩を飛び越え、隙間を擦り抜けていった。前線にボールを運べば、選手たちが後方から猛然と駆け抜けて空いたスペースへと走り込む。

 不発に終わったとしても、札幌の選手たちを待ち構えるのはハイプレスだ。しかも、並みのプレスではない。磁石に吸い寄せられるパチンコ球のような波に延々とさらされ続ける。プレスをかわしたとしても、ポジションチェンジによって厚みを増した中盤が今度は立ちはだかる。前述したロングボールを前線に蹴ってもチアゴ・マルチンスや畠中が屹立する防波堤のごとく、ボールを跳ね返す。

 水が一辺に集まれば、その裏には広大な空白が生まれる。マリノスの守備に生まれる隙としてはボールから最も遠い位置に生まれるこのスペースだ。プレスをかいくぐり、札幌はサイドへとボールを展開する。菅やルーカス・フェルナンデスがフリーでボールを受ける場面が何度かあった。相手陣内の深くまでボールを運んだこれらの場面で一点でも奪えていれば、異なる結末が待っていたかもしれない。

 マリノスは得点を重ねていく。高野がボールをマルコス・ジュニオールに預け、スペースへと走り込む。扇原のポストプレー。ボールは高野の足元へと転がる。高野からパスを受け、ジュニオール・サントスが右足を振り抜く。弾丸のようなシュートがネットに突き刺さる。スペースの攻略を戦術の土台とする、マリノスの特徴が出たゴールだ。

 しかし、この試合で生まれた四つのゴール全てにそのスタイルが表現されていたわけではない。スタイルはあくまでもチーム戦術のベースだ。二点目はスローイン、三点目はコーナーキックが起点となった。ペナルティエリアの角へと走り込む和田の動きに導かれるようにして松原がボールを投げ入れる。和田が右足でワンタッチのクロス。菅野孝は反応するが、コントロールには至らない。こぼれ球は吸い寄せられるようにジュニオール・サントスの足元に流れ、左足でボールを押し込む。

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 これは憶測でしかない。しかし、インテンシティの高いマリノスのサッカーにさらされ続けた札幌の選手たちの胸中を察すると、ないに等しいレベルではあったとしても、心の空白とも言える隙が生じていたとしてもおかしくはない。ほんの少しの深呼吸。そんなレベルだ。それほどまでにマリノスが展開するサッカーは猛烈であり、フィジカルとメンタルの両面で相手にダメージを与える。

 後半に入ってもマリノスのアグレッシブなスタイルに影が差すことはない。何度も襲い掛かるプレス。スペースを見つけて侵入する軽快な動き。それらの動きにスタンドからの拍手が呼応する。その拍手によって選手たちの勢いが加速したように感じるのは気のせいだろうか。

 55分、仲川とエリキが同じタイミングで投入された。燃え盛る火に油が注がれる。エリキ、仲川、松田、天野の四選手が横一列に並び、ゴールキックの予備動作に入っていた菅野孝と札幌の守備陣に睨みを利かせる。その光景は虎視眈々と獲物を狙う狼の集団を見ているかのようだった。

 祝祭のフィナーレは仲川だ。高野がボールを持って駆け上がる。一人を剥がし、前線で待ち構えるエリキがボールを受ける。ワントラップ、反転。大外からスペースを目がけて走り込む仲川の姿を視界に捉える。エリキから仲川のスピードと歩幅に合わせたショートパス。右足一閃。スペースとインテンシティ。この試合の象徴的なゴールだ。

 ロスタイムに一点は奪われたが、87分に朴一圭が試合のしじまを破るように「最後まで!」と叫ぶ。その声に反応して場内を観客からの盛大な拍手が包む。この空間には健全で良質なサッカーが息づいている。

 試合終了の笛がとどろく。良質なサッカーを眼にした満足感が身体中を循環する。躍動感にあふれた物語だった。いかなるスポーツの試合においても、一つとして同じ内容の試合は存在し得ない。しかし、流動的かつ身体的な優劣の影響が多少なりとも限られているサッカーという競技はその物語性が強いと感じる。高校時代に国語の授業で教師から言われた言葉が頭に浮かぶ。

「物語に無意味な言葉なんて一つとして存在しない。全ての言葉、全ての句読点に筆者が込めた意味があると考えろ」

 両チームの選手たちが披露する技術は当然のことながら、プレス、ポジションチェンジ、スペースを活用する動きなど、ボール保持者以外にも物語性の妙を味わい尽くした試合だった。

 冒頭で「肉食系」と表現したマリノスのサッカー。多くの人々は守備よりも攻撃に重きを置いたスタイルに魅力を感じる傾向が強いのではないだろうか。その点を深掘るとすれば、マリノスのサッカーには相手を圧倒し、大量のゴールを奪おうとするテーゼが存在している。

 攻撃でも守備でも主導権を握り続ける。その姿勢は前向きであり、サッカーという競技の新たな魅力を掘り起こす可能性すら感じる。その積極性、情熱、どう猛さ。「攻撃的=魅力的」とはそういう根拠があるのではないだろうか。

 日本の代表的な港町・横浜に湛える水辺は大波へと変化し、札幌に最初から最後まで自由を与えなかった。肉食獣から発散される精気のようなものを眼前で波打つビッグウェーブに感じた。カモメの鳴き声が僕を見送る。その鳴き声は試合の余韻とともに耳で響き続けた。

横浜FM 4-1 札幌


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