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『LOVE理論』と『モテないけど生きてます』を読んで。

 恋愛マスター水野敬也さんのベストセラー恋愛マニュアルと、「非モテ」当事者の鬱屈としたもがきの研究会アンソロジーパラレルワールド感ありました。根源で抱えている問題が同じだけど歩み方が違うような感じです。

 途中まではパラレルワールドの軸が2本、並行に並んでいるような感じでしたが、『モテないけど~』の後半を読んでいると若干様相が変わってきたなという印象です。この違いの背景はおそらく出版年代の違い、つまり時代背景を映し出しているのではと思います。というのも『LOVE理論』は2013年初版『モテないけど生きてます』は初版2020年です。

○はじめに ―それぞれの概要と雑感

 まず大雑把な特徴として、『LOVE理論(文響社)』は帯に「ドラマや漫画になった伝説の恋愛マニュアル!」というだけあって、私が買ったのは2020年の第15刷発行にもなるベストセラー恋愛マニュアルです。地元の後輩に紹介されて初めて知りました。電子版もあるのに、2013年の初版から15回も増刷してるなんて・・・実用性(彼女をつくる)を求めた文体と中身なのでサクサクっと進みます。ゲラゲラ笑いながら読みました。「言い訳しようがしまいがとにかくまぁ行動しろ」というスタンスが感じられます。

 対称的に、結構考えさせられながらじっくり読んだ『モテないけど生きてます(青弓社)』はぼくらの非モテ研究会という研究グループがまとめた、非モテ研メンバー各々のアンソロジーですね。初版が2020年9月で、同年11月に早くも第2版発行されてしまうくらい、ニーズを満たしているような本です。教養程度にはジェンダーに関する社会問題等の前提知識なしに読んでしまうと悩みの深淵さぐりづらく、この本のおもしろみ半減かなとも思わせるような、読み手にじっと考えさせることを促すような本です。私自身がミクロヒストリー、オーラルヒストリーみたいな帰納的な研究が好きだったり、ときには分析も一般化もできないような「無意味」な個別事例のエッセイとかも好きなので、自身の不安や嫌悪感とおそらく関連しうるそれぞれの過去の経験が並んでいるのがおもしろかったです。ほんとに一人ひとりの生い立ちの川沿いすれすれに沿ってちょっと歩いてみたみたような気になるからかな。

 「不快感」とか「嫌悪感」とかいう一般名詞になってしまう感情も、すべては個々の全く異なる経験から結びついていて、でもその経験の背景にある社会的な問題(男性主義社会のなかで困っている弱者男性)はゆるやかに共通点がありそうなのがおもしろいのであって、この本については誰かの感想や解説記事読むより直接読んで個々の事例なぞるのがいちばん楽しい時間消化のあり方かと思いました。

○『モテないけど~』と『LOVE理論』比較から

 全体通してこの2冊のキーワードになるのが男性からの女性との「コミュニケーション」のとりかた問題(いずれもヘテロ前提)。おもしろいことに恋愛マスターでありマニュアルの筆者である水野敬也(水野愛也)氏も男子中高出身で、女性とのおしゃべりが苦手。大学進学後もいきなりはうまくいかず、童貞男子だからこそ抱える悩みを感じ経験したうえでのマニュアルを作成した「モテない悩み」経験者でした。

 非モテ研究会のメンバーは別にモテることが必ずしも目標ではないメンバーも多数いるようなので、完全一致ではないのですがそれでも「男子校出身者」や「会社で男性社会の上下関係・パワハラで苦しんだ」とか、男性だけの環境も一因して女性との恋愛関係・交友関係に支障をきたすような問題がでた事例が多いので、なんとなくこの「男性ホモソーシャル社会のせいでこじらせさせられちゃった」感はこの2冊が同じ背景を共有しているように見えました。

 一方は彼女をつくる自称(?)最強マニュアルで、他方は悶絶の先の吐露みたいな文章なのに、なんかこういう並行な線をなぞるような展開でおもしろい。

○「失敗を話せない」男性社会現象

 「恋帯保証人理論」の章で「水野愛也のくどきネタが悪いからだ。水野のせいでうまくいかなった」という”保険”を提案している章があります。逃げ道用意したから飛び込め!というマニュアルならではの提案です。

 しゃべりを受け入れてもらえるからしゃべれる「非モテ研究会」の位置づけも、この失敗しても許される環境、失敗を恋愛対象ではない同性に「バカにされずに」共有できる安心できる場として機能しているのは、この実際にある同性の目であったり、内面化した同性の目が問題になっている点では一緒かと思いました。

○「できない」を言えないおじさん(職場での経験)

 実際、わたしの職場にもこの「できない」を言えない男性がいます。うちの職場で行くと50歳以上・男性に多い。そもそも地方の中堅中小企業。20人弱の部署に女性がわたし含め2名、ほとんど40代以上みたいな職場なので、そもそもアラフィフが多いので世代による多寡の問題を言いたいわけじゃないです。

 他方でアラフィフくらいの方でも、他社の方で「俺Word苦手なんだよねぇ、悪いんだけどさぁコメントとか編集履歴消してくれる?」ってあっさり「できない、やって」を言ってくれる方もいたり、「娘にもこの前聞いたんやけどなぁ(汗)、これ(スマホ差し出しながら)どないするん?すまんなぁ」とかどうでもいいことは普通に聞かれたりすることも考えると、同じ職場にいるような近い環境にいるもの同士で、なんとなくどういう業務内容かがわかる感じがする同じ部署内の業務のことを、男同士で「できない・教えて」が言いずらい文化とか空気があるのかなぁと日頃の体験的に感じます。そりゃ社会にでたら圧倒的に男性ばっかりしかいない社会で、社会のマジョリティを構成している側の男の人自身が生きづらいっていう言説が増えるのもなんか納得。「わからない」「できない」を言えないとか自分の弱みを適当な塩梅で出せないっていうのは、働くためのツールが劇的に変わったり増えたりしている現代の状況で、互いに首を絞めあうだけかなと。

 男性ホモソーシャルな社会から疎外されている”女性”の困難を解決するどころか、男性ホモソーシャルな社会のなかで苦しむ”男性”があらわれる状況をなんとなく日常体感的に「あ、わかるかも」と思えるのも、地方の中堅中小企業にいるからかなぁ・・・。自社にも取引先にも20代との遭遇率が圧倒的に少なくて、女性も少なすぎる世界を日々過ごしているので。業界にもよると思うのですが。一番社員数の多い50代には女性中間管理職とかもいるけど、積年の苦労の末、良し悪しはさておき”昭和のオッサン”を内面化してる人もいるからなぁ・・・。脱線。

○書きことばの扱い「だけ」が上手であるジレンマ

 特にコミュニケーションの方法の差で際立ったのが、意思疎通の手段・実践が大きく違いでした。本の文体や文章量からもひしひしとつたわる、書きことばコミュニケーション技能者身体表現ふくめた喋りことばコミュニケーション技能者の差。

 『モテないけど~』の独白的な、内面感情の饒舌な筆致とは対照的にしゃべりことばの「危険な間合い」に不慣れなケースが多いような事例が多く書かれていました。間合いを間違えるから場合によっては「こんな自分なんかにも優しく話しかけてくれる女性≒女神」までもを傷つけてしまう双方にとっての災難まで引き起こしてしまうケースまであったり。(そして危険な間合いを相手の服装、喋り方、気分の様子、さまざまな微細な情報から総合して使いこなせると『LOVE理論』101頁の”ポイズン・トーカー”にきっとなれる。)

 『LOVE理論』の方は、あえてその「危険な間合い」に飛び込ませる方法をあれこれ手を変え品を変え提案していませ。(あくまで彼女をつくるまでの過程での接近戦術法マニュアルなので、自分の彼氏から常に接近戦闘状態でコミュニケーションされるのはなかなか厳しいものを感じる。)

 ことば以外の媒介物をどれだけ自分と相手のあいだにおけるかは、言い換えればことば以外の情報を他者にどれだけあたえられるかという問題にもなりえると思います。「いまここにわたしとあなたがいる」「そんな状態が見えて、聞こえて、表情や服やらだまったりしゃべったりのテンションという情報を交換している」みたいな、結局物理的に時間を共有するほかにないのではと思うのですが、Dasein!みたいなことすら困難な状況が『モテないけど~』が出版された2020年代の社会なのかと思いました。

 『モテないけど~』の筆者たち実際に身動きがとれなくなってしまっているのは、高度に発展していまったSNS・情報社会から、「見えない空気」「見えない男の空気」との闘いのなれの果てなのかなと思いました。媒介物が多くなると人はたぶんそのしがらみで行動が規定されて、ほんとうに物理的に動けなくなる。

 大学院生のころに読んだノルベルト・エリアスの『文明化の過程』で、しがらみの網目が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、時間をかけて人の行動が変わる様相がとてもおもしろかったのですが、まさにWEBがそれを加速させたのかと思うとぞっとします。

 もうひとつWEBと身体行動で思ったのが、最近お気に入りの辻田真佐憲の『超空気支配社会』で、SNSのバズりとクオリティは必ずしも相関性がないという文脈で書かれていた印象に残った叙述です。

クオリティーの低いものが記号を弄び、脊髄反射するものたちを喜ばせているにすぎない(67頁)辻田真佐憲『超空気支配社会』文集新書2020

 このまま超メディア社会とうまくつきあっていけなかったら、脊髄反射的に反応するか、身動きとれずにがんじがらめになるしかないのかとか思うとほんとにディストピア。

○表紙の情報量差だけでもう既におもしろい(余談)

 ところで、最後の余談ですが。もう表紙とかサブタイトルとか何もかもが対極すぎてどっちもめちゃくちゃおもしろいです。『LOVE理論(新装版)』のサブタイトル(?)が「The Ultimate Manual on How to Get the Woman of Your Dreams」。自ら「究極」を謳うなんて胡散臭いしかないのに、もう3周くらい回ってその勢いだけでまずひと笑い。しかも電子版でなくて紙版だと、表紙の「LOVE理論」の文字の輝きがビカビカ光って既にうるさくってもう笑

 この表紙からすでにパリピパリピしてるのとは対照的に『モテないけど生きてます』のサブタイトルは「苦悩する男たちの当事者研究」。しかもそのサブタイトルの上にさらに「「非モテ」に悩む男たちが、「女神」「ポジティブ妄想」「自爆型告白」などのキーワードを軸に、男性学やジェンダーの知見もふまえて自分自身の実態を掘り下げる。生きる困難や加害/被害の経験と真摯に向き合ってきた当事者たちの報告書。」とあって、ポップなキャラクターのうしろにうっすら水色の文字でわざわざ「非モテ」の文字まで。ある。とにかく文字情報が多い。表紙だけでも「モテ」の文字、もう3回も使ってる。表現形態もバリエーションが多い。もはや表紙がすでに「非モテ」の大洪水すぎて、基調カラーもあわーい水色で。

 テンション的に真夏の太陽に「まぶしーっ」って両手をかざしたくなるような暑苦しさ感じる表紙と、両手でしっかりもってじっと細部まで凝らして見にいくような表紙でした。

 あと『LOVE理論』でめちゃくちゃ好きなページが100-101頁の「現時点で存在が確認されている主な合コンポジション」。「スナイパー:空気がよめてなかったり、場を乱す女に狙いを定めてケアし、おとなしくさせる」「シェアマン:料理をとりわける」「勘定奉行:会計の際に男女の金額比を決定する」「公正取引委員会:飲み会中に他の男とメールしている女を取り締まる」はたしかに合コンに必要そう。ただ、役職が30もあって「バーテンダー:カクテルに詳しい」「花火師:とにかくテンションが高い」「笑い屋:とにかく笑いまくる」みたいなわけわからん役職があってこの2頁でもいっぱい笑いました。あと、「エアリーダー:場の空気を作るひと。司令塔的存在」っていうのがあって、やっぱり空気が大事っていう意識はテッパンなんやなぁと。


【参考文献】

○水野敬也『新装版 LOVE理論』文響社(2013年)
○ぼくらの非モテ研究会編『モテないけど生きてます 苦悩する男たちの当事者研究』青弓社(2020年)
○辻田真佐憲『超空気支配社会』文春新書(2021年)

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