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『僕と私の殺人日記』 その21

※ホラー系です。
※欝・死などの表現が含まれます。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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布団の中でわたしは目が覚めた。
置き時計を見ると、十時を差していた。昨日の夜に大仕事をしたので、眠くて仕方がない。

だけど、学校が休みのおかげで存分に寝られる。わたしは二度寝をすることを決定した。

「こら! いい加減、起きなさい! 何時だと思ってるの!」

おかあさんの声がする。学校が休みなのに、なぜか怒っていた。

「・・・じゅうじ」

「そうよ! すぐ起きて、ごはん食べなさい!」

わたしはしぶしぶ居間に行って、遅めの朝ごはんを食べた。部屋にはおかあさんしかいなかった。みんなはとっくにごはんを食べたらしい。

「おとうさんと良太は?」

「田んぼに行ったわよ」

「え? でも、事件があって危ないんじゃなかったの?」

「昨日、警察の人が来て、犯人は町に逃げたようなことを言ってたのよ。だから、おとうさん、今日は田植えをするぞって張り切ってたわ」

「田植え好きだね。良太も行ったの?」

「そうよ。リナも手伝いをしに行きなさい。断るのはダメよ。お小遣い減らされたくないでしょ」

「えー、そんなー」

おかあさんの強制命令で、わたしは田植えの手伝いをする羽目になった。 普段、履かない長靴を足に入れる。歩きづらくてあまり好きじゃない。 差し入れとして渡されたおにぎりを持って、わたしは玄関を出た。

数時間前に登った山を下る。山を覆う針葉樹林が重力から逆らうように、そびえ立っていた。空が青く、ただよう白い雲が今にも尖った杉のてっぺんに突き刺さりそうだった。

うちの田んぼは神社のある山の近くだ。山の近くなので当然、電気の柵が張り巡らせ てある。田んぼをぐるりと囲う柵が野生動物の侵入を阻む結界として機能していた。薄赤い棒に伸びている頼りなさそうな電線が、まさに米作りの生命線なのだ。

田んぼに到着すると、おとうさんが田植え機の上に乗っていた。良太が苗を乗せた板を手渡している。

「手伝いに来たよ!」

機械の音がうるさいので、大声で叫ぶ。わたしの声が聞こえたのか、おとうさん がこっちに振り返って手を振った。

「何をすればいいの?」

わたしはおとうさんにお手伝いの内容を聞いた。できるだけ楽なのがいい。

「苗を渡すのは、ぼくだけで十分だよ!」 良太が口を挟んでくる。自分の仕事を取られたくないみたいだ。

「そうだな、良太が苗を渡してくれるし、リナは角の植え損ねた所に、苗を植えていってくれないか?」

「えー、手が汚れる!」

「米作りはそういうものだ。ちゃんと植えれたら、お小遣いやるぞ」

「・・・わかった。あと、おかあさんから差し入れ」

持っていた小包をおとうさんに渡す。

「おにぎりか。それはありがたい。あとで、一緒に食べよう」

麦わら帽子をかぶったおとうさんが、にかっと笑う。その姿が某海賊漫画の主人公みたいで、ちょっとおかしかった。

おにぎりをお楽しみに、わたしは苗の入ったバケツを受け取る。恐る恐る、田んぼに足 を踏み入れる。沼のように長靴を履いた足がずぶずぶと沈む。粘土を思わせる泥が絡み付き、なかなか前に進ませてくれない。

なんとか角までたどり着くと、バケツを置く。苗を手ごろなサイズにちぎって、腰を屈 めた。数本、苗をつまんで茶色い水面に緑の苗を押し込んだ。 泥のにゅるにゅるとした感触が、鳥肌もので気持ち悪かった。

それでもお小遣いのためにがんばる。
汗水垂らすわたしのそばで、蛙が気持ちよさそうに泳いでいた。 正直、こんな泥臭いことは嫌だった。汚れるし、疲れるし、達成感がない。何が楽しいのかわからない。

それなら人を殺す方が何倍も楽しい。血の臭いも悪くなかった。早くお手伝いを終わらせて殺しに行きたい。もう警察の陰におびえることは無いのだ。

怒りに似た感情が湧き上がる。 わたしはこんなことをするために生まれてきたのではない。人を殺すために生まれてきたのだ。

そう考えると、一生懸命に苗を植えている自分が馬鹿らしくなった。足元で優雅に泳いでいる蛙を踏み潰す。

交代のスイッチが押され、身体と精神が切り離される。代わりにユウくんの精神が汗にまみれた身体へくっついた。 ユウくんは不満そうにしていた。

「なんで、ぼくが・・・」と思っている。それでも真面目 に仕事をしていた。わたしはそんなユウくんが大好きだ。

深く泥に沈み込んだ足を上げる。磁石みたいにくっついて離れようとしない。力を入れてユウくんは足を引っこ抜く。靴のかたちをしたへこみに泥水が入って、水たまりの足跡ができる。進むたびに水たまりができて、がんばってるなと他人事のようにわたしは思った。

実際は、疲れも感覚も共有しているので、結局、わたしは楽ができなかった。身体が使えないのに感覚があるのが、不公平に感じる。どうせなら、入れ替わっている間だけ、眠りたかった。

「おーい、一休みしよう!」

おとうさんの声が聞こえた。やっと、休める。田んぼから出て、差し入れのおにぎりをわたしたちはほおばった。おにぎりの中身は鮭だった。ほんのり塩味が効いていて、美味しかった。

再び、ユウくんは田んぼに入る。「きれいに植えるぞ!」と心の中で意気込んでいた。案外、楽しんでいるらしい。

しばらく植えていくと、泥に足を取られた。体勢を崩してよろめく。腕を振り回してバランスを取ろうとするが、うまくいかない。

重心が前に来てしまい、身体が傾いた。わたしも慌てる。この身体はわたしのでもあるのだ。 前に足をついて、体勢を保つ。というイメージがユウくんの心から私に送られてきた。

だけど、現実は無情だった。後ろの足が泥から抜けずに持ち上げられない。まるでだれかが、田んぼの中から足首を掴んでいるように。

傾いた身体に足が間に合わず、罰ゲームみたく泥をかぶった。


続く…


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