ありのままの「今」で向き合えばいいと思った日
26回目のカウンセリング。前回は久しぶりに死にたいくらい、心も体も疲れ切っていたけれど、今回はどちらも軽かった。
カウンセリング前、いつも私は自分の「いま」をあらかじめ振り返っては「こういう状態だって伝えよう」とか「こういうところが問題だと思う」とか考えて挑んでた。
でも、今回はそういうのしないまま、カウンセリングに行こうと思った。事前準備をしないまま行きたくなった。上手く、今を説明できなくてもいいじゃない。何も言葉が出てこなくてもいい。あの空間に行った時に感じる自分の気持ちとか、出てくる予想外の言葉に出会いたくなった。
そしたら出てきたのは、愛ちゃんと距離があるという感情。カウンセリング中は愛ちゃんのモードになった。
大人の自分と他のインナーチャイルドたちが輪を作っている光景を下から見ているのが苦しかった。そこに混じるには勇気がいる。
知らないおじさんと車の中で会っていて、その場の雰囲気が気持ち悪いから逃れたいのに、逃げようとすると別の若い男の人が出てきて体を押さえる。その光景から逃れられないのが辛かった。
その場面が苦しくて、ああ、もうこのままでいいやと抵抗を諦めると、ラブホテルの室内のような青い部屋の光で視界がいっぱいになる。それが見えると、呼吸が乱れそうになる。
カウンセリング中に愛ちゃんのモードになる時は、青い部屋の光が見えることが多くて辛い。まだ、この子との向き合い方はよく分からない。でも、今回のカウンセリングでひとつだけ、分かったことがある。
この子は主に「寂しい」の感情を抱えている子だと思っていたけれど、それ以外に激しい怒りも持っているってこと。大人の私や他のインナーチャイルドのモードになると浮かばない言葉や感情が頭によぎる。
それはきっと、まだ向き合い方がよく分からないから。でも、置いてけぼりにはしたくないと思う。その寂しさも怒りも、ちゃんと知りたい。いらないものなんていう風に切り捨てず、「よく持ってきたね」と撫でてあげたい。
こんなことを綴ると、心がキュっとなって目が潤む。こういう時、カウンセリングの効果だなと思う。
強迫的な性衝動に駆られるのが苦しい。した後には涙が出るのに。気持ち悪いなって思うのに。そういう行為をしなきゃいけない、したいのかもしれないと思う反面、そういう場面を想像すると、なんか気持ち悪くなる。
恥ずかしいとかじゃなくて、汚らわしいと思う。大好きな人との行為を強迫的に求めたくなって、そういう行為がないと不安になるのに、いざ、その場面を頭で想像すると、気持ち悪いと思う。
この真逆な思考が苦しい。自分で自分がよく分からない。