【短編小説】エアコンの効いた部屋で、私はパーカーの袖に腕を通す
ジジジジジッーー…ジジッ
「あーもう…うるさいなぁ」
ジメジメと蒸し暑い部屋の空気が重たく体にのしかかる。
首筋にそって汗が流れ、枕カバーに吸い込まれていく。
連日の猛暑に加え連日のゲリラ豪雨のせいで、木造のこの家は湿気を溜め込んでいた。
「起きるか…」
一度暑さを感じてしまうと、どれだけ疲れていても二度寝が許されないこの季節が、私は大嫌いだ。
蝉の声に起こされる朝も、少し買い物に出ただけで汗が噴き出てメイクが崩れる暑さも、シャワーを浴びて汗を流した後にドライヤーでまた汗をかく夜も、大嫌い。
気だるく体を起こしてTシャツを脱ぐと、腰の辺りを汗が伝う。
運動をした時の汗とか、フェスの時の汗は全くもって気持ち悪くないのに、寝起きでかいている汗は、どうしてこれほどまでに嫌悪感を抱いてしまうのだろう。
ライブが軒並み中止となり着る機会を失ったバンドTシャツは、今はヨレヨレのパジャマとして汗を吸い込んで体に張り付く。
Tシャツと枕カバーを洗濯機に放り込んで、顔を洗う。
毛穴から滲み出たギトギトの汗を落とすには、石鹸を使って洗顔をするべきなのはわかっている。
ニキビがちっとも治らなくても、化粧ノリが悪くても、冷たい水で顔を撫でるだけ。
これほどまでにやる気が起きないのは、夏の朝が、大嫌いだから。
顔を洗っただけでも褒めてほしいくらいだ。
部屋に戻ると、まだ水気を含んだ重たい空気が漂っている。
「エアコン、つけるか……」
リモコンのスイッチを押すと、ピピッと音を出し、ゴーっと低い音を響かせながら冷たい風を口から吐き出す。
エアコンが吐き出す風は何とも無機質で冷たくて、あまり好きではない。
けど、そんなこと言ってられないくらいに暑くなってしまった日本に住んでいる以上、現代の便利家電に縋らなければ生死に関わる。
そうでなくても、すでに私の頭はボーッと熱を帯び始め、煮え切りそうだった。
「うー…さむっ」
エアコンの冷気が部屋を充満させた途端、今度は冷気にやられる。
クローゼットから薄めのパーカーを取り出し羽織る。
設定温度が28度だと部屋が涼しくならないし、1度下げるだけで半袖では寒いくらいに体が冷えてしまう。
この温度調節がうまくいかないから、嫌いなんだ。
特に友人が来た時には、気を遣って設定温度をさらに1度下げたりしている。
大抵の人が私よりも暑がりだからだ。
と言うより、私が冷え性すぎるのだろう。
気を遣って温度を下げているのに、
『寒いなら温度上げたら?』
なんて言われることが多いもんだから、私は決まって
『エアコンが効いた涼しい部屋で布団にくるまって寝るのって最高に気持ちいいでしょ?パーカーを着てる時も、そう言う感じがして好きだからいいの』
っていうと、大抵の人が納得してくれた。
みんな、涼しいエアコンの効いた部屋で布団に包まる背徳感は好きなようだ。
わだ、私の真意はそこではない。
無機質な冷たい風が、嫌い。
1つだけ好きな所を上げるとしたら、大嫌いな夏でも長袖が着れると言うこと。
私が大好きな、長袖。
パーカーでも、カーディガンでも、ニットでも、なんでもいい。
長袖の服を着ている時は、心がホッとする。
何かに守られているように、心が温かくなる。
できることなら、年中、ブカブカのパーカーを着てモコモコの靴下を履いてホットココアを飲んでいたい。
冷え切った体を温める季節が、恋しい。
今日も私はパーカーの袖に腕を通して、無機質な冷たい空間で眠りにつく。