【感想】大人の読書感想文【火のないところに煙は】

・著書 火のないところに煙は

 著者 芦沢央 出版 新潮社

「神楽坂を舞台に怪談を書きませんか」突然の依頼に、作家の<私>は驚愕する。心に封印し続けた悲劇は、まさにその地で起こったのだ。私は迷いつつも、真実を求めて執筆するが……。評判の占い師、悪夢が憑く家、鏡に映る見知らぬ子。怪異が怪異を呼びながら、謎と恐怖が絡み合い、直視できない真相へとひた走る。読み終えたとき、それはもはや他人事ではない。ミステリと実話怪談の奇跡的融合。

火のないところに煙は 裏表紙

・感想

 学校、職場、家族の中に、このような人はいませんか?

「某さん、ちょっといいかな?」
「はっ! びっくりした」

 と、声をかけた人間に罪悪感を与える人間を。

 ……そうです、僕がその人間です。

 思考の集約による弊害──なんて言い方をすれば、クリエーティブで仕事にストイックな印象がつきますが、実際僕の集中力はお粗末なもので、目の前の業務を行いながら、頭の中では

「突然大声出したらどんな反応されるんだろ」

 などと、愚にもつかないことを想像するのです。

 まぁ、結果的にはびっくり声をあげることとなるのですが、冷ややかな視線は向けられるだけで、僕の声など聞こえていなかったからように皆、業務に戻ります。

 きっと、僕が突然怒鳴り声あげたとしても、反応に違いはでないのでしょう。

 人の持つ狂気性は必ずしも悪意とは限らないもので、むしろ悪意を持って行動を起こす人にあるのは狂気性ではなく合理性ではないでしょうか。

 幽霊や怨念、悪霊よりもよっぽど人間の方がたちが悪い。

 僕は前述の通りビビりで、ホラーゲーム、ホラー映画が得意ではありません。

 結末の読めない不安が恐怖へとすり替わる作品は、人生を問われているような、自意識を過剰に刺激される息苦しさがあります。

 肺に張りつき、黒々と染め上げる紫煙のように……。

 でも不思議なことに、紫煙は僕の口から上がっているのです。

『火のないところに煙は』──ホラーが苦手な自分は、どこかホラー小説も敬遠していました。

 ですが、怖いもの見たさということもあり、勇気を振り絞り、拝読したのですが、僕が想像していたホラーとは違いました。

 ホラーにミステリ要素を付与したこちらの作品。不可解な事象に論理的解答を導き出すというのは、ホラーに対するアンチテーゼのように思いましたが、その実、最終的には人が待つ狂気性にフォーカスをされる。

 ホラーの醍醐味を損なうことなく、ミステリとの共存をなしていることに、ホラー小説への考え方が変わりました。

 現実世界に少しの歪みを加える。隠し味のように、少しずつ、でも確実に、僕たち読者を魅了していく『火のないところに煙は』が、僕のホラー小説デビューでよかった。

 芦沢さんのこだわりを百パーセント堪能することは、残念ながら単行本で一気読みした僕には叶いませんので、連載当初からこちらの作品を追っていた方が羨ましくあります。

 果たしてこれが実話なのか、それとも創作なのかはぜひ、皆さんの目でお確かめください。

 今作品で僕が得た教訓は──懐疑は視野を狭め、身を滅ぼすということでしょう。


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