Jリーグ 観戦記|扉と鍵|2020年J1第18節 川崎F vs 横浜FC
流れる車窓が視界に貼りつく。空に灰色のスプレーを吹きかけた。そんな妄想が飛散する。
新丸子駅に降り立つ。空に同化したかのように、視界を灰色が占める。秋雨のせいばかりではないだろう。しかし、力の抜けた空気に僕の心はほのかに温まる。
皿を洗うようにしてカフェで仕事を片づけた。積み上がるメール。下に埋もれていた電話会議。仕事の一拍ごとにアイスコーヒーを挟みながら、集中を持続させる。
カフェを後にして等々力へと歩き出す。橙のイルミネーションが手近のツリーにかけられていた。季節の変わり目がここにある。漆黒に浮かぶ照明は僕の意識を二十年前へとタイムスリップさせる。
未知の世界。Jリーグはそこに踏み込む高揚感を僕にもたらした。照明の輝きはスタジアムの輪郭に光を注ぐ。スマートフォンに眼を落とす。そこには中村憲剛、三浦知良、中村俊輔、松井大輔の名が記されていた。眼の開きに合わせて、頭上に広がる光の放射が伸びた気がする。
水に濡れた青の楽園。湿り気を含んだ風が辺りを包む。メインスタンドから見て右。後方に広がるピッチへと首を回しながら、ゴール裏の二階席へと歩を進めた。青のトラックと夜空。フロンターレ・ツートン。ここは川崎だ。
僕はこの試合から「扉と鍵」という言葉を連想した。閉じられた扉を開き、扉の先に待ち受けるゴールへと進む。
横浜FCは細い崖の上を運転するように攻撃を組み立てた。ディフェンスラインへと下りた佐藤はレアンドロ・ダミアンのプレスを間近まで引きつけ、一瞬の体重移動からボールを通す隙間を作り出す。瞬時の動き直し。中村や松井が浮き出た空白に入り、パスを呼び込む。左サイドバックの志知も慌てない。自らの技術に自信があるからだ。
ピッチ上の縦幅十メートル。横幅を目一杯に使い、川崎にボールを与えない。言い換えれば、川崎のプレータイムを減らし、体力を奪い、リズムを狂わす戦略。
極上のテクニシャンたちが織り成すスペースメイキングとパス交換。それは高級な葉巻をくゆらせるように、僕にとっては至福の時間だった。白い鳥が優雅に夜空を舞っているのを僕は眼にする。中村俊輔の軽やかな身のこなしがその動きとシンクロした。
当然のことながら、高い位置でのボールロストは失点へと直結する。川崎のハイプレスは鋭利なナイフのごとく鋭い。実際に危険にさらされ、旗手にもゴールを奪われた。しかし、強者を相手に勇敢な戦いを選んだことが、この試合の熱を上昇させた。
スペースと得点は同義だ。川崎は密集を作り、その先に生まれたスペースへとボールを運ぶ。羽を広げるように、齋藤がタッチライン際に構える。接近する登里。ニアスペースに出現する空白地帯。中村や田中が侵入する。チェックメイト。扉の先には光にあふれた世界が広がる。「寄せて、遠く」、僕はそんな言葉をつぶやいていた。それはチームに関係なく、この試合で生まれた好機の前提だったからだ。
等々力を包む風は雨粒を夜空にかけられた絹のように仕立てた。天から降る水滴は視界を濡らす。しかし、僕は眼を離すことができなかった。幾度も開き、幾度も閉じられる扉。刻々と変化する錠。動きを止めない、鍵の担い手たち。視界が雨で遮られても、僕はこの試合を凝視していたかった。
川崎F 3-2 横浜FC