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Jリーグ 観戦記|アウトボクシング|2020年YBCルヴァンカップ決勝 柏 vs FC東京

 宝石の表面を磨くように、生まれ変わった国立競技場で過ごす時間を味わった。木の温もり。真珠のように艶めく内外壁。スタジアムの空気には塵一つ浮かんでいない。しかし、そこには厳粛な気配が漂い、透明な霧が立ち込めているような錯覚を覚える。

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 スタジアムは色で二分される。黄と青赤。明確な色の対比は、祝祭の到来を告げる。初めて訪れたルヴァンカップの決勝。心の中で鳴り続けたアンセムがスタジアムを支配する。胸の奥から感情が溶け出す。瞳を閉じ、その移ろいに浸った。

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 緑の上に広がる深海。FC東京がハーフウェーライン付近に築いたブロックはどこまでも深く、地平線まで続く海を僕に連想させた。その波は柏の選手たちを飲み込み、自由を奪う。そして、深海からトビウオが矢のように飛び出していく。ショートカウンター。レアンドロと永井の疾走は相手から時と間を奪い、冷静さをも奪い去る。

 その戦術は老練なアウトボクサーを想起させる。鉄壁のガード。切れ味の鋭いジャブとカウンターのストレート。リスク管理と勝利の追求。要人を警護するかのように、その戦略に抜け目のようなものは感じられない。

 機械で管理されたかのようなFC東京の守備に綻びが生じる。ゴールキーパーの波多野が見せた一瞬の迷い。それは、サッカーが人間によって行われるスポーツであることを再認識させる。前傾にならざるを得なかった柏。状況の変化は柏の焦りを軽減し、試合に均衡をもたらした。

 縦横無尽に駆ける江坂。左へと流れるクリスティアーノ。波を避け、柏はゴールへと邁進する。柏陣内に広がる空白へと疾駆するFC東京のショートカウンター。その勢いが衰えることはない。

 静寂を破る、ボールとクロスバーとの摩擦。柏はコーナーキックからのサインプレー。FC東京はゴール正面からのフリーキック。線を残すように、ボールが空中を舞う。数センチを巡る攻防を眼にし、身体が震える。

 その瞬間は急に訪れた。ジャブの差し合いが続く中、ジョアン・オマリが柏のディフェンスラインに緩やかなロングボールを蹴り込む。ヘディングで跳ね返す大南。そのボールは上空を漂い、永井の下へと舞い落ちる。小さな穴を通すように、ヘディングで前方にボールを送る。それは机にそっと皿でも置くかのような繊細なヘディングだった。そのボールにアダイウトンが左足を差し出し、ゴールネットが踊るように揺れた。ベンチの前に選手たちが折り重なる。

 タイトルへのカウントダウンが進む。自陣に防波堤を築き、奪ったボールは前方へと蹴り込む。FC東京の「負けない戦い方」に勝利への意欲が滲む。

 高らかに鳴らされた笛の音を背に、出口へと向かった。天皇杯に立ち会うことはできなかった。しかし、素晴らしい試合とともに新年の幕を開くことができた。募る多幸感を意識しながら、神宮の杜を踏み締める。

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柏 1-2 FC東京

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