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爆発した欲、取り戻した自己肯定感

「サンフランシスコ インターン」で検索ヒットした記事を読むと、どうやらbtraxという会社で日本人がインターンしているようだ。次は「btrax」で検索。開いたウェブサイトで最初に目に飛び込んできたのは”Cross-cultural Marketing”という言葉だった。

衝撃を受けた。私が卒業した学部の英語名は当時”Cross-cultural Studies”。そして私はマーケティングがしたい。自分にはまるキーワードが並んでいる。さらに進むとその会社は日本語のオウンドメディアを持っていて、社員やインターンが記事を書いているようだ。ぞわっとした。私には編集経験がある。こんなことがあるのか。

採用ページには「マーケットリサーチインターン」の募集があった。求める人材として、マーケティングやライティングの経験などが並んでいる。その夜夢中で日英の両言語でカバーレターと履歴書を作り、翌朝メールで送付した。

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2016年の4月にサンフランシスコ郊外の友人を訪ねるまで、恥ずかしながら私はサンフランシスコ・ベイエリアがどういう地域なのかまったくわかっていなかった。結婚してアメリカに渡った彼女がサンノゼで新たに職を得たと聞いて初めて、サンノゼがシリコンバレーの一部であること、そしてシリコンバレーがサンフランシスコの近くであることを知ったぐらいだ。もちろんFacebookやGoogleがシリコンバレーの企業であることも知らなかったし、LinkedInに至っては読み方さえわかっていなかった。ついでに言うとUberは違法タクシーのような怖いものだと思っていた。

だから、サンフランシスコでインターンをしたいと思った動機は新しいテクノロジーやスタートアップ云々ではない。のちに私はディレクターとして数多くのマーケティングインターン志望者の履歴書を読み面接をするが、私自身そのあたりの意識が誰よりも低い候補者だったことは間違いない。

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インターンに採用されるまで2度の面接があった。1度目は日本語だった。私が使った日本語の履歴書フォーマットには「未婚・既婚」を選ぶ欄があったので「既婚」を選んでいたけれど、それについては一切言及されなかった。ここでは「ご主人」の付属物とは見なされず、興味を持って丁寧に話を聞いてくれた。34歳という、日本ではインターンするには遅すぎると考えられがちな年齢のことも何も言われなかった。

のちに知ったのだが、アメリカでは面接で結婚、子供の有無、年齢、宗教、出身、ジェンダー等について尋ねるのはNGだ。ちなみに履歴書には顔写真も貼らない。業務遂行能力に関係のないこと、差別につながりかねないことに関連する質問は一切NG。それを知ったあとに日本での面接を振り返るとどこもNGだらけである。つまりそれらの会社は業務遂行能力だけで判断していたわけではないということだ。さらに、これは面接に限らないが、あらゆる差別に対する認識もアメリカに比べるとずっと甘い。

二度目は英語での面接だった。英語教材の編集をやっていただけあり英語のテストはそこそこ得意で、テクニックを駆使して獲得したTOEICスコアは900点あった。しかし英語はろくに話せなかった。留学時代は多少話していたような記憶はあったが、たかが10か月間の留学でそれも10年以上前の話である。その後何の努力もしていなかった私のスピーキング・リスニング力はひどかった。

想定問答集を用意し、単発でカフェ英会話のクラスも受けた。アメリカ人の知り合いがいなかったので前に勤務していた研究室のイタリア人研究員を飲みに誘い、英語を話す練習もした。ちなみに彼はそんなものに付き合わされていたとは知らないはずだ。

おかげで面接を無事通過し、次に課題を出された。オウンドメディアに掲載する記事執筆だ。提出期限は1週間後。

それからの1週間、憑りつかれたように課題に取り組んだ。私は暇さえあればパソコンに向かい、アメリカにおけるミレニアル世代のショッピング行動と新しい小売りサービスについてリサーチし、書いた。リサーチも、書くことも、大好きだった。長らく休眠状態だったと言っていい私の頭のなかで、「新しいことを知りたい欲」と「知ったことをアウトプットしたい欲」が待ってましたとばかりに爆発していた。そしてそれはリクルート退職以来、初めて何かに真剣に取り組んだ経験だった。

提出した記事は当時のレベルでは渾身の出来だった。もうこれでダメなら仕方がないと思えた。久々に味わった多忙感と充実感。まだ何の評価も受け取っていなかったけれど、自己肯定感に満ちていた。提出した夜私は一人で祝杯を挙げた。

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サンフランシスコでのインターン応募と並行して、東京にある会社を受けていた。その会社はマッキンゼー出身の女性が、社会の変革や女性活用を実現することをミッションとして作った小さい会社で、自分の境遇からその事業内容にはとても共感できるものだった。絶望の淵に追いやられた某スタートアップ最終面接の翌日にインターネットでたまたま見つけた会社だった。

オンラインで2度面接を受け、最終面接のため東京のオフィスを訪ねた。社長の女性は魅力的な人で、いくつかの厳しい質問の後、正社員として内々定だと告げられた。本当に嬉しかったが、インターン採用試験の結果待ちであることを正直に伝え、返事を待って欲しい旨お願いした。ちなみにそれまでの面接官はすべて女性で、「ご主人」関連の質問などもちろんなかった。帰りの東北新幹線で私は安堵の気持ちでいっぱいだった。

そしてその数日後、すでに8月に入ったところでインターン採用の連絡が来た。胸がいっぱいになった。

さて、東京での正社員と、サンフランシスコでのインターン。どちらを選ぶべきか、贅沢な悩みが始まった。(つづく)

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