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いつもの街で小さな冒険



今日も、当たり前のように×××駅で降りた。

在宅で仕事や勉強をするようになってから、むしろ家にいる時間が減った。単純に家が嫌いなのだ。言い訳をすると、家に居続けるとなんだか気が病むから。それは双極性障害とは全く関係ない……と思う。

わざわざ×××駅で降りたのは、言うまでもなくカフェに向かうため。別に最寄り駅のカフェなら交通費が浮くのでそちらでも良いのだが。近くのカフェはどこも敷居が高い。貧乏神がまとわりついた私は、コーヒー1杯280円が限界だ。

心地よい秋風が吹く中、街中を闊歩して…と書きたいところだが、まだまだ真夏日。強い日差しが照りつけて、日傘があっても役には立たない。もう9月も中盤ですけど?本当に秋がやってくるのか、疑心暗鬼でしかない。

駅を出てすぐ、小柄なおばあちゃんが街ゆく人に「すみません。」と声をかけていた。

きっと運が悪かったのだろう、誰も見向きもしてくれない。私はそれを見て、どうぞ声をかけてくださいと言わんばかりにおばあちゃんの横を通り過ぎようとした。

案の定、「すみません、」と。
構えたように笑顔を振りまくと、おばあちゃんは私に道を尋ねてきた。宗教勧誘でもなく、詐欺でもない。ただただ感じの良いおばあちゃん。

「この辺に銀行あります?」

私はこの街のプロではないが、2年ほど働いていたこともあり、どこに何銀行があるかくらいは脳内に埋め込まれている。

おばあちゃんは何銀行か分からなかったらしく、とりあえず一番最初に思いついたみずほ銀行を口にした。

「ええ、みずほです」
としれっと言うおばあちゃん。

「こっちですよ」と言いながら、おばあちゃんを案内することにした。私のおばあちゃんと同世代だろうか。それより年下か?そんなことを考えながら、おばあちゃんの歩くスピードを真似る。身なりはオシャレで、髪の毛も手入れが行き届いていた。

そんなおばあちゃんは、「最近の若い子はおしゃれね」と口にする。

おばあちゃんの発する言葉の節々に、なんとなく温かさや優しさを感じた。こんなおばあちゃんになりたいなと、ふと思った。

普段、こんなふうに誰かを手伝ったり、助けたりすることはあまりない。むしろ助けてもらうことの方が多い気がする。

結局、銀行の目の前までおばちゃんを連れて行くことはできなかったが、あと少しの距離を指し示して「この先です」と伝えると、おばちゃんは笑顔で「ありがとうね」と言った。深々と頭を下げて、律儀に。そんなおばあちゃんの後ろ姿に、何とも言えない達成感が湧いた。

誰かの役に立つっていいな、と改めて思えた。ただ、見知らぬ誰かに手を差し伸べること、それだけでも心が温かくなるのだと気づかされた。自分の行動が、ほんの少しでも他人の役に立つ。その喜びが、優しく生温い風と共に吹き抜けていく。

今日のコーヒーは一段と美味しく感じられた。ほんの少し、小さなことだけれど、私自身の生きる価値を見い出せた気がする。

私のところにも、優しい秋風が届きますように。

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