見出し画像

【短編】新しい整形のかたち

「手術などの方法で、見た目を変えることを禁止する」

これがいわゆる「整形禁止法」だ。

まだ肌寒い季節、昼どきに議会で提案され、アルコール・ストリートの看板ドローンが光りながら飛びまわるころには、全国民に向けて公布・施行された。

(いつも通り)流れるようなスピーディーさで法律は生みだされ、人々は見た目、つまりは自分の容姿、外見を、自由自在に変えることが禁止されたのだ。

人びとの反発はすごかった。

それまでランチタイムにフラっと整形ショップに行き、別人になって職場にもどるくらい、みんなカジュアルに、週に何回も容姿を変えて楽しんでいたのだ。

(とある大手フランチャイズでは「ランチタイムにライバルを出し抜くには?ソイラテとライスボール・ケールの日替わりランチをガマンして、今すぐ「今週のトレンドに容姿を整形する」ボタンを押そう!」という広告をだしていたほどだ。)

そこに突然の「整形禁止法」がやってきた。

「やれやれ」・・・仕事あがりのサラリーマンだろうか・・・青白い顔を合成ビールで赤くしながら言う。

「こんなことになるんなら、ハロウィンで”怪盗グール”になんてなるんじゃなかったよ」

「まったくもって、しょのとおりだ」と、となりの席のサラリーマン風の、こちらはヴァンパイアだろうか・・・長い牙がひっかかりながら・・・ボヤく。

「だいたい、しょんなに急いでホーリツを決めなくても、いいだろ。もっとノンビリ、ゆっくりとやりゃあ良いのに」


人々の底なしの変身願望と、それを叶える「整形技術」を超ハイレベルまで押しあげたのは、医療技術のわずかな発達、そして人造皮膚や人工筋肉の質のちょっとした向上に他ならない。

もっとも、決め手は、工業用アンドロイドを朝から晩まで働かせたおかげであることを、忘れるべきではないだろう。

多くの使い捨てられた工業用アンドロイドの犠牲のうえに、人々は安全・安心・低価格、そして短時間で誰にでも変身することができた。

とあるドクターは、遠い目をしながら「ある日、1時間で3人もミス・ナノアースと同じ見た目に整形したよ」と語る。

「そのうちの2人は、次の週にはロコウッドスターのルーイ・カレイオになってたよ。みんなが彼になって楽しむ、パーティーがあるんだとさ」

誰でも気軽に、そして手軽にコロコロ見た目を変えられる技術と、たくさんの人々がその技術で変身している、という状況。

どことなく暗い雰囲気をまとった者たちが、それを見逃すハズはなかった。

その者たち・・・カンパニーにつとめているようには見えないが、それでいて、なぜかいつもそこそこのお金を持っている彼ら・・・は、いつだって前向きで能動的で創造的、そして時には芸術的だ。

「どうにか手っ取り早く稼ぐことができないか?不正な手段でも構わない」そんなアグレッシブさもあわせ持つ。

50年ほど前の名著、”AIに頼らない 〜人間だからこそできる悪事〜”をこの世でただひとつのバイブルとする彼らは、ネットワークの情報を遮断し、外にある手段を大切にする。

ネット検索にたよらず、自分たちの脳みそをつかって1時間も考えることができる彼らによって、この「整形の黄金時代」は、いとも簡単に「犯罪のパラダイス」とされた。

有名なのは、大統領の姿形をした7人組が銀行をおそい、ダイヤモンドをかっさらっていった「ジャポネバンク事件」だろう。

ジャポネバンク・・・CMでおなじみのプロテクト・警備ボット(麻酔弾と電気ショックロープを搭載!)が、24時間365日、全自動で警備を行う・・・と言えば、セキュリティと利息、スタッフの最終学歴の高さで有名な無人の要塞だ。

血の通わない、無慈悲な警備ボットたちは命令にとことん忠実で、勇敢で、どんなコワモテの強盗もおそれない。

事件当日、警備ボットは、真夜中に突然あらわれた強盗たち・・・大統領の姿かたちをした7人組・・・にむかって丁寧な挨拶をのべたあと、ダイヤモンドの保管庫まで案内した。

そればかりか、7人組がダイヤモンドをバッグにつめたあとは、彼らの乗ってきたバンまでしっかりと荷物を運んだのだ。

※その後、大統領がダイヤモンド業者からワイロを受けとり、この銀行に隠していたことが分かったが、それはまた別のおはなし。

この事件の後、見た目にだまされず「本人であること」が証明できる仕組みが、大慌てで研究された。

研究されたが、その結果が世に出ることはなかった。

もはや整形技術によって改変できないものはほとんどなく、生体認証などの、パーソナルな部分も簡単に改変できるようになっていたのだ。

新しい偽造防止策が開発されても、次の日には新しい手口で偽造される。

そんないたちごっこが続いたため、なかばヤケクソに、唐突に整形手術が禁止されたのだ。


「整形禁止法」によって、人びとは、とにかく退屈した。

まいにち新しい気持ちで、はつらつと生きていたあの頃。

これから先は、ずっと変わらず、ずっと同じ姿で生きていくことになるのだ。

自分たちの人生を思うと、人びとは絶望し、怒り、100体以上のスケープゴート・ボットを袋叩きにして炎上させ、やることがなくなったところで途方にくれた。

人びとはもはや、変わることなしには生きていけなくなっていた。

そんなこの世の終わりのような24時間を3回ほど過ごした頃だろうか。

「外見、つまり他人からの見た目を変えるのが違法なら、それ以外を変えれば良い」

あるひとりの天才から(正確にはそのカフェイン漬けの脳みそから)飛び出したこのアイディアは、とても魅力的だった。

「自分の見た目とは、言ってしまえば脳の認識である」
「大雑把に言うと、目から入った情報を、脳がどう見ているか、という話だ」
「ネコを見て脳がネコだと思えばそれはネコだが、タヌキだと思えばタヌキなのだ」
「すなわち自分が自分と認識したものの脳内映像を変える事で、なりたい容姿になれる、と言っても差し支えないだろう」

専門家の話はいつだって長くてわかりづらく、しかも退屈だ。

ともかく、このアイディアに目をつけたのが、ジー・フォー(ジェン・ジェノ・ジェニック・ジェネティクス)という企業だ。

近年急成長中のこの企業、100年ほど前は、もっぱら遺伝子操作や検査といった分野を専門に行なっていた。

現在はインフラや食糧産業などにもビジネスを拡大しており、その影響力は議会にもおよぶと言われている。

歴史を振り返ってみると分かるように、天才と強制力と資金力をかけ算して、実現できなかったことはほぼない。

こうして完成したのが「自分の脳の認識を変えて姿を変えることにする」という、整形の新しいコンセプトだ。

鏡などにうつった自分の姿は目をとおって、脳に情報が送られる。

その情報の認識を変えることで、自分の姿を「自分がなりたい姿」として認識できる、という仕組みだ。

手術に必要な技術や設備、機器なども、大掛かりなものは必要ない。

脳が「これは自分だ」と認識している情報を、別のものに差し替えるだけですむ。

当然痛みなどもなく・・・もっとも、ここ100年で痛みを伴う手術など存在しないが・・・ただ座っているだけだ。

なりたい見た目を手術デバイスで決定し、ヘルメットのような形をしたドームをかぶる。

あとは整形とセットで注文できるコーヒー(900種類から選べます)でも飲みながら待てば、全自動で機械が書き換え手術を行ってくれる。

※実際の手術はものの数秒で終わるが、ユーザーには「所要時間:4分 ※手術中は電子機器の使用は禁止」と説明されていた。その方がコーヒーが売れるからだ。

ネコになりたいのならネコに、タヌキになりたいならタヌキに。

誕生日に子どもが描いてくれた、とっておきの似顔絵のデータを取り込んで使用することだってできる。

もちろん優柔不断な人も大丈夫。

昔みたいに「今週のトレンド」から選ぶこともできた。


「なりたい自分にまたなれる 〜新しい整形のかたち〜」というデジタル・ストリート広告をみた日を、人びとはしばらくの間、忘れないだろう。

生まれたばかりの新しい整形ショップは、次から次へと人びとを飲みこんでいき、ニヤニヤ顔の人びとを吐きだしていく。

この状況を見たジー・フォー社の幹部は、早速、ショップの数をもっともっと増やすように指示し、献身的な工業用アンドロイドの働きで、夕方までには店の数は倍に増やされた。

次の日には(出店目標数を達成するために)さびれた路地裏や、そのまた裏の地下通路・・・1年にひとり通るか通らないか・・・にも、ショップが作られた。

もっとも、ショップと言っても、安いカプセル型のものだ。

最低限の設備しかない、よくある24時間営業の無人ショップである。

さびれているとはいえ、需要はゼロではない。

数日は好奇心に満ちた人たちで、ほどほどに混みあい、それぞれがなりたい自分になって喜んでいたが、週末になるころには落ち着いていた。

とある路地裏・・・まわりにはあまり人の気配がない・・・さびれた通路を、何者かがひとりで歩いてきた。

フードをかぶり、周りを気にした様子でゆっくりと歩いてくる様子は、なにかを隠している、または隠れているようだ。

整形ショップの入り口のあたりまで来ると、ラクガキだらけの24時間営業の看板にもたれかかり、さりげなく周りの様子を伺っている。

次の瞬間、その者はすごい勢いでショップに飛び込んだ。

手術イスに座ると、持ってきたデータを慌ただしくデバイスに取りこみ、かぶっていたフードをとった。

見た目は20代くらいの男のようだ。
その男は、コーヒーを注文しなかった。


1分で手術が終了し、男の右側からニュッと鏡が出てきた。

※コーヒーが注文されなかった場合は、1分で終了する設定になっている。その方が客の回転率を高められるからだ。

鏡はまず「ハロー!新しいわたし!」と表示したあと、デジタルミラーへと変化した。

「やったぞ、うまくいった」

男は口のはしをニヤリとつりあげ、満足そうにひとりつぶやいた。

整形ショップから出た男は、今度はフードをかぶることなく、ひとりブツブツとつぶやきながら、来た路地裏をもどっていく。

「ああ、新しいオレをお披露目したい」
「とはいえ、オレが何になったかを、誰も見ることはできないんだがな」

歩いているうちに、だんだんと楽しくなってきたのだろうか、その足どりはみるみるうちに軽くなり、スキップに変わった。

楽しげな足どりのまま、男は最初に見つけたアルコール・バーに飛びこんだ。

店のなかには、退屈そうにグラスを拭く店員と数人の客がいたが、誰も男の方に目を向けるものはいなかった。

男は込み上げてくる笑いを抑えるのに必死だった。

ひとまず笑いをこらえるため、店の中をウロウロしながら、宙にパンチをくりだしたり、スクワットをしたり、頬をつねったり。

なんとか笑い出すのをこらえ、我にかえると、店の中の全員が、男を不思議そうな、奇妙なものを見る目で注目していた。

「おかしいぞ」男はぼやいた。

「確かに透明人間のデータを入れたハズなのに」

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集