![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/65420112/rectangle_large_type_2_477744d6ddf7b57af97a884b63adfc0c.jpg?width=1200)
お徳用やめました。
最近までけっこう買っていた "お徳用" の商品。それらを買わないようにしております。(私がお徳用商品を販売しているような話ではありませんよ?)
大世帯や合宿所なんかじゃ助かる商品と思います。それを "お得" という響きだけで買って無駄にしてきましたからねぇ・・。反省。
生活必需品で消耗品。賞味期限や消費期限の無い品物は別として、食品なんかの "お徳用パック" は買わないようになりました。
おいしい物には価値がある
100%ではありませんが、やっぱり "美味しさ=価格" であるということ。
「なんかよくわからん商品だけど、量は多いから」という理由で買うと後悔します。
わかっているはずなんですけどね。何度も繰り返すという愚かさ。反省です。
美味しくない→箸が進まない→余る→お徳用だからタップリ残る。という、最悪な流れができてしまう。
ウチは田舎なので堆肥化させて "タンスの肥やし" ならぬ畑の肥やしとして消費することができますが、都会ぐらしの人はどうしているんでしょうね?やっぱり水分切って可燃ゴミ行き?
足りないくらいがちょうどいい
いくら美味しいと言っても、人間食べる量には限界があるわけで、食べ過ぎは身体への負担も増えます。(年取ると身にしみて感じる)
誰の言葉だかセリフだか忘れてしまいましたが、
「足りないくらいがちょうどいいの」
という言葉が蘇ります。
いや、本当にそう・・。欲張るとロクなことがない。
調味料も小さめで
食品以外でも賞味期限があるもの。調味料も無駄になることが多かった。やっぱりここでも "お徳用" や "○○%増量" という文字に釣られてしまう悪いクセ。
食品は肥料としての余生があるんですが、塩分などを多量に含んだ調味料は畑にはまずい。粉末系統の調味料は可燃ゴミとして出せますが、液体の物は可燃ゴミにもならない・・。新聞紙で吸わせて廃棄しか道がありません。新聞紙有能。
今では10kg?15kgだったかな?アマゾンで新聞紙の束が買えるので便利。わざわざ契約して購読する必要はありません。しかも古紙でもなく新品らしいので、ブリーダーの方々やらが重宝されているんだとか。
更に値は張りますが、印刷していない新聞紙もあったりします。記事の存在価値()
今や買い物に困ることがない
「年末年始休まず営業」とか「新春2日から営業」という業務体制が当たり前になってしまった現代。
我が家の近所にはありませんが、都市部?人口密集地?ではスーパーも24時間開いているとか?すごいですね。田舎ではコンビニぐらいしか24時間開いてませんよ。(24時間止めたコンビニもちょっと増えましたけどね)
つまり「買い忘れがあっても困らない」社会に生きているんですね。
子供の頃なんて正月三が日はお店が閉まっていて当たり前の時代でしたから・・。なんですかねー。師走の慌ただしさと喧騒が除夜の鐘と共に去りつつ。のんびりとした新年が訪れたものなんですけどね。
便利かもしれませんが、正月の雰囲気や風情なんてものはどこかに消え失せてましたね。んー。
そうこうしている内に年末も近づいてきております。
ちょっと不便だった正月が懐かしく思い起こされ、ちょっと寂しいような・・何故か少しもったいないような気持ちにさせられます。
最後はお徳用とは全く関係の無い話になってしまいましたね。