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【小説】 ユートピア

それはとにかく壮観だった。

港に続く、まっすぐな道に沿って建つビル群。

不眠症の巨人が、ひとつまみのハコを几帳面に並べたような建物。

これらは新規オープンを間近に控えた、最新式のマンションだ。

建設が始まって3日。
10棟以上が立ち並んでいる。

まず人びとの目をひくのは、その美しく、さざなみのように絶えず質感を変える外観・・・周りの色や天気に合わせて質感が変化する<ホロ・ライト鉱石>で組み上げられた壁面・・・だろう。

窓のない、なめらかな素材に包まれたマンション群は、景観を邪魔することなく、そこに住宅地が、人工物があることを忘れさせる。

売り込みチラシによると、機能的なのは外見だけではない。

それぞれの区画には食料用カートリッジの処理・生産工場が設置されており、住民全員に満足のいく食事を提供できる。

敷地内で作って食べる、まさに自給自足、あるいは地産地消といったところか。

災害への備えも十分。

標準型のソーラーパネルに加え、有事の際には労働ボット(シフト制)が手動でハンドルを回してモーターを動かす、完全独立型の自家発電機能が搭載されている。

もし災害や戦争などによってこの地域が外部から遮断され、孤立した場合でも、この先300年は自給自足の生活が送れるよう設計されている。

その様は、まさに完全無欠の未来都市、もしくはシェルターといった趣で、立ち入り禁止用フェンスの向こう側の野次馬たちを圧倒し、魅了していた。

ゴゥンと重たい音が響き、その出どころ・・・マンションの上空・・・・に視線を向ける。

基盤となる箱型の居住ボックス、すなわち部屋が、昼夜問わず大型の建設用ドローンによって運び込まれ、設置されていく。

6本のアームとプロペラでできたボディ。

ダンスでも踊るような身軽さで、端から端へと次々と、隙間なくボックスを積み並べていくその様子は、いくら見ていても飽きることはない。

たまにバッテリーの切れたドローンが墜落したり、不器用な・・・ダンスの下手くそな・・・機体が積み損なったボックスを落とす以外、作業にこれといった支障はなく、滞りなく進んでいく。

そんなこんな。

港に停泊している輸送船に積まれた全てのボックスを並べて積み上げれば、ひとつのマンションの完成だ。

洗練された、無駄のない設計。

徹底的に効率的に、圧縮されたこのマンションには、不要なスペースは一切存在しない。

もちろん廊下やエレベーターはなく、移動は最近主流の生体認証キーで自室、あるいは目的地に転送されるタイプだ。

住民は備え付けの転送ポート・・・このマンション群に備え付けられた501万か所のポートのうちのどれでも・・・を通過すれば、次の瞬間には目的の場所に到着できる。

もっとも、わざわざ移動する必要があれば、という話だが。

ごく少数の超富裕層や熱狂的なアナログ愛好家(そしてアナログ愛好家の大富豪)を除き、一般的なレヴェルの市民にとって、生活基盤・・・あらゆる仕事、交流、娯楽のいっさいがっさい・・・となるのは、デジタル空間だ。

地球に住む人類の95%以上は、日常生活のほぼ全て・・・一部オフラインが推奨される行為をのぞき・・・にデジタル処理を取り入れて暮らしている。

効能再現機能付きの没入型デジタル温泉、動作感覚連動型の各種アクティビティ、接待機能付きARスポーツなどなど。

リアル空間で購入すれば、カンパニーの2ヶ月分の支給額ていどが必要になる体験が、デジタルならランチ代ていどで1ヶ月楽しみ放題だ。

技術の発達による恩恵は、いつだってフトコロに優しく、お買いドクに進化していく。

このマンションについても全く同じことが言える。

販売価格のいちばん安い部屋でも、エントリーモデルの ARクローゼットやエクササイズデバイス、配送ドローン用の自動宅配ボックス、料理用プリンターなどが完備されているのだ。

住民はマンションから、いや、自分の部屋から一歩も出ることなく、快適で楽しい生活を送る事が出来るのだ。


これと同じような居住スペースが、世界各国で同時に建設されている。

すでに第4期までの募集は終了。

続く第5期の入居希望者の募集も、あっという間に満員となった。

ゆくゆくは地球上に住むほぼすべての人間・・・この新世紀に参加しようとしない、風変わりなアナログ信仰の大富豪たちを除く・・・が暮らせるだけの設備が作られる予定だ。

人類史上かつてない計画、まさにユートピアと呼ぶにふさわしい未来がすぐそこにある。

地球に1軒目の家(それもただの洞窟ではない)が建てられて以来の、最大の住宅プロジェクトと言っていいだろう。

これらのハイテクな未来の住み家の建設は、ここ数年で惑星間の取引条約が締結された3つの惑星・・・アルフォ星、ベイト星、シイモ星・・・の公営企業主体で行われた。

いわば惑星間の友好記念事業であるからして、これから力を合わせて仲良くやっていきましょう、というイベントでもある。

実際には、自分たちの星が、文明が、技術が、一番であることを証明する良い機会だ、優れているところを見せつけるチャンスだ、と思っているかもしれないが、少なくとも表向きはそういうことになっている。

<アルフォ星>・・・高度な技術開発、個性、大は小を兼ねるパワーとタフさ・・・は、多様性とイノベーション、そして何より自由を重んじる文化が特徴だ。

マンションの組み立てに必要な大型の建設ドローンや、建築用の特殊な機材は、<アルフォ星>のものが採用された。

ドローンは強力なアーム、(必要以上に)大きくたくましいボディ、豪快にエネルギーを消費するパワフルさと騒音で、力強く設備を組み上げていく。

<ベイト星>は主にマンションの設計やデザイン、入居者募集のための広報活動といった分野で存在感をアピールした。

多文化主義と歴史の尊重、そして何よりも芸術的であることに・・・例えそれが利便性や実用性を犠牲にしたとしても・・・価値があると信じている<ベイト星>出身のアーティストたちの手によって、マンションの魅力はしっかりと、過剰に伝わった。

生活に必要な雑貨や、料理用プリンターに使用する大量の食料成分インクは、<シイモ星>からかなり安い値段で納品された。

調和と統一が全てに優先される<シイモ星>では、個人よりも集団の意志が尊重され、結果として大量生産と価格破壊という恩恵を近隣の惑星にもたらしている。

地球人は彼らを存分にもてなしながら、それぞれがそれぞれの未知の刺激的な新しいモノや、文化を心ゆくまで堪能した。


入居が決まった住民たちは・・・地球議会の補助金をうまく利用して・・・続々とマンションに引っ越し、新たな暮らしを満喫した。

日々楽しく快適に暮らす彼らの生活の様子が、SNSに限らず、衛星放送でも大々的に紹介され、マンション人気はさらに加速した。

白熱する需要に応えるべく、地球を含む4つの惑星人は、互いに協力し合いながら、計画を推し進めた。

計画実行には・・・もちろんドラマ的なお約束ではあるが・・・困難が立ちはだかることもあった。

星ごとに異なる労働規約、複雑な規制と緩和による混乱、地球にはびこる花粉症、スターの不倫に大統領のワイロ疑惑などなど。

毎日のようにトラブルに巻き込まれ、色々なニュースに気を取られながら、時にののしり合い、時に手を握り合い、結果として互いに協力し合いながら、この困難を乗り越えていった。


最初のマンションが建てられてからはや6ヶ月。

様々な困難に打ち勝った結果、建設は順調に進み、ついに全地球人が住めるだけの規模が確保された。

最後まで抽選に外れてきた人たちがようやく入居し、地球人はユートピアを手に入れた。

文字通り、地球人の新たな歴史が始まったのだ。

こうして地球に住んでいた人類は、ほとんどすべてがマンション型の入れ物に収納された。

無駄のない洗練された設計で、コンパクトに仕上がった箱は、最小限の面積で、非常に多くの地球人を収納することができた。

マンションの外側に広がる大地。

その美しい自然を損ねない、<ホロ・ライト鉱石>で組まれた外観は、そこにマンションがあることを忘れさせてくれる。

あとはマスターコントローラーのボタンをひとつ押せば、マンションの出入り口は全てロックされ、未来永劫開くことはない。

開くことはなくとも、何も心配はない。

マンション内の地球人たちは、出なくとも快適な生活が送れるうえに、そもそも出られないことに気づくこともないだろう。

いずれにせよ、向こう300年は放置できる・・・箱の中の地球人たちが、勝手に生きていくには何も問題ない・・・設計だ。

設備の老朽化が深刻になる頃・・・地球上の人類の何世代かが交代して、ほとぼりは冷めている頃・・・にでもまた考えれば良いだろう。

その時に地球に住んでいる者が考えればいいことで、今を生きている者には関係のない話だ。

今この瞬間にもっとも大切なこと。

それは徹底的にコンパクトに作られたマンション地区以外の広大な土地が、すべて、空き地になったということだ。

地球の多くの土地は、数万年ぶりに、国も国境も所有者もいない、誰のものでもない状態に戻った。

ただしその状態も、そう長くはない。

マンション建設に携わった、アルフォ星人、ベイト星人、シイモ星人たち、そして一握りの地球人は、さっそく誰がどの土地をもらうかの会議を始めた。

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