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カスクート(2)
んー・・・
私の頭が目を覚ましたと同時に、右手がスマートフォンを探し始める。
待ち受け画面を覗いた私の顔がパッと照らされた。
時刻は6時13分。
目覚ましは7時に設定していたが、その前に起きることができた。
これが会社へ行く日だったら間違いなく二度寝案件なのに、休日とは不思議なもので、すでに体が動きたがっている。
というか、出勤の日にアラームよりも先に目が覚めるなんてこと、ほとんどないか。
今日早く起きれたのは、いうまでもない。
『あれ』を作る日だからだ。
朝から上機嫌な私は、いつもはぐちゃぐちゃのまま後にするベッドを整えてから部屋を出る。
洗面台でささっと顔を洗ってから、寝巻きを洗濯機に入れて、お気に入りのスカートとそれに似合うシャツを身にまとった。
今日は天気が良さそうだから、後からベッドのシーツと枕カバーも洗ってしまおう。
スマートフォンから少しおしゃれなプレイリストを選択し、気分をさらに盛り上げながらお化粧をする。
どこにも出かけない日の装いとは思えないほど、とびきり気合を入れた。
準備が整い、満を持してキッチンに立つ。
本日の主役であるフランスパンを中心に、役者を並べた。
よし、始めよう。
あらかじめ脳内で調理手順は予行演習済みだ。
まずは、ゆで卵用のお湯を沸かす。
お湯に卵を入れた時に、いくら注意していても殻にヒビが入ってしまう時がある。
幸先の良いスタートを切るために、お玉に卵を乗せて、ゆっくりゆっくり、お湯の中に卵を潜らせた。
よし、ヒビは入っていない。
ホッとしたのも束の間、私は急いで箸を手に卵をくるくると躍らせる。
黄身が中心に来るようにするためには欠かせない一手間だ。
今日はどんな手間もいとわない。
私が満足いくまで丁寧に作業を進める。
卵が踊り疲れたくらいで、次の作業に移る。
レタスにトマト、ズッキー二、モッツァレラチーズ、生ハムを程よい大きさにカット。
フランスパンは食べたい長さにカットしたら、間に食材を挟めるようにさらに半分に包丁を入れた。
タイマーがピピッとなり始め、卵が茹で上がったが、冷水の用意を忘れていたことに気が付き、慌てて氷と水を用意した。
調理手順は脳内練習していたのに、この工程は忘れていた・・・
自分の爪の甘さを痛感したが、今日の私は機嫌がいい。
「まぁいつものことか」と思い直し、ゆで卵をそっと水風呂につける。
次は、焼きの工程に入る。
フライパンにオリーブオイルを垂らした後、フライパンを手前に傾け、ニンニクチューブを少しだけ搾り入れた。
キッチン中にニンニクの香りが広がっていく。
「この瞬間って、何度嗅いでも幸せなんだよね」
その幸せの香りを、ズッキーニにたっぷりと吸わせる。
表面が少し茶色く色づいたのを合図に、味付けを始める。
最近ハマっているクレイジーソルトをたっぷりと振りかけた。
大好きな香りが私の鼻に流れ込み、お腹がグゥとうねり始める。
つまみ喰いをしたい気持ちを堪え、ズッキーニは出番が来るまでお皿の上で休憩をしてもらおう。
そしていよいよ、主役のお出ましだ。
さっき使ったフライパンの表面を軽く拭き取った後、再びオリーブオイルを温めフランスパンをそっと乗せる。
パンの表面からみるみるうちにオリーブオイルが吸われていく。
中までしみわたったのを確認して、パンの表面がカリッとなるまで焼き目をつける。
そして最後にパンの表面も軽く火を通してパリッと仕上げた。
「はあ、もう美味しいの間違いないじゃん・・・」
いよいよ、最終段階だ。
焼いたパンの上に、レタスを敷き詰める。
次にズッキーニを並ばせ、その上にスライスしたゆで卵。
ゆで卵の上には、チーズとトマトを交互に並べて彩よく仕上げる。
そして1番上にパンを乗せたら、クッキングシートでしっかりと包み込む。
端っこをキュッととめて、いよいよこの瞬間がやってきた。
パンのちょうど真ん中に狙いを定め、一気に切り込みを入れる。
切った断面を見た瞬間、思わず息を呑む。
最っ高の仕上がりだ!
パンの断面が綺麗に見えるように盛り付ける。
いつも使っているお皿なのに、今日は輝いて見えた。
早く食べたいが、これに合うコーヒーを淹れてやっと朝食の完成だ。
最近ハマっている、エーデルワイスのフルシティ。
きっと、カスクートにも合うだろうな・・・
焦る気持ちを抑え、ゆっくりと、丁寧にお湯を注ぐ。
さっきまでカスクートの香り一色だった部屋に、コーヒーのほろ苦い香りが溶け込む。
これで準備は整った。
テーブルの上には最高の朝食カスクートと大好きなコーヒー。
「いただきます」
具沢山のカスクートを、大きな口を開けて頬張る。
「んーーー!おいしっっっ!!」
ズッキーニのしょっぱさをチーズやトマトの甘味がまろやかにし、その美味しさを黄身が余すことなく吸っていて、レタスがシャッキと爽やかさを届けてくれる。
そして何と言っても、このフランスパン。
オリーブオイルがたっぷりと吸われたパンの中からジュワッと溢れ出す旨味と、表面のカリッとした食感がたまらなく美味しい・・・
手が止まることなく、一口ひと口を何度も味わいながらカスクートを食べた。
「なんて幸せな休日なんだろう。」
残りのコーヒーをゆっくりと味わい、休日を堪能する。
オリジナルストーリーを上げ始めて、1番長い作品になりました。
こんなに短い文章でも、書き始めて、手直しをして、また手直しをして、投稿するまでかかった時間は3日間・・・
時間をかけて書いても、誰の元へも届かなかったらどうしようと不安な気持ちがありますが、皆様の「スキ」が届くたびに安心しています。
カスクート(2)だけでも完結して読めるようになっていますが、
1を読んでいない方がいましたら、こちらも読んでいただけたら嬉しいです。
最近書きたいことを夢中で書けていて、改めて、心の中にあるものを文字で表現することの楽しさを実感しています。
これからも、書きたい思いをひっそりとここに綴っていきます。
書いている私も、読んでくださったあなたにも、ここが少しでも心地のいい、また来たい場所になりますように。